『――次は、男女混合騎馬戦です。』
「キターーー!!」
「よっしいこうぜぇーー!!」
体育祭の目玉の一つである騎馬戦がはじまるということで、グラウンドが盛り上がった。
うちの学校では男女混合。男子が下で支え、女子が上に乗る。女子と密着できるから、立候補する不純なヤツもいる。が、基本的には力と身長があるやつが選ばれる。対して女子は、体重が軽く小柄な子が選ばれる。
「あ…行ってくる」
「頑張ってくださーい!」
タッパもありスポーツをやっていて筋力もある速水は、主にクラスの女子から推されて出場することになった。
速水が去っていくと、鷹野は俺と倉持を見上げた。
「先輩達は出ないんですかー?」
「俺はケガで念のため。倉持はチビで戦力外」
「お前ぶっ殺されてーのか?つかチビじゃねーし!」
鷹野がケラケラ笑い、隣で花城も小さく笑みを浮かべる。
「お前らも出ないの?」
「私は重いしー。光はちょっと危険かなって」
「危険?」
「あきらかに光目当てで立候補する男子が多かったんですよー」
「…なんだそりゃ」
「司〜!ちょっと大変ー!!」
突然、1年の女子…鷹野たちと同じクラスらしき子が慌てた様子で駆け寄ってきた。
「どしたの?」
「マリナがさっき足ひねっちゃって〜。騎手が一人足りないの!」
「え!!」
「人数足りなくても出られるみたいだけど…不利だよね?」
どうしよ、と顔を見合わせる二人の横で、花城が鉢巻を結びなおした。
「私出るよ。」
「えっ!?大丈夫!?」
勇ましい申し出に目を丸くする鷹野と女子生徒。
「マリナちゃんのチームの男子って誰?」
「え…っと、東条君と三宅君と榊君!」
「わかった、行ってくる」
花城はそう言うと、さっさとクラスのチームのほうへ走っていった。
「花城さん大丈夫かな!?」
「うーん…まあ、東条君のチームならいっかぁ…」
鷹野がうなり、腕を組んでつぶやいた。
「あ…そうだね、東条君なら大丈夫か」
「ね!東条君なら光でも大丈夫だよね!」
なんだその東条に対する厚い信頼は。
「お…始まるな」
『皆さん準備はいいですかー!?それでは紅組vs白組!男女混合騎馬戦を開始します!』
紅組の中に花城の姿を探す。それはすぐに見つかった。先頭の東条の肩に掴まって、真剣に前を見据えている。やっぱり勝負事には熱くなるタイプらしい。意外だ。でも、そんなところがやっぱりいいと思う。
……東条いいなぁ…。
『それではようい……』
――パァン!と、空砲が鳴り響いた。一斉に騎馬隊が走り出す。
「いけーーー光〜〜〜!!!」
鷹野の声が響き渡る。花城の姿は人の群れに紛れて一瞬で見えなくなった。
『両者一歩も引かない攻防が繰り広げられています!!がんばれー!!』
司会の解説にも熱が入る。あっという間にハチマキを取られた奴らが離脱し、段々と争いの様子が見えてきた。
「あっ!光まだ残ってる!!」
鷹野が叫び、俺も同時にその姿を見つけた。
「おー、結構取ってんじゃん」
「さすが光!!」
感心して呟く倉持に、手を叩いて喜ぶ鷹野。
「速水もまだいるな」
「お、あそこにいるの哲さん?」
「白州もいるじゃん」
「意外と野球部出てんだな」
『おぉーっと!!ここで白組のチームがひとつ自滅してしまいました!!」
派手に転んで陣形を崩したチームが労われながらグラウンド外に避難する。ハチマキを取られる以外にも、こうして自滅してしまうチームもちらほらあった。
「激しい戦いですねー!!私も出たかったなぁ!!」
鷹野はそう言って花城の応援を続ける。
『さあ白組が残り3チーム!紅組は残り5チームです!』
「いけるいける!!」
鷹野が手を叩いて飛び跳ねた時。哲さんのチームの騎手がハチマキを奪われた。
「あーあ、哲さんのチーム負けた」
「でもかなりハチマキ取ったな」
哲さんたちがグラウンド外に出てくる。声をかけに行こうか迷った、その時だった。
『ああーっ!!またここで紅組のチームが自滅!!大丈夫でしょうか!?』
「あっ!!光!!」
言うが早いか鷹野が駆け出した。つられて視線で追うと、花城のチームが地面に崩れ落ちていた。東条がすぐに花城に心配そうに声をかけ、花城が頷いている。ちょうど近くにいた速水も競技中だが花城を気にした様子で見ていた。
東条たちが立ち上がり、東条の様子は大丈夫そうで安堵する。だが、続いて立ちあがろうとした花城が…足を庇うように再びしゃがみ込んだ。
あいつ…足でも挫いたのか?
