「はっなしろ〜〜♡」
「うわっ、何…?」
廊下で花城を見かけてついテンションが上がって駆け寄ると、思い切り引かれた。後ろで鷹野がケラケラ笑い、東条が目を点にしてる。
「そんな冷たい目で見るなよマイハニ〜」
「は?」
「おい!花城さんが困ってんだろーが」
倉持が俺の背中に蹴りを入れてきた。
「おい、病み上がりの大事な主将の体に何すんだ」
「何が病み上がりだ、いつまでも甘えてんじゃねー」
「……。」
花城は俺を不審そうに見つめている。そんな顔も可愛い。しかも今日は珍しくポニーテールだ。可愛すぎる。
「なんか今日御幸先輩元気ですね〜」
ニコニコ明るい笑顔で鋭いことを言う鷹野にぎくりとした。なぜかいろいろ見透かされてる気がする。
「え?そう?」
「はい!この間はなんかちょっと元気がないように見えたから〜」
「別に普通だけど」
「そうですか〜?体育祭のあとちょっと落ち込んでませんでした?」
なんなんだ。なんでこいつこんなに鋭いんだ。
「…別に落ち込んでないけど。何もねーし」
「ならいいんですけど〜」
ケラケラ笑う鷹野の笑顔が今は怖い。
「結城先輩が光のことお姫様抱っこしてったの見て落ち込んでるのかと思った〜!」
こいつとんでもない爆弾を落としやがった。
「な…、なワケねーだろ」
「ぶふっ」
顔が熱くなるのを感じながら必死に強がったのに、隣の倉持が噴き出す始末。
「え〜違うんですかぁ」
「ちげぇよ。なんでそれで落ち込むんだよ」
「きゃははは」
こいつ怖い。ほんと怖い。花城の顔が見れない。
「…じゃあ俺次移動教室だから」
「あっ!逃げた!」
***
「ラッキーだな。久々の休みだぜ、ヒャハハ」
ゲームやろーっと、と倉持が上機嫌で窓の外を見る。午後になって土砂降りの雨が降り出し、今日の部活が休みになったのだ。
「傘ねーから走るしかねーな」
「俺は折りたたみ持ってる」
「は?なんで?」
「天気予報で言ってたぞ」
「マジ?貸せ」
「なんでだよ。どうしてもって言うなら入れてやらんこともないけど?」
「誰がテメーと相合傘なんかするか。俺は先に帰るぜ」
「どーぞどーぞ」
倉持は舌打ちを残して教室を出て行った。俺はのんびりと帰り支度をして昇降口へと向かった。
階段を下りていくと、雨で冷え始めた空気が肌を冷やす。沢村あたりも傘なんて持ってきてなさそうだから、体冷やさないよう言わねーと…。
そんなことを考えながら昇降口に降りると、花城とばったり出くわした。
「おぉ」
「……。」
驚いて小さく声が出た俺に対し、花城はちらっと見上げてくる。
「あれお前今日一人?」
「悪いですか?」
「なんで喧嘩腰なんだよ。」
そんなこと言ってねーだろ、と言いながら、靴を履き替える花城の隣に靴を持ってきて、俺も履き替える。
「いつもの友達は一緒じゃねーの?」
「部活です」
「ああそっか…」
この雨で休みになるのは屋外の運動部だけだ。そういや何部って言ってたっけあいつ。剣道部だっけ。そりゃ天候は関係ないか。気の毒に。
花城は昇降口の手前に立ち、空を見上げた。
「ちゃんと傘持ってきたか〜?」
俺が折り畳みの傘を持ち上げて見せびらかすと、花城はうっとうしそうに俺をにらんだ。
「ないです。」
「え?マジで?」
「走って帰ります」
「無茶言うなよ。ずぶぬれになるぞ」
「家近いし大丈夫です」
「近いつってもお前…」
言いかけたとき、俺の肩がたたかれた。
「…よ、よお!」
振り向くとそこに立っていたのは速水。その手にはしっかりと傘が握られている。
「今帰り?」
速水は俺と花城の顔を交互に見る。
「あ…はい」
花城がうなずくと、速水は俺を見る。俺もうなずくと、俺たちがただここで会って話していただけと分かり、速水はちょっと安堵したような顔をした。
「傘、ないの?」
速水は花城の手元を見て、言った。
「はい。」
ちょっと照れたようにうなずく花城。俺には会った瞬間睨みつけてくるというのに。
「あ…じゃあ、入ってく?送るよ」
速水が意を決したように傘を持ち上げて花城を誘った。花城のほほが少し赤くなった。速水の顔は見る見るうちに真っ赤になった。
「え、でも…先輩遠回りだし」
「全然いいよ、今日部活休みになって暇だし…花城さんが濡れちゃうからさ」
二人が一緒に帰るところなんて見たくない。俺は反射的に身構えた。
速水は相変わらずさわやかで憎めないはにかんだ笑顔を見せ、それを見上げた花城が一瞬俺の顔を見上げ、瞬きをして目を伏せた。
ドキッとした。なんで俺を見るんだよ。俺には口を出せないことなのに。
「あ…花城さんが嫌じゃなければだけど」
速水は焦ったように付け加えた。花城がちょっとはにかみ、速水に微笑んだ。
もしかして…。
花城…やっぱり速水のことが好きになったのか?だから、哲さんを振ったのか?
