「なんで鷹野じゃなくて俺なの?」

休み時間、鷹野がいない隙を見計らったように花城が俺のもとにやって来て、ついてきてほしい、と言うものだから驚いた。
詳しく聞くと、昨日御幸先輩に借りた折りたたみ傘を返しにいくのに付き添ってほしい、という複雑なものだったけど…。
花城はちょっと顔を赤くして頬を膨らませた。

「だって司はなんか…騒ぎそうじゃん」
「あー…まあ…わかるけど」

確かに。
でもじゃあ、俺って少しは花城に信頼されてるってこと…なのかな。それは嬉しい。

「あ…じゃあ東条、お願い!」
「うん。」

2Bの教室前につき、俺は御幸先輩を呼び出すために入り口に向かう。花城は少し離れたところに立ってその様子を伺った。

「あの、御幸先輩いますか?」

ちょうど入り口付近にいた知らない先輩に尋ねると、ちょっと待ってな、と言い残し、御幸先輩を呼んできてくれた。
すぐに俺を見て不思議そうな顔をして、御幸先輩がやって来た。

「東条じゃねーか。珍しいな、どした?」

案外面倒見がいいのだろうか。思ったより優しそうな態度で御幸先輩が俺に声をかけてくれたので、ちょっと戸惑う。さすが主将に選ばれるだけあって…みんなのこと気にかけてるのかな。

「あ…俺じゃなくて、そこに…」

俺は花城がいる方を向き、御幸先輩に答える。俺たちの視線の先で、花城がぎこちなく立っている。

「…え、なに?」

御幸先輩の顔が俄かに緩んだような、だけど緊張もしているような、見たこともない顔になったのを俺は見た。
御幸先輩の目にはもうすでに俺は映っていないこともわかった。
御幸先輩は急いで花城のそばに歩み寄り、済ました態度で両手をポケットに入れた。

「あのこれ…、ありがとうございました」

花城が黒い折りたたみ傘を差し出すと、それを覗き込む御幸先輩。

「あ〜傘か…わざわざ悪いな」
「いえ…、じゃ」
「え?」

あまりにも花城があっけなく切り上げようとしたので、御幸先輩は素っ頓狂な声を出した。

「もう行くの?」
「え?はい。行こ、東条」

花城が俺を見上げ、軽く腕に触れてくる。御幸先輩の前で…ちょっと得意になってしまいそうな、申し訳ないような。

「なんかお前ら仲良くねぇ?」

御幸先輩が拗ねたように冗談っぽく絡んでくる。

「別に普通ですよ。」
「ソコ!腕!組んでる!」
「は?何?東条、行こ行こ。」

御幸先輩をわざと揶揄っているのか、掴んだ俺の腕に花城はさらに腕を絡めてきて、軽く引っ張った。は…花城に、腕を抱きしめられてる。やばい。顔が熱くなる。
でも…
これって、俺、男として意識されてないってことだよなあ…。

「お〜い、俺以外の男といちゃつくな!」
「馬鹿みたいなこと言ってる。」
「ははは…」

花城にされるがまま、俺は御幸先輩に会釈してその場を後にした。少し歩いたところで花城が俺の腕を離しても、俺の胸はまだ落ち着かなくて…

「あっ…次体育だっけ!ごめん東条、急ごう!」
「あ…うん!」

俺に笑いかけて、前を向いて足を早める花城の後ろ姿を見て。もっと俺を見てほしい…なんて、気持ちが生まれてしまった。



***



「もうすぐクリスマスだねー!」

昇降口に向かう階段を降りる途中、鷹野がウキウキした笑顔で言う。

「その前に明日から期末テストだけどね」
「言わないでよ〜」

花城が揶揄うように言って、鷹野が頭を抱えるのを、俺は笑って見ていた。

「うーわ、さむっ!」

下駄箱のところまで来ると、外の冷え切った風が吹き込んできていて、俺たちは身震いした。

「光〜、コンビニ行かない?」
「いいよ」
「東条君も来るー?」

気さくに誘ってくれる鷹野に感謝を覚える。鷹野のおかげで、俺は花城と過ごす時間がたくさん増えた…と思う。鷹野はそんなつもりはないだろうけど。

「そうだな〜、テスト勉のお供のお菓子でも買おうかな」
「そうしなそうしな!」

ケラケラ明るく笑う鷹野に釣られて笑って、そのまま花城を見た。綺麗な大きい二つの瞳と目が合って、ドキッとした。
もうすぐ期末テスト。その後に俺は、冬合宿。そしてそれを終えると冬休み…花城とはしばらく会えなくなる。

