「あれ〜光!お帰り〜」



昼頃になって花城が戻ってきた。鷹野が驚いて出迎えると、花城は疲れた様子でため息をついた。



「あのイケメン従弟は!?」

「え?…あぁ…友達のところに戻ったよ」

「え〜紹介してほしかった!!」



よっぽどタイプだったのか、花城がいなくなってから戻ってくるまで鷹野はずっと花城のあの従弟のことばかり話していたけど、それを知る由もない花城は冗談ととらえた様子で苦笑して軽く受け流した。

「歩き回ったらちょっと浴衣着崩れて来ちゃった。司直せる?」

花城はそう言って、そういえばずっと片手で押さえていた襟元を見せた。確かに襟がよれて、白い鎖骨がよく見えて…俺は慌てて顔を背けた。

「自信ない!櫻子お昼食べに行っちゃったんだよねえ」

櫻子、とはクラスメイトの着物の着付けができる女子のことだ。今日女子のみんなが着ている浴衣も、彼女がほとんど着付けてくれた。

「もう制服に着替えちゃったら?今日はもう受付しないでしょ」
「いい?」
「いいよお〜。じゃ、ほら!男子出てって〜」

鷹野さんの号令で男子は一旦教室から出た。もちろん、俺も。ピシャリとドアが閉められ、俺たち男子は無言で顔を見合わせる。

「…さっき花城さん目当ての先輩たち、すごかったな」

クラスメイトの山野が口を開いた。それを皮切りに、三木や牧田も口を開く。

「野球部の人たちだろ?」
「他校の人まで来てたよな」
「つーか、あの白栄の奴…」

話は勢いづく前に萎えた。だって、花城の従弟だというあの人は…あまりにも…

「…イケメンだったな」
「ハリウッド俳優かと思った」
「あの2人だけ周りと次元が違ったよな…」

「男子ーおまたせー!」

突然勢いよく背後のドアが開き、俺たちは飛び上がった。

「何してんの?もう入っていいよ」
「あ、うん」
「うい…」

教室に戻ると花城は制服姿になっていた。いつも通りだけど、今日は文化祭だからだろうか、なぜだかドキドキする。

「速水先輩しばらく待ってたけどちょっと前に諦めて帰っちゃったよー」
「そう…」

鷹野の話にはあまり興味がなさそうに呟く花城。あれだけの男子にアプローチされて…花城は誰かあの中で、気になる人がいるのかな…?
御幸先輩…とは仲が良さそうだけど、いつも喧嘩してるし…倉持先輩とはあまり話してるのを見たことがない。成宮さんや真田さんとの関係はわからない…。そして…速水先輩。俺から見て一番脈がありそうなのは、正直言ってあの人だ。

でも…

今の反応を見る限り、花城の想い人は…速水先輩じゃ、ないのかな…?

ふっと花城が俺を見た。ドキッと心臓が跳ねる。

「東条ずっとクラスの仕事してたの?」
「え?ああ、まあね。午後は友達と約束してるけど」
「そうなんだ」

信二も午前はクラスの仕事があるからと、午後一緒に文化祭を回る約束をしてたのだ。そういえば、そろそろ信二が来るかな…。

「…い、一緒に行く?」

…勇気を振り絞ってみた。なるべく、緊張が伝わらないよう、笑顔を作って。
花城は目を瞬いて、唇を開いた。

「え、いいの?」

…え!?
予想外。はぐらかされると思ったのに。
あれだけの先輩たちが、フラれた後だし…って、俺はそういう対象として見られてないだけなんだろうけど…。

「え、も、もちろん。友達…信二もいるけど」

信二、驚くだろうな。まあいいか。嫌だとは言わないだろうし。

「えー、じゃあ…」

本当に…花城と、文化祭を回れる…!?

「どうするー?司〜」
「え?」

花城は急に後ろを振り向いて、そこに立っていた鷹野にたずねた。な、なんだ、鷹野も一緒か。まあ全然、いいけど…

「じゃー4人で回ろっかあ。人数多い方が楽しいし!」
「うん!いこう」

鷹野が明るくそう言って、俺は頷いた。

「東条いるー?」
「あ!来た来た!」
「え、何!?」

そのときちょうどやって来た信二が鷹野の圧に気圧されて怯んだ。俺は笑って花城に視線を向け、花城の笑顔にまた、息を呑んだのだった。


***


「とりあえず何か食べる?」
「そのあとお化け屋敷行きた〜い!」

にわかには信じられない…。

「東条は何食べたい?」

俺、花城と文化祭満喫してる…!!

