「よお。」
「あっ、こんにちは〜」
「…こんにちは」
花城と話せる関係に戻って一安心。切なさがないわけじゃないけど…
「怪我大丈夫ですかあ?」
この間、秋季地方予選の決勝を終えたものの…俺は準決勝で負った怪我でしばらくの間部活禁止。その話は部員以外の生徒たちの間でも少し噂になっているらしく、俺は最近色んな人から怪我の心配をされる。
「ああ、大した怪我じゃねぇよ」
「ならよかったです〜」
ねっ、と鷹野が花城を見て、花城は静かに頷く。
「俺より花城の方が元気ねえじゃん笑」
「…そんなことないですけど」
つんとした態度で言う花城。
「何で不機嫌なの?この子」
「御幸先輩が心配なんですよ〜」
「……。」
「はっはっはっは!睨んでるけど笑」
「もう〜素直になりなって光〜!」
鷹野は花城をもみくちゃに抱きしめて俺を見上げた。
「今はこんなですけど光、御幸先輩が怪我したって聞いたときなんてすーんごい…」
「司!!変なこと言わないでよね!」
「きゃあ〜〜!きゃははは」
花城が慌てた様子で鷹野を揺さぶる。鷹野は楽しそうにケラケラ笑う。な、なんだ?すんごい…気になる。
鷹野と戯れ合う花城をもどかしい気持ちで見ていると、花城がキッと俺を睨み上げた。
「じゃ、急いでるので!」
「あ〜待ってよ光〜」
…行ってしまった。嵐のように。
鷹野は花城が俺を気にかけてるようなことを言ってたけど…本当なのかどうか。
もう振られてんのに…何期待してんだ俺。
***
「御幸くーん」
放課後倉持と昇降口に降りると、他のクラスの女子…去年同じクラスだった相川さんに呼び止められた。
「決勝勝ったんだよね?おめでとう!」
「あぁ…ありがとう」
相川さんとは特に普段話したりはしない。だけどこうして話しかけてきた思惑も、赤い顔の彼女の好意も、俺にはすぐにわかった。
倉持は少し離れたところで俺を冷ややかに睨んでいる。
「怪我したって聞いたんだけど…大丈夫?」
「ああ…うん」
「そっか…お大事にね」
「…どうも」
少し沈黙がおりて、じゃあ、と切り上げようとした時。すぐ横を二人の女子生徒が横切って校舎の外に出て行ったのに気付いた。
ちらっとこっちを見て顔を背ける花城。と、その後に続く、ニヤニヤ顔の鷹野…。
「……。」
タイミング悪すぎ…!!
二人は倉持に会釈をして、不自然なほど無言のまま校門へ向かって行った。
「御幸君、どうかした?」
「え?あぁいや…、あ、じゃあ俺行かなきゃだから…」
「あ、そうだよねごめん!また明日…」
「…あぁ、じゃあ…」
相川さんから離れて倉持の元へ行くと、無言で蹴飛ばされた。とはいえ怪我を気遣ったのか、普段よりかなり軽い蹴りだ。
「いてえよ」
「うるせえ死ね」
なんて理不尽な。
そのまま無言で倉持と少し歩き、校門より手前で俺たちは別の方向へ足を向ける。
「じゃ、あとよろしく」
「戻ってこなくてもいいぜ」
「はっはっは」
俺はリハビリのため病院に通っている。倉持はいつも通り部活。寮の方へ向かう倉持の背中を見送り、俺は一人で校門を出て駅方面へ向かった。
周りには電車通学の生徒たちがたくさんいる。どこに行こうだの何を食おうだの盛り上がっていて、これから遊びに行く奴も多いらしい。
野球部に入って、あんなふうに放課後遊ぶことなんてほとんどなく過ごしてきた俺は、少しの羨ましさを感じながら一人で歩いた。
駅に着くと俺は切符を買い、ホームに一人降り立った。ここから数駅先の駅を出てすぐのところに通っているリハビリ施設がある。
「あれ〜!?御幸先輩!?」
ホームによく通る女子の明るい声が響き渡った。
「なんでこんなとこいるんですかあ〜!?」
「お〜、お前ら…」
すぐ近くのベンチに座っていた女子高生二人組…鷹野と花城がこっちを見ていた。
「リハビリ通ってんだよ。」
「あ〜!あ、もしかして新宿駅のとこのですか?」
「お、よく知ってんじゃん」
「私中学の時通ってて!兄貴も前通ってたんですよ〜」
鷹野は今まで通りとてもフランクに接してくれる。その隣で花城は若干気まずそうにスマホをいじり始めた。
「ほら〜光!御幸先輩いるよ御幸先輩!」
「あ〜、うん」
う…ウザそう…。
「なんか俺に態度悪すぎない?」
「すみません〜光ってば素直じゃなくってぇ」
「……。」
無言でスマホをいじる花城をチラッと見て、鷹野はちょこちょこ小走りで俺に駆け寄ってきて、ヒソヒソ声で言った。
「ヤキモチ妬いてるんですよ!」
「…何に?」
「さっき御幸先輩が女の先輩といるの見たから!」
「え?」
「司!何か変なこと言ってない?」
「い、言ってないよお〜!」
じゃ!と片手を挙げ、花城の方へ小走りで戻る鷹野。女の先輩…って、相川さんのこと?花城がヤキモチ?なぜ?だって花城は俺のこと、嫌いなんじゃ…
ホームに電車が滑り込んでくる。風が舞い、立ち上がった花城の長い髪が靡く。