胸がざわつく。俺は無理って言われたけど、でも、花城はさっき俺を見た。まだ花城の中に、速水への迷いがあるなら…。
俺はとっさに、傘を花城と速水を遮るように突き出した。
「俺の使えよ。」
「え…」
花城の目が丸くなって俺を見上げる。
「でも先輩が…」
「俺は寮だからすぐそこだし。」
「……。」
速水が俺を見て、花城を見る。花城は目を瞬いてじっと俺の傘を見つめた。
「…借ります。」
そして、傘を手に取った。
ふわりと胸が熱くなった。たかが傘なのに、俺が選ばれたことがこんなにも嬉しい。
「あ…、なら、良かった。はは。」
速水が恥ずかしそうに笑い、花城を見た。
「変なこと言ってごめんね、花城さん。…じゃあ、また」
そしてやっぱり憎めない笑顔で俺と花城に言って、速水は傘を広げ、水浸しの校庭に駆け出して行った。
「…じゃ、俺も帰るわ」
「え、あの」
気まずくならないうちに俺も飛び出そうとしたら、花城が引き留めるような目で俺を見上げた。
「何?」
「いや…あの…本当にいいんですか?傘」
花城はそう言って外の雨を見る。バケツをひっくり返したような雨。走ろうが歩こうが、一歩外に出た瞬間にずぶぬれになるのは避けられない勢いだ。
「いいよ別に」
「でも…」
「何?じゃ入れてくれんの?」
「え…。」
必死にからかうような笑顔を作って言ってみたものの、花城の顔がぎこちなく固まって、俺の胸にぐさりと痛みが走った。そりゃそーだよな…。速水とも嫌なのに、親と相合傘なんて無理って話だよな…。
「はっはっは、あからさまに嫌そーな顔すんなって!傷つくだろーが!」
俺は精一杯笑い飛ばして花城を小突き、逃げるように足を踏み出した。
「冗談だよ冗談。じゃあな。気をつけて帰れよ」
「えっ、あの…ま、待って」
くっとシャツが引っ張られる。花城が俺を引き留めて。ドキッとして、すぐに邪に浮かれる気持ちを振り払う。期待するだけ辛いだけだ。
「…何だよ」
「…やっぱりそこまで…一緒に」
折りたたみ傘を握りしめ、ぎこちなく言う花城。その頬が赤くなり、俺もじんわりと顔が熱くなった。
「…え?」
一緒にって…相合傘をするってこと?俺と花城が?
