「じゃあね〜!」
「ばいばーい!」

もう暗くなった土手道を、生徒たちがにぎやかに帰っていく。
いつもならもう寮生しかいない時間だが、今日はやけに制服姿の生徒たちの姿があった。

「文化祭の準備だろ」

近くにいた部員たちがそう話しているのが漏れ聞こえて、俺は勝手に納得した。
2学期が始まり、もうすぐ文化祭。熱心な生徒は毎日遅くまで残って文化祭の準備をしている。野球部員は当然練習優先なので、この時期はクラスメイトへ申し訳なくなる。

さてと…
この辺で素振りしようと思ってたけど、こうも人が多いとやり辛えな…。

苦い顔をしてあたりを見渡すと、向こうから歩いてくる人影に目が留まった。
その見慣れた人物…花城は、俺に気が付くと目を丸くしたあと、眉間を寄せて睨んできた。

「何睨んでんだよ。」
「この前無視したから。」
「え?いつ?」

まじで身に覚えがなくて目を瞬くと、花城は不機嫌に「もういい」とそっぽを向いた。

「いやいや教えてよ。いつ?気づかなかったわ。ごめリンコ♡」
「真面目に謝ってください」
「ごめんなさい。」
「ふん」

一応納得してくれたらしい。花城は腕を組んで俺の前に立ち止まった。

「で、いつ?」
「夏休み最後の日。」
「え?無視なんてしたか?」
「帰るとき!帽子返そうと思って呼んだのに。聞こえてたのに無視したでしょ!」
「ええ?いやぼーっとしてて気づかなかったわ、悪い」
「……。」
「ごめんって!」

しつこく睨んでくる花白に根気よく謝ると、不意に不機嫌な顔が緩んで花のような笑顔が広がった。

「はいはい。じゃあ私帰るので」
「一人?あぶねーから送ってくよ」
「いや…いいですよ悪いし」
「いいからいいから」
「学校離れて大丈夫なんですか?」
「誰も気づかねーよ」

花城の家までなら、すぐそこだし。この時間は、コンビニに買い物に行ってる奴もいるくらいだし。
消灯までに戻れば、基本問題はない。

「暇なんですか?」
「はっはっは!野球部主将をつかまえてなんてこと言いやがる」

なんだかんだ、一緒に歩けてうれしい。そんな喜びが悟られないよう、俺はいつものお調子者を演じてしまう。

「文化祭の準備か?」
「そうです」
「花城のクラス何やんの?」
「和風カフェです」
「へー」

和風カフェ…ねえ。毎年たしかに、そういうコンセプト系の飲食店をやるクラスはあるけど…。

「じゃあ浴衣とか着んの?」
「はい、まあ」
「花城も?」
「一応」
「へえ〜そりゃ楽しみ…」

ぎくり。花城が俺を睨んできたので俺は口をつぐんだ。

「なんで睨むんだよ」
「セクハラ…」
「厳しくね!?」

もうすぐ花城の家の近くの住宅街。いつもここまででいいと言われてしまう分かれ道。少し残念な気持ちになりかけた、その時だった。

「お…。」

すぐそこの曲がり角から、哲さんが現れた。そういえばここは、哲さんの家の近くでもある。哲さんはこれからランニングにでも行くようなラフな格好に手ぶらで、肩にはタオルをかけていた。

「…御幸?」

哲さんは立ち止まり、俺と花城を不思議そうに見た。

「あ…そこで会って、危ないんで一応」
「そうか。」

俺が説明すると、哲さんは笑顔を浮かべたものの、なにか緊張感が漂うのを感じた。そりゃ…両想いの女と他の男が一緒にいたら、気分良くねーよな…。

「帰り…遅かったな」

だけどその一言で、俺は胸にぐさりと何かが突き刺さった。
親しげな言葉、いつも花城の帰宅時間を知ってる物言い。まあ、一緒に帰ったりしてるし…当然っちゃ当然だけど…。

「文化祭の準備で…」
「ああ、そうか。」

花城の答えに、哲さんは納得したようにうなずいた。

「…ここからは俺が送るよ。」

哲さんの言葉が、胸にずしんとのしかかった。

「御幸は忙しいだろ。」

主将として…秋大に向けて…色んな意味を含んだ言葉を向ける哲さん。それはごもっともで、俺は何も言い返せなかった。

「あ…」

花城も気を使ったように言って、哲さんのほうに足を踏み出す。

「すみませんでした。じゃあ…」

その袖口を、俺はついとっさに、掴んでしまった。

「え…?」

花城が振り向く。不思議そうな目が俺を見つめる。俺はというと、今自分がした行動が信じられずに、頭の中が真っ白になっていた。

「あ、いや…」

離さなければ、と思うのに、その気持ちに反して花城の袖口をつかむ手に、ぎゅう、と力がこもる。だけど…わかってる。ここで花城を引き留めたって何の意味もないってこと…。

「……。」

俺は慎重に、花城から手を離した。手の感覚がしびれて、俺の手じゃなくなったみたいだった。

「…なんかついてると思ったけど気のせいだったわ!はっはっは」
「…ええ?」

花城は訝しがって袖口を確かめた。その向こうで、哲さんは花城を見つめ、それから静かに俺に視線を移した。まるで見透かされたような気がして、俺は胸が焼けたように焦れた。

「…行こう、花城」

哲さんの低い声で、花城は振り返る。

「…はい」

行ってほしくない。

「じゃあ…ありがとうございました」

足元の停止線。俺はこの先に、行ったことがない。
花城の家を…哲さんは知っている。きっと、家の前まで送るんだろうな。
そのほうが花城も安心だし、俺だって…。

…いいはず…なのに。

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