待ちに待っ…てはいない、体育祭の日。
「ヒャハハハ!楽勝楽勝〜!!」
朝からいくつもの個人種目に出ている倉持は水を得た魚のようなはしゃぎっぷり。足が速い上にスポーツは大体得意なので、どんな種目でも活躍して注目を浴びている。
「すごーい倉持!!また1位じゃん!」
「さすが〜!!」
「い…いや全然!このくらい楽勝だって」
…クラスの女子に褒めちぎられて、さらにいい気になっている。
「あ〜!先輩たち」
背後から明るい声がして振り向くと、赤い鉢巻をした鷹野と花城が立っていた。
「紅組一緒ですね〜!」
「おー、足引っ張んなよ」
「テメーが言うか?元怪我人よォ」
ちょっとふざけただけなのに、花城の存在をかぎつけた倉持が飛んできて俺をどついた。
「おい。元怪我人なんだから優しくしろ」
「このくらいで音を上げるヤワな奴はいらねぇ」
「きびしい…」
「きゃはは!相変わらず仲いいですね〜!」
相変わらず明るい鷹野。と、その隣にたたずむ、相変わらず口数の少ない花城。…こないだの速水とのデート、どうなったんだろ…。
「倉持先輩、さっきから大活躍ですね〜!」
「え?お、おう、まあな。スポーツは得意だし」
「カッコいい〜!ねっ、光〜!」
鷹野が花城をからかうように見ると、花城はジワリと顔を赤くした。
「…何?」
「いや、カッコいいよね〜って!」
「……。」
倉持が期待に満ちた目で花城を見ている。が、花城は恥ずかしそうに唇を結んだまま目を逸らした。…そんな反応がまた、本気っぽくて俺はモヤモヤするんだが…。
『次は女子短距離走です。出場者はスタート地点に集合してください』
「あっ、光〜!頑張って!」
「…うん」
鷹野に背を押されて、花城は軽い駆け足で去っていく。
「アイツ短距離走出んの?」
「そうですよ〜」
「へー、じゃ、意外と足速いんだ」
「速いですよ!」
へー、意外…大人しそうなお嬢様って感じの外見なのに。まあ、細身だし鈍くさくはなさそうだけど。
「お前のほうが足は速そうだけどな」
「あ!私はクラス対抗リレーのアンカーなので!」
「あー納得」
相槌を打ちながら、スタート地点の第2レーンに並ぶ花城の姿を見る。細い手足を伸ばしてストレッチをし、その顔は真剣そのもの。意外だな…こういうの、マジになるタイプなんだ。
『それではいちについて…ようい……』
パァン、と空気が破裂する音が響き、一斉に走者がスタートした。
花城はスタートダッシュから周りをグングン引き離し、軽やかにゴールに駆け込んだ。
「うおー、まじではええ」
「でしょー!?」
俺たちが感心し、鷹野が誇らしげにしているところに、走り終えた花城が戻ってきた。
「おかえりー!おめでとー!」
「うん…」
「お前足速いんだなー、意外だわ」
「……。」
俺がそう声をかけると、花城はちらりと俺をにらみ、フンとそっぽを向いた。
「おいなんで無視するんだよ」
「別に…」
「あ…花城さん!おつかれっす」
「あ、ありがとうございます」
「なんで倉持には返事するんだよ!」
フン、とまた俺にそっぽを向く花城。得意げに俺を見る倉持のにやけた顔がウザすぎる。
「鷹野〜花城が無視する」
「光はツンデレなんですよ〜」
「ツンツンしてるとこしか見たことねーけど」
「あははは!」
「花城さん!おつかれ」
駆け寄ってきたのは速水だった。花城しか目に映っていなかったらしい速水は、ここへ来て初めて俺たちに気が付いた様子ではっと顔を赤くした。
「速水〜、俺には?」
「あ、あはは。倉持もさすが!おかげでうちのクラス今のところトップだよ、ありがとな」
倉持の怨念のこもった視線を受けてなお、速水はさわやかに笑って感謝を述べた。
「花城さん、走るの速いんだな!カッコよかったよ」
「い、いえ…」
そしてまた花城に視線を戻す速水。微笑む花城に、速水は白い歯を見せて愛嬌のあるはにかみ顔を見せる。ふたりっきりの世界という感じで、胸がざわつく。
『次は、男子借り物競争です。出場者の方は…』
「ヒャハハ!ついに出番だぜぇ〜御幸ちゃ〜ん」
「……。」
鳴り響いた放送を聞いて、倉持が俺の肩に寄りかかってきた。
