「さっきそこで花城さん見たぜ〜」
練習前、麻生たちの会話から花城の名前が聞こえ、俺はつい耳を大きくする。
「まーじで天使だよなぁ〜」
「あの透明感!あの可愛さ!」
「同じ人間とは思えねえよな」
「彼氏いんのかなー」
「いたら噂になってそうだけど」
そうだよな…花城に彼氏ができたら学校中大騒ぎだろうな。
「なんか速水と噂になってなかった?」
「あれは速水が片思いしてるらしいよ。本人がこないだ、間違った噂広めないでくれーって訂正してた」
「へえー、速水もかなりモテるのに…」
速水、そんなこと言ってんのか。ホント人のいい奴…。
都合のいい噂ならほっとけばいいのに。
「ああ〜!でも花城さんに彼氏できたら俺は泣くぞ…!」
「わかる、あの子が男とそーいうことするの想像したくない」
「エロいこととか何にも知らなそうだよな〜」
「汚れてないっていうか…」
「でもスタイルいいし、なんかやわらかそーでいいよなぁ」
「肌真っ白だし、絶対アソコの色とかさぁ…」
「おいw」
――バァン!!
掌が押さえつけたロッカーの扉がものすごい音を立てて、俺は自分自身の肝が冷えた。静まり返った更衣室内。気まずい空気。なんか、無性にイライラして…つい力いっぱいロッカーを閉めてしまった。
そしてその音に、自分で驚いている始末。これじゃ花城の話を聞いて意識してたのバレバレじゃねーか…。
「……。」
俺は何か言われる前に、無言で更衣室を出た。皆の視線が背中に突き刺さっているのを感じながら…。
***
「もう慣れてきたか?」
昼休み、自宅学習期間に入っていた哲さんと廊下でばったり出くわして、少し話す流れになった。
桜の花びらが舞い散る中庭で、ベンチに腰を下ろして哲さんがほほ笑んだ。
「いやー、どうですかね…」
「俺は、様になってきたと思うぞ」
「そうですか?」
「やっぱり、お前が主将になってくれてよかったと思ってるよ」
俺は気恥ずかしさから頬に力を入れて、わけもなく自販機を見つめた。
「今日は何か用があったんですか?」
「ああ、大学の合格報告に」
「え!それはおめでとうございます。」
「ありがとう。」
ついでに校舎の中を少し見てたんだ、と微笑む哲さんに、俺も自然とほほ笑んだ。
寂しさが少しずつこみ上げるのを感じながら。
「で、花城とは仲良くやってるのか?」
「え?」
突然、哲さんが突拍子もないことを聞くものだから、俺は顔が熱くなるのを感じて汗をかきながら顔をひきつらせた。
「…なんで花城?」
「え?」
今度は哲さんがきょとんとして、2,3度瞬きをした。
「……違ったか?」
「いや、あの、話が見えないです」
「すまん、聞かなかったことにしてくれ」
「いやいやいや」
ちゃんと説明してくださいよ、と言うと、哲さんは珍しく苦笑を浮かべた。
「前に…一緒に帰っていたから、そういうことなんだと思ったんだが」
「え…、あ…」
あの…雨の日のことか。そういや確かに、哲さんに目撃されてたけど…
「あれはたまたまで…」
「そうなのか?」
「花城が傘忘れたっていうんで。方向一緒だし…って」
「ふうん…」
哲さんのどこか遠慮のないまっすぐな視線が、俺の心を見透かすように射貫く。
「でも、御幸は花城のことが好きなんだろ?」
「……哲さん…」
やめてくださいよ…、と、俺はいよいよ熱く火照る顔を下に向けてつぶやいた。俺…そんなわかりやすいか!?でもまあ、哲さんには色々と、花城のことを話してるからな…。
「告白はしないのか?」
「いや〜…望みないんで…」
「そうか?」
哲さんは顎に手を添え、首を傾げた。
「お前も今年、3年だろ。」
「…はい」
「一年はあっという間だぞ。」
卒業を目前に控えた人が言うと重みがある。
「後悔のないようにな。」
その言葉は、俺の胸にずっしりと重くのしかかった。
ちょうど予鈴が鳴って、哲さんは立ち上がる。
「鳴ったか。休み時間を邪魔して悪かったな。」
「い…いえ。とんでもないです」
俺も立ち上がり、哲さんに向き直った。
「話せて…よかったです」
「そうか。」
失礼します。と、いつもの微笑みを浮かべる哲さんに会釈をして、俺は教室に戻った。