「花城さーん!」
廊下に響き渡る大きな声。見ると、廊下を歩いてきた1年の集団の中にいる花城に、矢野が教室から顔を出して手を振っている。その声で振り向いた生徒たちがまた花城に注目し、あちこちの男子が歓声のように声をかけ、花城は友達にはにかみながら少しうつむいて、歩く足を速めて俺には気も付かずに行ってしまった。
「すげー人気だな」
隣の倉持が他人事のようにつぶやく。たしかに、花城はすっかり有名人だ。
「まー、あれだけ別嬪じゃねえ」
俺も世捨て人のように飄々と、あえて大胆に花城を評した。案の定倉持は異論を唱えず相槌のようなため息をつく。
「もうお前のことなんて忘れてるんじゃねーか?ヒャハハ」
「お前のことは知ってすらないけどな。」
「アァ!?テメエ喧嘩売ってんのか!?」
***
「なあ!岡田が花城さんに告ってるらしい!」
昼休み中に飛び込んできたニュース。俺は倉持を顔を見合わせ、騒いでいる男子たちのほうを見た。
「えぇ!?今!?」
「今!今!」
「どこ!?見に行こうぜ」
そして飛び出していく男子たちを見て、ほかのクラスメイト達も賑やかに野次馬をしに廊下へ飛び出していく。
「おい行こうぜ御幸!」
「え〜めんどくせえ…」
倉持に引っ張られながら、だけど気にならないわけでもなく、俺は廊下に出た。
岡田は階段の踊り場で、外野の野次もものともせず、堂々と花城に向き合っていた。むしろ花城のほうが顔を赤くしてうつむいて、いたたまれなさそうだ。
「俺…一目ぼれで!花城さん、今付き合ってる人とかいるんですか!?」
むしろ野次を声援と捉えたように、岡田は花城に迫った。
「い、いません…」
花城は消え入りそうな声で言い、首を横に振って、少し後ずさりをした。
その後ろには花城の連れであろう、1年の男女が遠巻きに立っている。そのうちの男子のほうは、俺と倉持も知っている野球部の東条だった。
「マジですか!?よっしゃー!」
「……。」
大げさに喜ぶ岡田に、花城は若干引いた笑みを浮かべている。
岡田は2年の陸上部のエースでスポーツ特待生、高身長のイケメンだ。…が、押しが強すぎるのか、花城は苦手らしい。
「とりあえず仲良くなりたいんで、メアド交換してくれませんか!?」
「…え、え〜と…」
…めちゃくちゃ嫌そう。
花城は引きつった顔で岡田を見て、後ろの東条たちを見て、視線を巡らせて――俺と目が合った。
いや、気のせいだろう…と一瞬思ったが、花城の目が瞬いて、自惚れでなければ確かに俺を見ている。
「メアドだけでいいんで!」
岡田はいよいよ携帯電話をポケットから取り出した。たじろぐ花城。迷った手が、おずおずとスカートのポケットに伸びる。
なんだか、その先を見たくなかった。
「あ〜〜〜〜!あいつ校内で携帯使ってるぞ〜〜〜〜!」
俺が大声で叫ぶと、岡田がぎょっとして振り返り、花城も周りの皆も一斉に俺に注目した。
「お前何言って…」
焦った倉持の言葉よりも早く、廊下の向こうから走ってくる風紀の教員が目に入る。
「鬼塚センセぇ〜〜〜!岡田君が携帯使ってまーーーす!」
「なんだと岡田ぁぁ〜〜〜〜!?」
「は!?おい!てめえ御幸!!」
岡田は急いで携帯をポケットにしまい、後ずさりをする。しかしもう名前も叫んでしまっているので、風紀検査は逃れられないだろう。問題はこの場にいると風紀検査のとばっちりを受けるかもしれないということ。だから皆一斉に、鬼塚の姿を見た瞬間蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
「えっ!?な、なに!?」
花城の友達の女子生徒は一斉に逃げ出す2年たちに驚いて立ち尽くし、花城も東条も顔を見合わせている。俺は階段を駆け上がり、困惑している花城の腕をつかんだ。
「逃げるぞ!」
「えっ?」
「お前らも来い!」
花城を引っ張って階段を駆け上がる。あとから東条ともう一人の女子もついてくる。途中で倉持が俺を追い抜いて先頭を走っていく。
「なんで校内で電源入れてんだ!これは没収!放課後取りに来い!お前らもポケットの中見せろー!」
「ああもうなんでだよー!」
「ふざけんな鬼塚ー!」
後ろのほうで、岡田と逃げ遅れた生徒たちが絞られている声が響いた。
階段を駆け上がって校舎の別棟まで逃げてきて、俺たちはやっと立ち止まった。
「この程度で息切れしてるようじゃまだまだだな〜東条!」
「いてて…す、すいません」
倉持が東条に絡んでいるのを不思議そうに見つめる花城とその友達。
「あ…野球部の先輩。」
そんな女子たちに、東条は親しげに説明する。こいつ、女子と仲いいタイプなのか。確かにいつも誰にでも分け隔てなく気さくに接するタイプだとは思っていたが。だからといって花城のような高嶺の花タイプの女子とも親しいとは驚きだ。いや、花城が意外と社交的なのか…?
「……。」
と、思ったが、ちらっと合った目を逸らされて、少しのショックとともにそれはないなと思い直す。
「あのー、助けてくれたんですよね?光のこと」
すると女子生徒が人懐こい笑顔で俺に尋ねてきた。
「いや〜なんか嫌そうな顔してたから。」
「え。」
花城がぎくりとして顔を赤くする。
「ですよね〜!?光、わかりやすいから〜!」
「……。」
ケラケラ笑う花城の友達。花城は苦笑いで押し黙った。正反対で面白い組み合わせだ。
すると花城が遠慮がちに俺を見て、ぺこりと頭を下げた。
「じゃあ…ありがとうございます」
「じゃあってなんだよ」
間髪入れずに突っ込みを入れると、花城は朗らかにはにかんだ。その笑顔があまりにもかわいくて、つい一瞬息をのんでしまう。笑顔は一段と、とんでもない美人だ。
「つーか、キッパリ断わりゃあいいのに。」
悪気なくそう言うと、う、とまた黙り込む花城。
「花城さんは優しいんだよ!テメーと違ってな!」
「いって」
なぜか倉持から蹴りを食らった。花城に存在をアピールしたいからって、偉そうに…。
「じゃ、戻るときはあっちから迂回したほうがいいぞ。まだ鬼塚がいたら持ち物検査されっから。」
花城たちにそう忠告し、俺は踵を返して片手を挙げる。
「じゃーね。」
俺がそう言うと、ほんの少し笑みを浮かべた花城の、ほっそりとした手がほんの少し上がる。
それだけで俺は胸の奥がくすぐったくなった。