「やべーっ!英和辞典寮に置いてきちまったー!!!」

今日も沢村の馬鹿がうるさい。

「おい誰か貸してくれ!!次忘れもんしたら監督にチクられる!!!俺を助けてくれーっ!!!」
「同じクラスの奴に貸すわけねーだろ自分も使うんだから!アホか!!ほかのクラス行くぞバカ!!」

休み時間も安らげねえ。
俺は沢村と連れ立って片っ端からほかのクラスをあたった。

「ごめん、今日英語ないんだよ」

と、小湊。

「わりい、さっき別のやつに貸しちまった!」

と、狩場。

「仕方ねえ、A組行くぞ!」
「すまねえカネマール…」

A組には東条がいる。廊下の一番最奥にあるA組の前まで来ると、明らかに人口密度が多くなる。
廊下は突き当りなのになぜ…と思ったが、すぐに原因は分かった。

このクラスの噂の女子…花城光さんだ。

めちゃくちゃ美人でスタイルもよくて、俺らとは違う種族のような、人間離れしためちゃくちゃ可愛い女子。
東条が隣の席だっつってたな…。うらやましすぎる、が、そんな状況じゃ授業に集中できねえ。同時に同情する。
それにどうせあんな可愛い女子と席が隣だって、めったに話しかける機会も…。

そんなことを考えながらA組の教室を覗く。探す間もなく、東条…よりも先に女子生徒の姿に目が惹かれる。

花城さんだ。やっぱめちゃくちゃキレーだ。
…って…話してる相手…。

「おーい東条〜!!」

俺の隣の沢村が大声で呼ぶと、花城さんとお喋りをしていた男…東条がこちらを向いた。ついでに花城さんもこっちを見た。う、うわ、目が合った。

「沢村。どうしたの?」
「英語の辞書持ってねーか!?俺忘れちまってよー!」
「あー、ごめん、今日うちのクラス英語ないんだよ」
「えええーーーっ!!!」

その場に崩れ落ちる沢村。花城さんが少し笑った。

「もう終わりだ…監督に殺される…」
「おい、沢村こんなところで凹むな!A組の人の邪魔だろーが!」

無理やり沢村を立たせているときに、花城さんが何やら東条に耳打ちしたのを見た。
そして東条がうれしそうにうなずくと、花城さんはスクールバッグから赤い皮表紙の分厚い辞書を取り出して、こちらに歩いてきた。

「あの、辞書ありますよ。」

目の前に立った花城さんはとんでもなくキレイで、かわいくて、直視できないほど輝いていた。
沢村が花城さんを見上げ、辞書を見て目を輝かせる。

「うお!?あ…あなたは女神か!?」
「え?」
「ありがとう!!俺の命の恩人だ!!!」

沢村が花城さんの辞書を受け取って、花城さんの両手を握って振り回す。花城さんはちょっと困ったように笑って肩をすくめている。さ、沢村の野郎、うらやまし…じゃなくて!!

「こ、この馬鹿!!花城さん困ってんだろーが!!」
「痛え!!」

沢村に拳骨を落とし、はっとする。きょとんと俺を見る花城さんの目。なんで見知らぬ俺が花城さんを知ってんだ、…という目。そりゃ、この学校で花城さんを知らないやつのほうがきっと少ないけど、それは本人の知らぬことで…!

「大丈夫?沢村」

東条が駆け寄ってきて、花城さんの視線が東条に向く。か、解放された…。

「いってえ〜。えーと、花城?サンキューな!次の休み時間に返すから!ホントにありがとう!」
「う、うん」
「早く行くぞカネマール!遅刻するぞ!!」
「あ、ああ…」

沢村にせかされて、逃げるようにその場を後にする。あ〜…!なんか、間違いを犯したような…!
というか…東条、なんであんな花城さんと…いつの間に仲良くなってんだ!?


***


「花城!!マジで助かった!!ありがとう!!」

…結局心配で、沢村が辞書を返却しに行くときも着いてきた俺。花城さんは辞書を受け取り、大げさな沢村の言葉に柔らかい笑顔を浮かべている。

「じゃあ。」

花城さんは沢村に俺、そして東条の顔を順番に見て、辞書を仕舞いに席に戻った。
ふっと甘い香りが薄れて、急に物足りない気分になる。

「…いや〜…緊張したぜ」
「ああ、花城?」

ついこぼれた俺の本音を、東条はヘラっと笑って同調するように頷いた。

「そーだよ、お前仲いいなんて聞いてねーぞ!」
「仲…っていうか、普通だよ。席が隣だし…」
「俺隣の席の女子と話とかしないけど!?」
「え?あはは…」

俺と東条の会話を聞いていた沢村が不思議そうに眼を瞬いた。

「なに?花城となんかあんの?」

まじか…こいつ…

「いや噂になってんだろーが!めちゃくちゃ…」
「東条!」

また近づいてきた花城さんの声で、俺はぎくりと口を噤んだ。

「あ…花城、何?」
「お弁当食べる間椅子借りててもいい?ほかのクラスの子が来るの」
「ああ、大丈夫!」
「ありがと!」

愛くるしい笑顔でお礼を言う花城さん。…東条、よく普通に会話できるな…。

「なあ、花城が何なんだよ?」
「!!?」

突然、まだ本人が目の前にいるというのに名前を出して話の続きを促す沢村に、俺は信じられない気持ちで睨み返した。

「え?」

案の定目を瞬く花城さん。俺たちの顔を見渡し、沢村が小突いたせいで、最終的に視線が俺に突き刺さる…。

「いや…」
「……。」
「あの…」
「……。」

き…気まずいなんてレベルじゃねーぞ…!

「ええっと…ゴメン花城、うちの部の先輩がさ!花城の噂めっちゃしてて」
「え?」

と、絞り出すように口を開く東条。お…俺を救ってくれるのか!?東条…!

「噂って?」
「その、ほら…、前にボール拾ってくれたじゃん?それで……カワイイって」
「え?」

ぽわん、と顔が赤くなる花城さん…。か、可愛すぎる。

「だからうちの部で、花城ってちょっと有名人でさ!」
「何それ…」
「ゴメンゴメン!でも変な噂じゃないから」
「……。」

ちらっと東条を睨み、花城さんは恥ずかしそうに東条を軽くたたいた。

「やめてよ。」

そして踵を返し、自分の席のほうの、友達の元へ戻っていく。

「東条…サンキュ」
「いやいや…。」
「マジ?花城って野球部で有名なのか?」

初めて聞いたぜー、と目を丸くする沢村に、俺は今日2度目の拳骨を落とした。

「テメーはまじでいい加減にしろよ!」
「暴力反対!!」

007

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