「何急いでんの?」

土曜日。午前の練習を終えて、俺は昼食を掻き込む勢いで食べた。
時間には余裕はあったけど、なんか、一刻も早く花城に会いに行きたくて。

「別に。」

俺は短く言い、訝しむ倉持を無視して食器を下げ、部屋に向かう。
今日は暖かくて風も穏やか。絶好の花見日和…初デート日和だ。

つーか…何着ていこうかな。

「お出かけですか?」

同室の木村が不思議そうに声をかけてくる。そりゃ、1年同室で過ごしてて、俺がタンスの前で悩んでる姿なんて見たことないからな。

「あー、うん」

そうですか、と、まだ不思議そうにしながらも、木村は机で宿題を広げた。あまり根掘り葉掘り突っ込んでこないのがこいつのいいところだ。

俺は結局、無難に白いTシャツと黒いパンツを着て、ボディバッグを提げていつものスニーカーを履いた。

「ちょっと、夕方まで出かけるから」
「あ、はい、行ってらっしゃい」

珍しそうな目で俺を見る木村に見送られ、俺は寮を出た。
腕時計を見る。ちょっと早いけど、まあいいか。

「あれ…御幸先輩どっか行くんすか?」

ぎくり。校門のところで沢村達に出くわした。
おう、と短く言って、追及を逃れるために俺はそそくさと校門を出る。

沢村と小湊の不思議そうな視線を感じながら、俺は足を速めた。


***


花城を送って行ったとき、ここまでと言われた交差点に着いた。
まだ花城はいない。
私服の花城…どんな感じだろう。何度か見たことはあるけど。いつも可愛いんだよな…
スタイルがいいから何でも似合う、って感じで…。
でも今日はそんな花城が、俺の隣を歩く。あー、なんか、緊張してきた。

トン、と軽い足音がした。曲がり角から、花城が現れた。

目と目が合い、俺は息をのんだ。

ゆるく三つ編みにした柔らかな亜麻色の髪。青い花の刺繍がされた白いブラウスは、胸元が少し開いていてリボンがついている。そして長い脚がすらりと映える、クリーム色のショートパンツ。俺が歩きやすい格好でと言ったからか、足元は白いスニーカー。
どこかのモデル?春の妖精?可愛すぎる…。

「…お疲れ。」

花城のその言葉で、俺はさっきまで部活でしごかれていたことを思い出した。

「あ…ウン」
「何?」
「いや…、その服…」

やばい。頭真っ白。花城が想像のはるか上をいくほど、可愛すぎて。
何か褒め言葉を言いたいのに、動揺して何も言葉が出てこない。

「…何か変?」
「いや!ちが…可愛すぎて不安になる」
「…えっ?」

花城の顔がふにゃっと崩れた。そしてその頬が赤くなる光景から目が離せないまま、俺は自分の口から出たセリフに驚愕した。

「そ…そう…?」

花城は照れた様子で髪をいじり、視線をさまよわせた。アホみたいなこと言っちゃったけど、結果オーライ…か?

「…と…とりあえず行くか」
「…うん」

俺たちは並んで歩きだした。何度かこうして一緒に歩いたことはあるのに、今日はやけに気持ちがふわふわして落ち着かない。花城…なんかいいにおいがする。甘酸っぱくて爽やかな…。

「……。」
「……。」

なんか…気まずい…!
俺から何か話題振るべき…だよな。

「今日…、晴れてよかったな。」
「…うん」

…終了。天気の話とか…続くわけねーだろ俺。何やってんだ。
あ〜、もう、今日は手繋ぐとこまで進展させたいのに…!

「…こっちから行こうぜ。」

駅まで向かう道の途中、学校の横を通る最短の道に進もうとした花城に、俺は橋を渡る遠回りの道を指して言った。

「あ…うん」

花城はうなずき、俺についてくる。
こんな可愛いカッコした花城と並んで歩いてるのをアイツらに見られたら…絶対ウザイことになるに違いない。邪魔されたくないし…学校の傍は避けるべし。

橋を渡り、大通りの歩道を進んで、人通りも多くなってきたころ、駅が見えてきた。

「あの〜お姉さん、芸能界に興味ないですか?」

突然花城の行く手を遮るように大股で近づいてきた小柄な男。
え…す、スカウト!?確かに花城はかなりの美人だけど…。

「ないです。」

花城は慣れた様子で男から目をそらし、俺をちらっと見上げる。

「行こっ」
「お、おう」

「あ、お姉さーん!お話だけでも…!」

花城が俺のTシャツの袖口を引っ張った。突然の触れる感触にドキッとする。
男を振り切って駅の中まで逃げてくると、花城は涼しい顔をしていた。

「ふう…切符いくらかな」
「いやいやいや、ちょっと待って」

花城が何事もなかったように路線図を見上げるものだから、俺はつい突っ込んだ。

「何?」
「いや今の…スカウトされてんじゃん」
「…気にしなくていいから」

花城は恥ずかしそうに口をとがらせて言って、財布を取り出した。

「いいよ俺が一緒に買うから」

俺はすかさずその手を抑えた。とっさだったけど、花城の手に触れてしまった…。手のひらが熱い。

「なんで?いいですよそんなの…」
「いいからいいから、こんくらい。」

俺はかっこつけて、大人二人分のボタンを押し、切符を購入した。

「ほい」
「…ありがとうございます」
「じゃ、行くぞ」

改札を通り、ちょうどホームに滑り込んできた電車に乗り込む。運よく並んで座ることができて、俺たちは一息ついた。

「…スカウト、よくされんの?」

先程の花城の慣れた様子が気になって、俺は堪えきれず尋ねた。

「そんなには…。」

花城は口を尖らせてつま先を動かしながらつぶやいた。早くこの話題を終わらせたい様子だ。

「そんなにって。一回でもスゲーことなんだけど」
「大袈裟」
「え…実際何回くらいされたことあんの?」
「数えてないですよ、そんなの」

て…ことは…
数えきれないほど…そんなのと言い切ってしまうくらい取るに足らなくなるほど、されてるということでは…?

「お前…スゲェな…」
「何?からかわないでよ。」
「からかってねーよ」

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