「東条?」
「おい…東条!」
「え!あ、うん!俺はなんでもいいよ!」
「金丸君は?」
「あっ…お俺もなんでも…」
「じゃ…司は?」

私はね〜、とパンフレットを覗き込んで話し込む鷹野と花城。それを横目に、信二が俺の肩に腕を乗せて耳打ちしてきた。

「おい、なんで一緒に回ることになったんだよ」
「あ…ごめん、嫌だった?」
「いやっ…んなことねーけど…」

そう濁す信二の顔は少し赤い。まあ、花城みたいな子に名前を呼ばれたら、男なら誰だってそうなる。

「ねえ、フランクフルト食べない?」
「あ、うん!」

不意に鷹野に言われ、俺は慌てて返事をする。すぐ近くの露店で売っていたフランクフルトを一人一本ずつ買って、人混みにぶつからないよう校舎の壁際に集まって食べることになった。

「えへへー立ち食い」

鷹野が言って、花城が上品に微笑む。
その花城が赤い唇を開き、フランクフルトの先を口に含んだ。

そして…

考えかけたことを振り払って、フランクフルトに齧り付く。俺…最低だ!

「あれ?もう着替えたのかよ」

突然俺たち以外の誰かの声がして、みんなフランクフルトを齧りながら振り向いた。そこには御幸先輩と倉持先輩がいた。

「可愛かったのに♡」
「……。」

揶揄うように言った御幸先輩を、花城は疑わしげに睨んだ。

「なんだよそのカオは」
「御幸先輩が言うとなんか嘘っぽいんですよね…」
「なんでだよ!」

やっぱ花城、御幸先輩には遠慮がないな…。
面白いけど、ちょっと羨ましい。

「御幸先輩て絶対光のこと意識してるよねえ」

突如、あっけらかんとした顔で鷹野が言い放つ。…俺の方を見て。

「え、えーと」
「オイ鷹野!そーいうのは本人の前で言うな」
「あはは!」

返答に困った瞬間、御幸先輩は冗談のように突っ込み、鷹野はケラケラ悪びれない笑顔で笑う。つ、ついていけない…。

「いや〜御幸先輩も光のこと誘いたかったのかなーって」

鷹野はその無邪気な笑顔でさらなる爆弾を投下した。

「はっはっは!ジョーダン笑」
「え〜違うんですかあ?」
「なんでそーなるんだよ笑」

御幸先輩はいつもの飄々とした調子で言う。その態度があまりにも自然で、御幸先輩が花城に気があると確信めいたものを感じていた俺も、それがゆらいでしまうほどだった。

「じゃあなお前ら…ハメ外しすぎんなよ!」

御幸先輩はそう言って踵を返す。倉持先輩は何か言いたげに御幸先輩を見ていたが、結局口を開くことなく連れ立って行ってしまった。

「あれ〜?ほんとに行っちゃった」

鷹野が拍子抜けしたように言った。

「光のこと狙ってるんだと思ったのに〜」
「何言ってんの。」
「だぁって、今日も朝一番に光のとこ来たじゃん!速水先輩とかが来たから誘えなかったのかなって〜」
「ないない。」
「ええ〜!?絶対光に気あるってぇ!」
「ないってば。」

あまりにも花城が断固として否定するものだから、俺は不思議に思った。

「なんでそこまで言い切れるの?」

それは鷹野も同じだったようで、そう尋ねた。尋ねられると花城は、ツンとした顔で少し不機嫌そうに言った。

「あの人好きな人いるし。」

「…え!?」

声を上げたのは俺だった。信二も驚いた顔で口を開けて固まった。御幸先輩に…花城以外の好きな人!?…全くわからない。

「ええ〜!?誰!?」
「知らない。」
「ちょっと待って!なんで光はそれ知ってるの?」
「え…べつに、普通に聞いた…」
「……。」
「から…。」

段々と顔を赤くする花城を、鷹野はにや〜っと顔を緩ませて見つめた。

「聞いたの〜!?まさか光…」
「ちょっ…や、やめてよ!そういうのじゃないから!」
「てかそれ、光のことなんじゃないのお!?」
「だから、違うって!もうほんとやめて!」

この慌てよう…ま、まさか。

…花城、御幸先輩のことが…!?

考えかけて、俺はまた考えを振り払った。認めたくないような気持ちと、変な…モヤモヤが混ざり合って。

「もう早く食べよ!」
「詳しく聞きたい〜!」
「何もないから!」

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