「あっ!おかえり〜!」

公園の出口につくと、元気を取り戻した鷹野が大きく手を振って出迎えた。

「どうしたの?大丈夫?」
「う、うん。…司こそ大丈夫?」
「私はもう全然平気〜」

…女はのんきだ。特に花城、さっき俺があと少し遅かったら、速水に抱き寄せられてたっつうのに…。

「じゃあ帰るか」

俺は頭をかいて解散を促した。

「…そうだな」

速水は名残惜しそうに花城を見つめる。

「暗いし送って行かなきゃな?」

そんな速水を見つめて俺が言うと、速水は渡りに船、とばかりにうなずいた。

「そうだな、じゃあ俺…」
「速水は帰り電車だよな?」
「え?あ…そうだけど」

その声を俺はさえぎって、鷹野を指した。

「じゃ、駅まで鷹野送ってってやって」
「え、あ、…うん、でも花城さんは?」

一瞬残念そうな顔をした速水が食い下がってきた。

「花城は学校の近くだから俺が送る。」
「……。」

論理的に考えてもこれが効率的だ。速水も何も言い返せなくなって、苦笑気味にうなずいた。

「あー…うん、わかった」
「すみません〜速水先輩」
「いや全然、じゃ、行こうか」
「はい。光またね~、気を付けてね!」
「司も気を付けて。」

鷹野が速水のほうへ行き、花城と別れの挨拶をするのを速水は見つめていた。

「じゃあ…花城さん、また」

そしてすごく名残惜しい目をして花城にそう言って、花城は少し困ったような笑みを浮かべてうなずいた。
二人が駅のほうに歩いていき、俺たちは顔を見合わせる。

「じゃ…行くか」
「はい」

花城と並んで歩く。とっさに言い出したことだけど、役得…

「こんな遅くまで外居ていいのか?」
「大丈夫です、今日親いないし…」

一瞬ドキッとすることを言った花城が、時間を確認しようとでもしたのか、スカートのポケットに手を入れる。

「…あれ?」

そして立ち止まり、慌てた顔をした。

「携帯落としたかも…」
「…え、公園に?」
「多分、座った時に」
「……。」

俺は溜息を吐き、踵を返した。

「探しに行くぞ」
「…すみません」

花城と二人で公園内に戻る。速水の懐中電灯がない今は、遊歩道は完全に暗闇で、さっきよりも雰囲気がある。
うんざりしたようなふりをしたけど、花城と二人で歩けるのは実はうれしい。こんな不気味な道でだって、どこでだって。花城と二人で過ごすのは…すごく幸せに感じる。

なんでだろう…俺、まだ花城のこと、そんなに良く知らないのに。
こんなに落ち着くのは…

「あの辺かな…」

さっき速水と座っていたベンチを見つけ、花城は駆け足になった。

「足元気をつけろよー」

俺はそのあとをのんびり歩く。
ベンチの周りを一周して地面を注視していた花城は、あっ、と声を上げて地面から四角い箱上のものを拾い上げた。

「あった!」
「よかった。じゃ帰るか…」

言いかけて、花城を手招きした時だった。


「あ……あぁ……」


女の悲鳴のような声が、かすかに耳に届いた。
固まった花城と目が合う。気のせいだろ、というように俺が苦笑を浮かべると、花城はサクサクと草を踏んで俺の前まで歩いてきて、あたりを見渡した。


「…あぁ……ああぁ……」

「やっぱり聞こえません?」

花城の顔はこわばっていた。

「いやまさか…なんか違う音だろ」
「そうかもしれないけど…」
「…あっちのほうからか?」

右手に生い茂る雑木林。耳を澄ませると、そっちの方角から声は響いてきていた。
速水が言ってた噂を信じるわけじゃないし、勘違いだと証明するために、俺は雑木林に足を踏み入れた。

「あ…先輩!」

花城が後を追ってくる。

「先輩、ホラー映画なら絶対一番最初に死ぬタイプですね…」
「お前な…」

雑木林を進んでいくと、声はだんだん大きくなってきた。

「あっ…ああっ…ああっ」

…待て、この声って…

「あそこ誰かいません…?」

花城が俺の服を引っ張り、木の陰に隠れた。確かに花城が指したほうに、何やら動く影がある。
俺は嫌な予感とともに目を凝らして…顔が引きつった。

「何してるんだろう」

純粋な花城の疑問に俺は言葉を失う。木の陰から見え隠れする二つの人影の、あの動き…。
肝心なとこは、幸い見えてないけど…。あれ、青カンじゃねーか…!

