「速水ー、遅かったな」
「またあの子のとこ行ってたんだろ?」
昼休みが終わるころに教室に駆け込んできた速水が友達にからかわれている。
…花城に会いにでも行ってたのか?
体育祭の時…あの医務室で、哲さんと花城が付き合いだしたこと、聞いてないのかな。
「いつ付き合うんだよ〜」
「やめろって、そーいうのじゃないから」
速水は笑い流しながら俺の前の席にやってくる。椅子を引いて座って、不意に俺を振り返る。
「なぁ、次数学だっけ?」
「…うん」
サンキュ、と短く言って、数学の教科書とノートを机から出す速水。
「…花城のとこ行ってたのか?」
ぼそりと、つぶやくように尋ねると、振り返った速水の顔は赤かった。
「え、いやー、まあ…そうだけど」
「ふうん…」
「な、何?」
「いや…、何か、聞いてねーの?お前」
「え?何のこと?」
哲さんと花城が付き合ってること…。
やばい、考えただけでダメージがでかくて、気が遠のく。
「まあ…、聞いてないならいいや。悪い」
「え〜?なんだよ、気になるなぁ…」
哲さんと花城が言わない選択をしたなら、俺が言う権利はない。
うちの学校では有名人同士だし、哲さんは受験前だし、しばらくは秘密にする気なのかな…。
チャイムが鳴って、速水は俺を気にしながらも前を向いた。
日常は容赦なく、進んでいく。
***
「おおーーいテメーらぁ!!差し入れだぜぇ〜〜!!」
今日の部活には引退した3年生たちが差し入れをもって顔を出してくれた。皆ここぞとばかりに先輩たちにアドバイスを求め始める。
「兄貴、ちょっと見てほしいんだけど…」
「益子先輩!バッティング見てください!」
「伊佐敷先輩!このフォームなんすけど…」
「クリス先輩〜〜!!!師匠〜〜〜!!!」
「大人気だな」
「あぁ」
隣の倉持が自分までうれしそうな顔で俺に言い、俺はうなずいた。
「あ!亮さん!俺も…!」
小湊兄弟が練習場に向かうのを見て、倉持は慌てて追いかけていった。
俺は哲さんに視線を移す。…花城の彼氏、か。羨ましすぎて恨めしさすら感じる…。
哲さんは尊敬する先輩。むしろ哲さんでよかっただろ…、その辺の、ぽっと出の変な奴に奪われるよりは。
哲さんが俺の視線に気づいたようにこっちを見た。ぎくりとして固まると、哲さんが近づいてきた。
「御幸は何か困ったことはないか?」
「え?」
「なんでも相談に乗るぞ。元キャプテンとしてな。」
謎のどや顔…。こういうところが憎めないんだよな、この人…。
「いや俺は…。」
「ん?」
「……。」
聞いてもいいものか…花城と付き合ってるんですか?なんて…
「言いづらいことなら、向こうで聞くぞ?」
「い、いや、そういうわけじゃ」
「結城せんぱーーい!バッティング見てください!」
元気のいい2年に呼ばれて哲さんが振り返る。
「俺は大丈夫ですから、アイツら見てやってください」
俺は哲さんに言って、そっとその場を離れた。
聞けるわけねーって…。んなこと聞いたら、何を勘繰られるか…。
***
日が暮れたころ、土手で素振りでもしようかと外に出ると、ちょうど哲さんが校門へ歩いてきた。
「お疲れ様です。帰りですか?」
「ああ。」
哲さんは俺に気が付いて、優しい笑みを浮かべる。
「今日はありがとうございます。皆すごく喜んでましたよ」
「そうか。また顔出すよ」
「受験、忙しいんじゃないですか?」
「まあ、息抜きにもなるしな」
そうですか、と頷いて、哲さんと並んで外に出て、哲さんが足を止めた。
「何か悩んでることでもあるのか?」
ぎくりとした。
「え…、なんでですか?」
「いつもとちょっと違う気がしてな。」
普段天然なのに、こういうとこは鋭いよな…。
別に悩んでる…というわけではないけど。悩んでも仕方のないことだし…。
「そうですか…。」
俺は苦笑をして空を見上げた。この人のことはごまかせないな…。
「で、どうしたんだ?」
「え……聞くんですか?」
「言ってみろ。」
「う……。」
なんか…恥ずかしいんだけど。でもどうせ、この人には俺が花城のこと好きなの、バレてるしなー…。
「…なんていうか…」
「ああ」
「…哲さん、花城と付き合っ…てるんですよね?」
「うん?」
哲さんは目を瞬いて、俺の顔をじっと見た。
「誰から聞いたんだ?」
「いや、誰からっつーか…」
否定しない…。あー、やっぱり、そうなんだ…。
「俺は振られたぞ。」
「ですよね、はは、おめで……、って、えっ?」
振られ…、え、い、今なんつった?
「振られたよ。」
哲さんの表情はどこか清々していて、俺はにわかにその言葉を理解できなかった。
「…な、なんでですか!?だって、花城は…」
哲さんのことが…好きなはず…。
「好きな人がいるって言われた。」
哲さんはそう言って、微笑みを俺に向けた。
「まあ…知ってたから、はっきり言われてよかったよ。」
「え……、」
好きな人…。哲さんじゃないのか!?
「だ、誰なんです?」
「それは言えない。」
「哲さん、知ってるってことですか!?」
「どうだろうな。」
く、口が堅い。だからこそ、尊敬している人だけど。
「少し元気が出たみたいだな。」
「……。」
図星を突かれて俺は顔が熱くなった。確かに、なんか俺、浮かれてる。
「じゃあ、俺は帰るよ。」
「あ…、お、お疲れ様です。」
哲さんは片手を挙げ、軽い足取りで帰っていった。
…花城と哲さん、付き合ってなかった。
花城はまだフリー…。
「…よかった」
思わずつぶやいた言葉に、俺は小さく噴き出した。