夢のような申し出をすぐには信じられなくて固まったら、花城が赤い顔をそむけた。
「や…やっぱり嘘!なんでもない!」
「は!?なんでだよ」
「だって嫌そうな顔したじゃん今!」
「し…してねーよ!びっくりしただけだって」
「そ…!だ、だって先輩の傘だから!さすがに、申し訳ないから…」
言い合いながら、周りを通る帰宅する生徒たちの視線に気づいて、俺も花城も口をつぐんだ。何してんだ俺たち…。
だけど…。ここで意地を張らず、一度素直になって…。
「…じゃ、寮の前まで入れてもらうわ」
「……。」
勇気を振り絞ってそう言うと、花城は唇をかんで押し黙った。
「あ、なんでもないです」
「え…!いや違…!わ、わかりました!」
「いやお前超嫌そーじゃん…」
「そ、そんなことない…。元々、先輩の傘だし!」
花城はそう言って、折りたたみ傘を広げ、俺に差し出してきた。俺が受け取ると、花城は俺の隣に並ぶ。
「…もっとこっち来ないと濡れるぞ」
「……。」
花城はうつむいたまま足を踏み出し、肩が触れそうなほど近づいた。甘い香りがする。花城の歩幅を気にしながら、俺は一歩外に踏み出した。
一気に、雨音と冷たい空気に包まれる。この傘の下だけが、暖かくて甘い香りのする空気に満ちていて、俺は足元がふわふわした。
こんなに花城の近くにいるのは初めてで…髪、キレーだな…。やっぱ華奢…。それになんか、いいにおい…。
「ヒューヒュー!」
「ラブラブだねぇおにーさんたち」
「!!?」
突然、ばしゃばしゃと水しぶきをあげながら俺たちの前を横断した男の集団に、俺も花城も肩をすくめた。
亮さんに、純さんに、…哲さん。俺たちをからかってニヤニヤ笑う亮さん純さんのそばで、哲さんは小さく微笑み、前を向いた。
そして俺たちが否定する間もないまま、3人は校門へ向かって去っていった。
「…ったくあの人たちは…。」
「……。」
「…あっ!気にすんなよ!?ふざけてるだけだから…」
「べ、別に…。」
まずい。また花城の機嫌を損ねたか?否定しとくべきだったか…。
ていうか…哲さんにも誤解されたかもしれないな…。あとで訂正するべきか?
「…先輩のほうこそ…好きな人いるのに…」
ぽそ、と花城はつぶやいた。その声は小さくて、だんだんと消え入るような声だった。
「え?俺?あー、別に俺は…」
つーかそれ…お前だし…。
「そういうの気にしないし」
「…先輩は気にしなくても、相手は気にするかも」
「…えぇ?いやいや…なんでお前がそんな心配するんだよ笑」
「し…心配とかじゃないけど」
もういい、と花城はそっぽを向いた。丸い頬が少し赤い。
こんなに近くにいるのに、花城の気持ちがつかめないのが…もどかしい。
「お前はどーなんだよ」
「え?」
「好きな人。見られちゃうかもよ?」
俺は顔色を変えずに言えただろうか。それにしてもダサい。こんなふうに花城の好きな人を探ろうとなんかして…
「す…好きな人って、…え?」
俺を疑惑の目で凝視する花城の視線に突き刺され、じわりと冷や汗が滲んだ。
あれ、俺…やらかした?
花城の好きな人は、俺は表向き、哲さんだと思ってるわけで…哲さんが振られたことも、花城は知られてないと思っていて…。しかもすでにさっき哲さんには目撃されている。だから、今俺が言った言葉は、花城の好きな人は哲さんじゃないことを知っているのを白状しているのと同じ。
花城は違和感を感じている顔を少しずつ強張らせて、じわりと顔を赤くした。
「あー、いや…ごめん…実は哲さんから聞いてんだよね」
「え…、な、何を…」
「お前に振られたって…好きな人がいるって」
「え…!!」
真っ赤になる花城の顔。やばい。結構ショック受けてる、俺。
「あ、誰かまでは教えてくれなかったけど…」
「……。」
「…ちなみに誰なの?」
「言わないですよ!!」
花城は顔を背けて怒った調子で言った。
気になる…。花城の好きな人だなんて。
そんな、幸せすぎる男。
「いーじゃん教えてよ」
「嫌です」
そんなふうに戯れあっているうちに、あっという間に寮の前に着いてしまう。通りかかった寮生達が奇異と好奇心に満ちた目で俺たちを見ていく。俺は優越感を覚えつつ、花城と別れる名残惜しさを感じた。
「ま、いいや。ありがとな、じゃ。」
「あ…、」
花城が何か言う前に、俺は名残惜しさを感じていることを悟られぬよう、傘の外に飛び出した。走って屋根の下に入ったものの、結局かなり濡れてしまった。
花城はもう校門の角に隠れて見えない。俺は深呼吸を一つし、寮の中に入った。
そこでちょうど倉持と出会し、倉持は変なものを見る目で俺をジロジロと観察した。
「…お前なんで結局ずぶ濡れなんだよ」
「別に…」