今日は終業式。
春休みにはいるとセンバツが始まるから、しばらく花城とは会えない…。
その前にせめて、今日は花城に会いたい。
午後は練習があるから、少しの時間しかないけど…。
「御幸ィ、行こうぜ」
腹減ったー、と気だるげに呟きながら、倉持がバッグを肩に提げて俺の席までやってきた。
「あー、俺ちょっと…」
「御幸くーん!」
断りかけたところで、クラスメイトの女子が俺を呼んだ。
「呼んでるよぉ〜」
含みのある笑みを浮かべて女子たちが指し示す、廊下に佇む相川さんの姿。
倉持が俺をにらみ、チッ、と舌打ちをぶつけてきた。
「悪い、先行ってて…」
「死ね、デブ」
倉持はそう暴言を吐いて一人で教室を出て行った。俺もバッグを持ち、相川さんに歩み寄る。
花城、先帰っちゃうかなぁ…。でも、相川さんのこの様子。
速水に続き、相川さんにも…早めに伝えたほうがいいよな。ただでさえ、柄にもなく、期待持たせるようなこと言っちまったし…。
「あ…御幸君。ごめん…ちょっといい?」
相川さんはそう言って、俺を廊下の隅に誘導した。教室のクラスメイトたちからの視線を感じながら、俺は廊下の窓際で相川さんと向かい合って立った。
「明日から春休みだから…ちょっと話したいなって思って。ごめんね」
相川さんはそう言って、熱のこもった視線を向けてくる。
「悪いけど…俺今日部活あるからさ」
「え!あ、そうなんだ…じゃ、無理だね」
えへへ、と相川さんは笑って、照れくさそうに髪をいじる。
「忙しいね、野球部って。」
「…まあ」
「あの…じゃあさ、もしよかったら…春休み、どっかで会えない?」
ぎくりとした。そして俺が何か言う前に、相川さんも俺のそんな感情を悟ったように、表情をこわばらせた。
「いや…、俺…」
そして俺が口を開くと、相川さんはだんだんとおびえる顔つきになり、ごくり、とのどを鳴らした。
「…彼女ができたから。ごめん。」
相川さんは小さく口を開けたまま、瞼を震わせて瞬きをして、今俺が言った言葉をゆっくりと飲み込むように、静かに息をのんだ。
「…前言ってた…好きな子?」
相川さんの声は震えていて、さすがの俺もいたたまれない気分になる。
「うん。」
だけどこれが誠実さだと確信をもって、俺ははっきりとうなずいた。相川さんは見たことのない悲しそうな笑顔になって、ふっと息を吐いた。
「そうなんだ…。」
そしてうつむいて、唇をかみしめて、また顔を上げると、その眼は涙で潤んでいた。
「…おめでとう」
痛々しい笑顔で、震える声でそう言って、相川さんは踵を返し、廊下の向こう人げるように駆け出した。
「あっ!…まりかぁ!」
「なになに?フラれたの?」
ずっとこっちの様子を野次馬していた女子たちが数人、相川さんを追いかけていく。そして男子たちはニヤニヤしながら好奇心に満ちた顔で俺を取り囲んだ。
「御幸、相川さんどうしたの?」
「告白?」
「ちげぇよ。」
俺はそれだけ言って、それ以上の追及を避けるためにその場を後にした。
これでよかったんだ。これ以上期待を持たせるのは酷だし…。
***
「光なら今いませんよ」
寮の昼食の時間が迫っていたが、花城がまだいればと思い1年の教室のフロアに立ち寄ると、1Aの教室にたどり着く前に鷹野に出会し、唐突にそう告げられて俺は固まった。
「いないって何で?」
「クラスの男子とどっか行っちゃいました〜」
「え?どういうこと?」
「さあ?告白っぽかったですけど〜」
「…は!?」
ケロリとした顔でとんでもないことを言う鷹野に俺は目を剥いた。
「なんで止めないんだよ」
「え〜?どーせオッケーするわけないし何を心配してるんですかぁ〜?」
「……。」
「こーいうの多いんですよね〜長期休暇の直前って。特に今日は終業式だし」
それは俺の身にも覚えはあるが…
「待ってればそのうち来ますよー。今日私と遊ぶ約束してるんでぇ」
「いや…俺部活あるからもう行かなきゃ」
「それは残念でした〜」
「…いや別に…」
「あっ!光〜!」