「…行くぞ」
「え?」

俺は立ち尽くす花城の腕を引っぱり、遊歩道に戻った。

「何だったんですか?」
「…アレだよ」
「アレ?」

…言ってもいいのかどうか…。

「だからアレだって」
「なんですかアレって」
「青カン」
「…あおかん?」

ああ…なんか花城にこんなこと言わせて、悪いことした気分…。
つーか花城って何にも知らないんだな…。

「だから…外でそういうこと…してたってことだよ」
「…えっ…と」
「…セックス」
「……。」

黙り込んだ花城の沈黙が痛い。言わないほうがよかったか…?いや、だけど…。

迷った俺の背中に、突然、バシンと衝撃が走った。

「いてっ!」
「……。」
「…なんで俺を叩くんだよ」

機嫌を悪くした様子で花城は足を速めて先に行ってしまう。

「待てって。おい」
「うるさい!変態」
「なんで俺が変態なんだよ」
「なんでさっきみたいなこと…言うの!?」
「お前が聞くからだろ!」
「しらばっくれればいいじゃないですか!」
「高校生にもなってお前が純情すぎんの!」
「自分が変態なんでしょ!」
「俺は普通だ!」

来た時よりも早く、あっという間に公園を出て、花城は学校方面の道を進み続ける。俺はその後を追いながら花城の口げんかに応戦した。

「普通じゃないもん!変態!普通女の子にそんな話しないもん!」
「お前が耐性なさすぎんだよ!そんで鈍すぎ!」
「私のどこが鈍いっていうんですか!?」
「さっきだってホイホイ速水と二人っきりになるし!バカだろ!」
「はあ!?それは先輩がひとりで司を追いかけたからじゃん!」
「あの状況じゃそうするしかねーだろ!」
「じゃあしょうがないじゃん!」
「お前も追いかけてこなきゃダメだろ!」
「はあ!?なんで!?」
「速水と二人っきりになるからだよバカ!」
「なったらダメなの!?」
「ダメだろ!なんでそんなこともわかんねーんだよバカ!」
「バカバカ言わないでよ!なんでダメなの!?」
「さっきお前ら探しに行ったとき、速水アイツお前の肩に手まわそうとしてたんだぞ!」
「そっ…、…え?」
「だからそーいうとこが鈍いんだよ!もっと危機感持てバカ!」

花城が立ち止まり、俺を振り返った。

「あいつがお前のこと好きなのはお前も知ってんだろ」
「……。」
「男は何するかわかんねーんだから…」

花城の目がちらりと俺を見上げた。

「御幸先輩も何かするの?」
「え…」

突然の想定外の質問に、俺の思考は封じられる。
なんで花城はいつも…俺の中をめちゃくちゃにかき乱すんだ。

「…俺はしねぇよ」
「はあ?意味わかんない」

フン、とそっぽを向いてまた歩き出す花城の、そのいつもの態度を見て、俺はちょっと安堵する。自分の気持ちが悟られていないことに。

「…そんなこともわかんねーから鈍いって言ってんだよ」

俺は少し足を速めて花城に追いつき、隣を歩き始めた。

「先輩は私に興味ないからってこと?」
「……。」

…だから…なんでこう突然、核心を突いてくるんだ花城は…!!

「…興味っつーか…」
「……。」

言いかけたところで、学校が見えてきて、周りに自主練をする野球部員がちらほら現れた。部員たちはみんな、花城と並んで歩いている俺を振り返って見て、ヒソヒソしたり目配せしたりしている。あー…これは面倒なことになる…。

「なんで急に黙るんですか?」
「…周りに人がいるから」
「はあ?」

花城は俺をにらんで、かまわず歩き続ける。
そうして野球部員たちの好奇の目を潜り抜けたところで、俺は帰った後の騒動を覚悟した。

「…今日速水に告られたんだろ」
「……。」

花城は答えない。

「…もうさっさと哲さんと付き合えよ。そしたら皆…諦めるしかねーんだから…」

…俺も。そうしたら諦めがつくと思う。…きっと。
こんなにもやもや、かき乱されずに済む。

「先輩に関係ないでしょ。」

花城は、前に送って行ったときに分かれた場所と同じ場所まで来ると立ち止まり、俺を見上げた。

「じゃあ…ありがとうございました。」

どこか不貞腐れたようにそう言ってお辞儀をし、花城は踵を返して住宅街に消えていった。


***


「ただいまー…」

寮に帰ると早速一斉に視線を浴び、俺はぎこちなくそう言って足早に部屋へ向かう。

「おいちょっと待てやコラァ!!さっき花城さんと歩いてたとこ見たってやつがいるんだぞ!!!」
「なんでこんな時間に花城さんと一緒にいたんだテメー!!吐くまで寝かさねーぞ!!!」

…思った通り。俺はずり落ちた眼鏡を直し、ひきつった笑顔を張り付ける。

「いや偶然そこで会ってちょっと話してただけだって…」
「ウソ吐けやコラア!!!」
「正直に吐きやがれ!!!!!」

035

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