花城の笑顔を脳裏に焼き付けながら、俺は、胸がむずむずした。

「寒いねー」

何度目かわからない言葉。だけどその度みんな笑顔を見合わせる。花城の笑顔に白くなった吐息が重なる。暗い道のなかで、花城の目は月明かりでキラキラしている。

コンビニに入ると花城はあてもないように店内を回り、鷹野はお菓子を選び始める。俺はポテチを手にして、保温ケースを見つめる花城の隣に立った。

「花城は何買うの?」
「ん?んー…あったかい飲み物でも買おうかな…」

そっか、と呟き、花城と並んで立つ足元が暖かくなる。胸がむずむずして、頬が緩む。
真剣に飲み物を選ぶ花城の横顔の、長いまつ毛。少しマフラーに埋もれた小さな顔。
そのに触れられたらいいのに。
そんな関係だったらいいのに…。

「決まったー?」
「あ…うん!」

レジに向かう鷹野に声をかけられ、花城はミルクティーを手に取り、踵を返す。俺の隣から離れて。

それぞれ会計を終え、また寒さに身震いしながら外に出て、鷹野が俺たちを振り返った。

「じゃっ、私電車だからー!東条君よろしく!」
「え?」

ばしん、と俺の肩を叩いて、鷹野は逃げるように駆け出して行った。
よろしく…って。

見ると、隣には同じようにポカンとして立っている花城。
…鷹野、わざと俺たちを二人きりに?

「…行っちゃったね」

花城が困ったような笑顔で俺を見上げた。

「あはは…行っちゃったなあ…」

俺もぎこちなく笑顔を貼り付け、買ったホットコーヒーに口をつける。慌てて無糖を買ったらしく、思いがけない苦味が口の中に広がり、うっと口をつぐんだ。

「…じゃ、私も帰るね。」

花城が片手をあげて足を踏み出す。俺は慌てて息を呑んだ。

「えっ、…お、送るよ」
「え…」

花城の目がゆっくりと瞬く。俺の気持ちが見透かされてる気がする。でも…

「いや…悪いからいいよ」
「全然、いいって。花城に聞きたいこともあったし…」
「聞きたいこと?」

はずみで言ったことだったけど、俺は覚悟を決めてうん、と頷いた。

「じゃあ…わかった。」

花城が頷いて、俺は彼女と並んで歩き出した。
こうして二人きりで歩くのも、俺は特別な気分になるけど…花城はどうなんだろう。昼間あんなに簡単に触れられた手も、俺からはとても…触れる勇気はない。

「聞きたいことって?」

歩き始めてすぐに、花城が尋ねてくる。

「うん…」

俺は唇を舐め、そのまま少し噛み、ゆっくりと息を吸い…吐き出した。

「花城って…御幸先輩のこと好きなの?」

それはずっと花城を見てきて…一番可能性が高いと思った人物の名前だった。御幸先輩の前での、花城の態度は他の人の前とは違う。ムキになったり、本心を隠すように不機嫌になったり…。

「…え?」

花城は息が止まったように言葉をつっかえて、ぎこちなく表情を固めた。

「そ…、ち、違うよ!な、なんで?」

凄い取り乱してる…。

「いや〜、なんとなくそうかなって。」
「なんでよ!全然、そんなことないし…」

花城がそう言って、少し沈黙が降りた。
引っ掛かりはあっても、否定されて安心してしまう単純な俺…。そうだったらいいのにって、都合のいい言葉を求めてしまう。

「…そっか。」

俺は呟き、はっ、と笑いのような吐息が溢れた。

「…よかった。」

そうしてこぼしてしまった言葉を、ゆっくりと理解して…顔が熱くなる。

「…え…」

花城が俺を見上げた。
ちょっと…待って。俺、今なんて言った?

…いや、でも。

全然意識されてない俺が…少しでも見てもらうには…。
少しは勇気を出さないと…。

「な、なに?なんで?」

ふふ、と花城は誤魔化すように笑う。今ならまだ、冗談として笑って流せるだろうけど…でも。

「…俺、」

息がうまく吸えない。慌てて吸い込んだ冷たい空気が喉につっかえて、むせ返りそうになる。

「…花城のこと…気になってるから」

言った…。
まだまだ、こんなものじゃ、伝えきれていないけど。心臓が暴れてるように騒がしくて、呼吸が乱れる。
花城は息を呑んだように黙り込み、静かに俯いている。
何か…言ってほしいような、怖いような。

あ…。

前に花城を送った時に、別れた交差点…。

「…じゃっ、気をつけて。」
「え?あ…」

俺が立ち止まって照れ隠しに茶化すように言うと、花城は周りを見てハッとし、窺うように俺の顔を見上げた。

「また明日な!」

俺はその気まずさを払いのけるよう、つとめて明るく笑顔で言った。花城もつられたように少し口角を上げる。俺はほっとした。

「…うん。また」

花城はそう言って、口を閉じて踵を返す。
その姿を見えなくなるまで俺はそこにいて、やがて、俺も踵を返した。

…言っちゃった。

いや…言えてよかった。

けど…

あの沈黙は…やっぱ脈なしだよなあ…。
はあ…、いや、でも、頑張ろう。

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