夏休みが明けた。
「花城、おはよう!」
教室に向かう途中の廊下で見つける彼女の姿。振り向いて、俺に微笑みかけてくれる喜び。
「東条おはよう。」
夏休みが終わったことが嬉しいなんて、変な感じだ。
毎日花城と会えること。隣の席で授業を受けられること。それだけで毎日がこんなにも華やぐ。
「花城、昨日、練習試合見に来てくれてた?」
「あ、うん、偶然通りかかって。OBの人が面白いから見ていけって。」
「そっか、うわー、恥ずかしいとこ見られたなー。」
「なんで?」
「負けちゃったからさ。」
「関係ないよ。ルールよく知らないけど、すごかったよ。」
「へへへ…」
「花城さん。」
教室が見えてきたところで、背後から誰かが花城を呼んだ。振り返ると、そこに立っていたのは同級生の見知らぬ男子。物静かで真面目そうで、知的な印象だ。そして…顔が整っている。
「これ…課題に紛れてた。」
「あ。ありがとう」
「じゃあ…」
男子生徒は花城にプリント用紙を差し出すと、素っ気なく踵を返して反対方向へ歩いて行った。
「今の誰?」
同じクラスの奴ではない。俺は少し動揺した。
「C組の周防君だよ。夏休み中一緒に講習受けてて、課題でペア組んでたから」
「ペア?今の人と?」
「定期試験の順位順でペアを組まされたからね。」
「へえー…」
俺はなんだか悔しいようなもどかしいような変な焦りを感じて、それを悟られぬように口を閉じた。そして少し考えて、気がつく。
「え…じゃあ、今の人が学年一位!?」
「そうだよ。」
すごいよねー、と笑う花城も二位なのだから、俺からしたら同じぐらいすごいのだけど。
イケメンで頭脳明晰か…なんか、強敵が現れた気分。
「光〜!!おはよう!!」
教室に入るなり、鷹野が花城に駆け寄った。俺にもついでのように挨拶をした後、鷹野は花城に抱きつく。
「ねえ大変なの!!最悪なのー!!」
「な、何?」
花城は鷹野を宥めながら席に着く。
「今日席替えするんだって!!!」
「えっ」
声を出したのは俺だった。鷹野と花城の視線が一斉に降り注ぐ。
「残念だよね〜東条君も!」
「え?ああ、まあ…はは」
鷹野に揶揄われたが、俺は咄嗟に笑って誤魔化した。
「光と席が離れちゃう〜〜」
「まだわからないじゃん。」
「だってまた近い席になる確率なんて低いじゃん!」
「別に席が離れてもクラスは一緒なんだし」
「なんでそんな落ち着いてるの光〜!!薄情もの〜!!」
***
「はあ…」
今日何度目になるかわからないため息。バットを手に取った信二が見かねた様子で俺を見た。
「どうしたんだよ」
「え?ああいや、別に…」
「いや今日ずっとため息ついてんぞお前」
隠すなよ、と信二は俺の隣に腰を下ろした。
「大したことじゃないんだけど…」
「何?」
「……。」
だけどやっぱりこんなこと、改まって人にいうのは恥ずかしい。
「早く言えよ。」
信二にこづかれて、俺は苦笑して、もう一度ため息を吐くために開いた口で、その勢いのまま言った。
「…今日席替えがあって」
「あ?ああ、うちのクラスもあったけど。で?」
「うん…」
「なんだよ、嫌いなやつの隣にでもなったのか?」
「いや…。」
「じゃあ何?」
「…花城…と、席が離れた」
「……。」
しばらく沈黙が流れた。俺は耐えかねて、なんだよ、何か言えよ、と言おうとして、信二の顔を見た。
信二は今にも吹き出しそうになるのを堪えた顔をして震えていた。
「ぶっ…!ぶはははははは!!」
「わ、笑いすぎじゃない!?」
「いや悪い、想像してたより平和すぎて」
「なんだよそれー…」
「いいじゃんもう仲良いんだから」
「いや〜、話す機会なくなりそう」
「そうか?クラス同じなんだし仲良いんだから普通にはなせばいいだろ」
「……。」
クラスが違っても、あの周防という人は、花城とすっかり打ち解けていた…。
「…そういえば信二、C組だよね?」
「あ?ああ、今更何?」
「周防…って人いる?」
「周防?ああ、周防衛?いるけどなんで?」
信二の反応は可もなく不可もなく。周防とは特に親しいわけでも、嫌な感じがするわけでもなさそうだ。
「学年一位…なんだろ?どんなやつなのかなって」
「あー、まあ、頭いいよ。噂だけど、本当はもっと上の進学校狙えたらしいけど、返還不要の奨学金貰えて家から一番近いってんでこの学校来たらしい」
「えっ…な、なんかすごいな」
「あんま人と話さないしよくわからない奴だけどな。俺らのことアホに見えてんじゃねーか?」
「あはは。」
周防衛…か。
そんなすごい人でも、花城みたいな綺麗な子には、やっぱ惹かれるのかな?
だとしたら…強敵かもしれない。