扉が開き乗客が数人出てきて、俺は花城たちが乗り込んだ扉の隣の扉から同じ車両に乗り込んだ。
電車は少し空いていて、俺も花城たちも長椅子に座った。車両の中で花城は、1人だけ際立ってキレイで、うっかり見惚れてしまわないよう俺は窓の外に視線を移した。
扉が閉まり、電車が動き始める。
「…でさぁ……」
時折鷹野の声が漏れ聞こえる。俺はただ、花城の方を見てしまわないように視線を落とす。
程なくして次の駅につき、電車が停まって扉が開いた。
「そーそー!マジだって」
「ホントかよ〜!?」
騒がしい男子高校生のグループが乗車してきて、車内はにわかに賑やかになった。開いている席を探すように左右を見た彼らは、何か見つけたように声を潜める。
「なぁあの子…」
「…うわ!マジじゃん」
チラッと横目で見ると、男子高校生たちは花城たちの方を見ながらコソコソ盛り上がっていた。
「お前行けよ」
「えぇー?」
楽しそうに笑いながら小突き合う。扉が閉まって電車が動き出すと、彼らも行動に移った。
「あのー、こんにちは…」
1人を先頭にしてそのグループは花城たちの前に立ち止まり、花城に話しかけた。スマホから顔を上げた花城は、鷹野と顔を見合わせた。
「その制服、青道ですよね?」
「そうですけど…」
「めっちゃ可愛いですね」
先頭の男が言うと後ろの友達が囃し立てだした。花城は困惑したように眉を顰めた。
「何年ですか?名前聞いていいすか?」
「…いや…、」
「じゃ、メアドだけでも教えてくださいよ」
「…騒ぐと周りに迷惑なので」
「わかりました!じゃ隣座っていいすか?」
し…しつこいなアイツ。つれない花城の態度にもものともせず、男は花城の隣に座り、友達たちは花城たちを囲むように吊り革につかまって立った。
「あの…あなたのこと知らないので無理です」
「あーすいません!俺橋本っていいます!稲実の2年っす!」
「そういうことじゃなくて…」
「あの!この子困ってるんでやめてください。」
あまりにしつこい男に鷹野も参戦し、花城を庇うように手を伸ばす。
「え〜そんなこと言わずに、いいじゃん!」
男は強引に花城の腕を掴み、自分の方へ引き寄せる。ちょ…、それは流石にやりすぎ…。
鷹野がしきりに助けを求める顔で俺の方を見る。まあ…そうだよな、行くしかないか…。
「うわっ、ほっそいね〜、かーわい…」
「ちょっと、離し…」
「おい」
静かに彼らの背後に立って声をかけると、自分でも驚くほど低い声が出た。男たちは静まり返って俺を振り返った。
「何してんの?」
花城の腕を掴む手を見て、ゆっくりと男の目に視線を移す。男はぎこちなくその手を離し、気まずそうに花城と俺とを見比べた。
「え…、なに、知り合い…?」
花城の目が俺を見上げる。そして口を開く前に、鷹野が身を乗り出した。
「彼氏です!この子の!」
えっ。
俺と花城に一斉に見られても、鷹野は堂々と男たちを睨んだ。
「え…マジ?」
男たちは顔を見合わせ、花城の隣に座っていた男は気まずそうに席を立った。
「すいません…っした」
そう言って、おい、行こうぜ、と男たちは逃げ腰で隣の車両に移って行った。
「ありがとうございます〜御幸先輩!」
「それはいいけど…彼氏とかやめろよな」
ったく、と苦笑いで鷹野に返すと、花城が急に怒ったように俺を睨んだ。
「それはすみませんでした。」
「は?あ、いや違っ…俺はお前が怒ると思って」
俺の言い方が悪かった。花城は俺が迷惑だと言ったように聞こえたらしい。慌てて誤解を解こうとするも、花城はツーンとそっぽを向いてしまった。
「鷹野〜、責任とってなんとかしてくれ」
「えぇ〜!もお〜!光はもうちょっと素直になりなよぉ!」
鷹野に肩を抱かれて花城は迷惑そうに顔を顰める。
「とりあえずお礼は言いなよ〜。」
「…ありがとうございました。」
「せめて笑顔で言え!笑顔で」
俺の言葉で花城はますます不機嫌そうに目を逸らし、ケラケラ笑い出したのは鷹野だけだった。
「も〜光と一緒にいるといっつもナンパされるんですよ!御幸先輩がいて良かったね!光!」
「……。うん」
素直じゃないけど、そうして頷いた花城の少し赤い頬を見るだけで嬉しくなっちゃうんだから、俺も単純だ。
「そ…そう。って、いつもあんなやつに絡まれんの…?」
「いや〜今日のはかなりしつこかったですね!」
「へー…」
『まもなく新宿〜、新宿〜』
緩やかに速度を落としながら、駅に電車が滑り込む。花城と鷹野は顔を見合わせる。
「お前らもここ?」
「そうで〜す」
扉が開き、俺たちは一緒にホームに降り立つ。人の流れに乗って歩き、改札を抜けて駅から出ると、鷹野が俺を振り向いて敬礼のように手を挙げた。
「じゃっ先輩お大事に〜!」
「おー」
愛想のいい鷹野に反して、花城は相変わらず…素っ気ない会釈のみ。俺は苦笑して、人混みに紛れていく2人の姿を見送り、踵を返した。