俺が強がりを言い終える前に、鷹野が俺の背後に向かって手を振った。振り向くと、きょとんとした顔で花城が歩いてくるところだった。
「二人で何話してるの?」
珍しい組み合わせ。と、花城が目を瞬く。
「違うよ〜光を探しに来たんだよ。ねっ、御幸先輩!」
「…ああ。ちょっと来て。」
俺が花城を促すと、花城はおとなしくついてきた。そのまま二人で非常階段の踊り場に移動し、向かい合う。
「どうしたんですか?」
「いや明日から春休みだしさ…」
その前に会っておきたい、とか思うのは、俺だけなんだろうか…。
「あぁ…。」
花城は理解したような、でも共感しているかわからないような相槌を打った。
「今日部活ですか?」
「うん。で、春休みもセンバツで、割とずっと忙しいと思うから…」
「…そうですか。」
「寂しい?」
へらり、とからかってみると、花城は完全にあきれた目で俺を見た。
「はあ…?」
「なんだよその冷たい目は…。」
「別に普通ですけど。」
「ウソだ呆れてるだろ」
「べつに…」
「花城は俺と会えなくても寂しくないんだー」
「……。」
花城は目を細め、かすかにため息をついた。
「おい!そこまで面倒くさそうにすんな!」
「だって…何が言いたいの?」
「いや〜だって、俺は花城に会いたいのに…花城はそうでもないみたいだからさ…」
なんちゃって…、と、ふざけてはみたが、それが俺の本音だった。顔が熱くなって、そんな俺の顔を見て、花城はちょっと真面目な顔になった。
「だって…寂しがったって、先輩は困るでしょ」
花城はつま先でリノリウムの床をつつきながらつぶやいた。
「そんなことねーよ」
「忙しいのはしょうがないし。会えないのは変わらないし。」
「会えないっつーか…別に、会えるけど…」
「え?だってずっと部活でしょ?」
「…花城がセンバツ見に来てくれれば…」
俺は言いかけて、花城の顔色を窺って、へらりと口元を緩めた。
「…まーそれは冗談として」
「なんなの?」
「だって、付き合ってること知られたら、絶対大騒ぎになるし。」
「…ふうん」
花城は急に口を尖らせた。
「やっぱそれが嫌なんだ。」
俺はその言葉に違和感を感じる。
「…え?やっぱってどーいうこと?」
「先輩、私と付き合ってることみんなに知られたくないんでしょ?」
「…いやそーいうことじゃなくてだな?」
「だっていつも人目を避けるし…今もだし、この前デ…出かけた時だって。付き合ってることも、誰にも言ってないみたいだし」
「…え!?いやちが…なんかそれ誤解してるって!」
「何が?」
「俺はただ単純に、お前は騒がれたりからかわれんのは嫌だろうと思って!」
「……。」
「いや…、つーか、なんか…」
そうじゃない。それだけじゃない。確かに俺は花城とのことを周りに隠してた…。でもそれは、知られたくないからじゃなくて。
「…付き合い始めたばっかだし…まだお前が何考えてるかとか…よくわかんねー時もあるし…。周りに騒がれて…からかわれたりして、台無しにしたくなかった」
「……。」
「花城とちゃんと…付き合ってるって、自信が持てるまでは…」
花城は俺をちらりと見つめ、それから表情を緩めた。
「…ふうん。」
その顔には、もう不機嫌さはなかった。
「…とりあえず…」
俺は咳ばらいを一つして、花城に向き直る。
「…光。って、呼んでいい?」
花城は唇を引き結んで、顔を赤くした。
「…いいけど…。」
そしてすぐにうつむいて、長い髪に顔を隠す。
「光も、俺のこと名前で呼んでよ。」
その照れ方が可愛くて、俺はもう少し勇気を振り絞った。
「……わかった。」
こくり、とうなずく花城。ドキドキしながら、その唇が俺の名前を呼ぶのを待つ。
「……。」
「……。」
「……早く呼んでって。」
「…今?」
「あたりまえだろ。」
「あとでね。」
つん、とそっぽを向く赤い顔。やっぱりつれない。けど、苦しいくらい可愛い。
「なんだそりゃ。」
俺はくすぐったい気持ちで笑って、照れて真っ赤な顔の、かわいい彼女を見つめた。