「花城。」

廊下を歩いている彼女の背中に声をかける。振り返った花城は、俺の顔を見上げて微笑んでくれる。

「東条くん。何?」
「いや…。さっきの小テスト、どうだった?」
「んー、まあまあかな。」

たわいもない話をしながら、通行人を避けて廊下の恥に移動した。

「まあまあかー、さすがだな。俺全然ダメだったよ。」
「そうなの?意外。東条くんって真面目そうなのに」
「そんなことねーよ。…て言うかさ、くんって付けなくていいよ。」

気さくに装って勇気を振り絞った。そんなことは知らず、花城はちょっと困ったように笑う。

「ええ?うーん…。私は呼び捨てってなれないんだけど…」
「えーお願い!呼び捨てのほうがいい!」

顔の前で手を合わせてふざけると、花城も砕けた笑顔になってくれた。

「…わかったよ。」

そうはにかむ花城の姿は、どうしようもなく眩しくて。
同じクラスでよかった。そして、隣の席で良かった…。俺とんでもなく幸運じゃないか?

「あ…あの。」

そこへ呼びかかる男の声。俺と花城が振り向くと、少し離れたところに遠慮がちに立つ2年の先輩が、俺と花城の顔を交互に見て片手をあげた。知らない先輩だ。よく日に焼けて、整った顔の、モテそうな先輩。

「話し中ごめん。」

そういってこちらに歩み寄る先輩。花城の知り合いかと考えたけど、花城も不思議そうな顔で俺の顔を見た。

「…花城さん。」

しかしその先輩は花城に用があったらしく、名前を呼ばれた花城は驚いたように目を瞬いて先輩を見上げた。見上げられた先輩の顔が赤くなった。

「俺…2年の速水っていいます。ちょっと話したいことがあって…一緒に来てくれ、ま、せんか」

ぎこちなく、勇気を振り絞って、先輩は花城さんを見つめる。…見ているこっちまで赤面してしまうほどに。

「あ…えっと…」

花城は俺を振り返った。ちょっと困ったような顔。だけど頬は赤くなっていて、先輩の好意には気が付いているんだろう。意を決したようにまた先輩を見上げ、小さくうなずいた。

「…はい。」
「あ、ありがとう」

先輩は恥ずかしそうにはにかんだ。白い歯が見えて爽やかで、すごく好青年。正直、花城ともお似合いなほどの…。
そうして立ち尽くす俺に、花城はまた困ったような視線を残し、小さくうなずいて、先輩に着いて行ってしまった。


…どう見ても、告白。か、それに準ずる話に違いない。

花城もあの先輩のこと知らなさそうだったけど…やっぱりあんな美人だから、モテるよなあ…。

「と、と、東条君!!!」
「うわ!?」

呆然としていた俺の背中に突然衝撃が走った。
振り向くと、興奮気味の鷹野が花城たちの歩いて行ったほうを見ながら俺をどついてきていた。

「い、今の先輩誰!?何!?」
「し、知らないけど…速水って言ってた」
「速水!?!?」

驚いて目を見開く鷹野。この反応はあの先輩を知ってるようだ。

「あ、知ってる先輩…?」
「あっ知り合いとかじゃないけど!ほかのクラスの子とかが噂してて…サッカー部のめっちゃイケメンな人でしょ!?」
「いや、俺は知らないけど…」
「そーなんだって!!えー光ヤバくない!?スゴくない!?あんなモテモテな先輩から呼び出しなんて!」

鷹野が自分のことのように興奮していて、俺はなんだか逆に冷静になってきた。

それから予鈴が鳴ると、花城はやっと教室に戻ってきた。教師が教壇に立って号令がかけられる直前まで、鷹野が興奮気味に質問攻めをしたけれど、花城はあいまいにはにかんで宥めるようにごまかした。

退屈な授業が始まり、俺は隣の花城を盗み見る。
髪を耳にかけ、真剣な顔でノートを書いている。俺は花城のことでこんなに悶々としているのに、当の本人は涼しい顔で、なんだか変な感じがした。

「……。」

俺はルーズリーフの切れ端に、シャープペンシルで走り書きをした。

『さっきどうなったんだよー』

なるべくふざけた調子で、たわいもない感じで…。
切れ端を厳重に折り、教師が板書をしている隙を狙って、花城の机の上に投げ入れる。
突然手元に落ちてきた紙切れに、花城は驚いたように手を止めて、紙切れを拾い上げて俺を見た。
俺はジェスチャーで紙切れを開いて中を読むように伝える。花城はいぶかしげに笑って、紙を開いた。花城の目が俺の走り書きを追って、ちらちらと長いまつげが揺れる。そして、その紙切れにペンを走らせて、また同じように小さく折りたたみ、教師の様子をうかがって、ぽん、と俺の机に紙切れを投げ返してきた。

花城から投げ返された手紙。くすぐったく、はやる気持ちを抑え、丁寧に開く。
そこにはきれいに整った字で、こう書かれていた。

『メールアドレス聞かれただけ』

だけ、って…。本当にそう思ってるのか、謙遜なのか…。
俺はまた、同じ紙に質問を追加した。

『教えたの?』

また花城の机に投げ返す。花城は俺を見て少し笑みを浮かべ、また手紙を開いた。
少しして、また花城から手紙が返ってくる。

『うん、、』

不本意そうなその文字を見て、隣の花城を見ると、困ったような笑みを浮かべて俺を見ていた。花城があの先輩に好意をもってるわけではなさそうな様子に、俺は少し安心してしまう。

『嫌だった?』

差し出がましいかと思いつつも、思い切って書いた手紙をまた花城に投げ返す。
花城と授業中にこんなことをしてるなんて、なんだかふわふわした気持ちになる。
少しして、花城から返事が投げ返された。

『大丈夫。』

花城を見ると、ちょっともの言いたげな笑みを含んだ顔で、いたずらっぽく俺を睨んで、その無邪気な表情がまた、驚くほど愛くるしくて。
俺はきっと変な緩み切った笑顔になって、とっさに花城に調子を合わせてうなずいて、手紙を筆箱に押し込んだ。

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