「え!御幸先輩借り物競争出るんですかぁ?」
「そうなんだよ、見物だぜぇ」
「見世物じゃねーんだけど」
「何言ってんだ、見世物だろ。ヒャハハ」
オラ早く行けよ、と倉持に追い出されるようにして、俺はスタート地点へ向かった。気が進まない。
こんな競技じゃ、活躍して花城にいいところを見せることもできないし…。
スタート地点へ並び、第一走者が走り出したのを見送って、俺はスタート地点についた。変なお題じゃありませんように…ありがちな、好きな人、とか。
第一走者たちが次々ゴールし始める。借り物競争、なのに、ほかの人を連れてきてゴールする人が多い。やっぱ懸念したようなお題が多そうだ。
『それでは第2走者の皆さんは位置についてください』
いよいよだ…。俺はスタート地点に立ち、頭を掻いた。面倒くせぇ。
「コラ御幸ー!!しっかりせんかい!!」
「それでも野球部主将か〜!!」
…野次がうるせえ。
『それでは位置について!』
短距離走の時ほど、出場者の本気度も高くない。クラウチングスタートのポーズをとるもの、ポケットに手を突っ込んだままヘラヘラするもの、様々だ。
『ようい……』
――パアン、と空砲が鳴った。
「おらァァ!チンタラ走ってんじゃねー御幸〜!!」
「うるせーな…ケガ人だぞ!」
「もう治っただろーが!」
「いつまでも怠けてんじゃねー!」
俺は3番目くらいにお題のところにたどり着いた。適当に一枚とり、開く。
お題は…
…あー、どうするかなコレ…。
「コラァ御幸!何突っ立ってんだ!!」
倉持の怒号が聞こえて振り返る。そばには花城と速水の姿もあって、二人は仲睦まじそうに話しをしている。人が走ってるっつーのに、あいつらめ。
俺はつま先をそっちに向け、ずかずかと歩み寄った。
「お!?何だ御幸!!お題は!?」
「探すの手伝いますよ!!」
盛り上がる倉持と鷹野をよそに、俺は速水と花城に近づいた。
「悪いけど…いい?」
速水を見て言う。速水は目を瞬いて、花城を見た。花城もきょとんとして、俺を見上げて、頬を少し赤くした。花城とちゃんと目が合ったのは、すごく久しぶりな気がした。最後にこのきれいな目を見たのは…そうだ、文化祭のあのとき…。
「あ…花城さん?」
「え…」
速水がぎこちなく言う。花城の目が戸惑ったように揺れる。背後で鷹野と倉持が息を呑んだのが分かった。
「いや、速水に来てほしいんだけど」
「…え?」
俺がそう答えると、速水はぽかんとした。
「あ、うん、わかった、いいけど」
「悪いな」
俺はそう言って、花城を見た。
「彼氏借りるぜ。」
「…えっ?」
豆鉄砲を食らったような顔をした花城の顔が、赤くなるのを見たくないと思って、俺はさっさと踵を返した。
「ちょっ…御幸、彼氏って…違うんだけど…」
「知ってるよ」
「……。」
走り出しながら速水が慌てたように言った。そして俺の八つ当たりに近い返答を聞いて、速水は苦笑を浮かべる。
自分でもわかる。俺、ガキすぎる。
俺たちがゴールしたのは4番目だった。
『はい〜それではお題のほう確認させていただきます!』
体育祭実行委員の生徒がやってきて俺からお題が書かれた紙を受け取った。
『え〜〜とお題は……大親友!で、合ってますか?』
え?と、速水の目が丸くなった。
「大親友〜〜!!?オメー友達いねーだろが!!」
「速水無理すんな〜〜!!」
「あの二人仲いいんだ〜〜」
「イケメン同士で眼福〜〜」
一気に男たちからは怒号、女子たちからは黄色い悲鳴が上がった。
「あはは。俺でよかったの?倉持のほうが仲良いんじゃ…」
速水はさわやかに、人懐こい笑顔で笑う。
「まあ、別にいいじゃん」
「いいけどさ…」
『はい!それでは問題なしということで、紅組4着で〜す』
4着の札をもらい、俺と速水は自然とさっきいた場所へ向かって歩き出した。
「なあ…御幸ってやっぱり…」
速水が何か言いかけて、振り向いた俺の顔を見て、言葉を躊躇う。
「あ…いや、なんでもない。」
正直ぎくりとした。だけど必死に平静を装った。
でも、たぶん、バレてる。
さっき、花城と速水が話してるのが面白くなくて、邪魔をしたこと。