胸に迷いが生まれる。いや…俺が駆け寄らなくても…
無意識に足を一歩踏みだし、踏みとどまる。その時視界の端に、駆け出した人物の背中が過ぎった。
哲さんだった。
注目もものともせずグラウンドに入り、花城に駆け寄った哲さんは、何か声をかけて軽々と花城を抱き上げた。
きゃああ、と悲鳴に近い歓声が上がる。
哲さんは花城を抱き上げたままこっちに歩いてきて…俺たちの横を通り過ぎ、校舎へ向かって行った。
一瞬見えそうになった花城の顔を…俺は見たくなくて視線を逸らした。どんな顔をしているのか…見るのが怖かった。
駆け寄ることもできなくて…どれだけビビってんだ、俺。
「御幸先輩〜!」
呆然とする俺の元に鷹野が戻ってきた。
「光、靴置いてっちゃって!これ持ってってくれません?」
「え?」
「私次の競技出なきゃいけなくて!」
「ああ…、わかった。」
俺は怪我のため暇を持て余している。
あの2人の後を追いかけるのは怖いけど…
倉持が何か言いたげな目で俺を見てきたけど、俺は気づかないふりをして踵を返した。
***
今は生徒全員がグラウンドに集合しているから、校舎の中はひどく静かだった。
医務室の前に着き、俺は息を吐いて、ドアに手を伸ばす。
「…大丈夫か?」
中から哲さんの声が聞こえて、俺は手を止めた。
「大丈夫です…」
「よく冷やしておけよ。」
「はい…ありがとうございます」
…入りづらい。邪魔だと思われそうだし…
…って、何遠慮してんだ、俺は。
馬鹿馬鹿しい。さっさと渡して、戻ろ…
「…花城。」
今度こそ引き手にかけた手に、俺はまだ力を込められなかった。ぴくりとも動かない医務室のドア。つい息を潜める俺。
だって、哲さんの声が…ひどく真剣で。
「…言いたいことがある。」
外から聞こえる喧騒が遠くなっていく。
「本当は…受験が終わってからと、思ってた。だけど、うかうかしてられないと思って」
「……。」
「だから…今言う。」
やめろ…、まさか、そんな。
「花城のことが、好きだ。俺と付き合ってほしい。」
聞きたくないと思いつつ、必死に耳を澄ませている自分がいた。心臓がうるさくて、周りの音が聞こえなくて、それは耳鳴りに変わって。
花城の声は、よく聞こえなかった。
だけど…
「…あぁ。……ありがとう。…改めて、これからもよろしく。」
その哲さんの言葉が聞こえて、俺は頭の中が真っ白になった。
「…あれ、御幸?」
キュ、とリノリウムを踏む音がした。振り向くと速水がいた。花城が心配で来たらしい。
「…入らないの?」
窺うような速水の目。違うのに…俺は花城にとって何でもないのに。速水は誤解してる。
あまりにも都合の良い誤解。
「…いや、俺はいいや。速水、これ渡しといて」
「え…、あぁ、うん」
速水に花城の靴を渡し、俺は廊下を引き返した。
「…花城さん、大丈夫!?」
背後で扉の開く音と、速水の声を聞きながら。