「デートですか?」
「……。」

白いワイシャツを羽織って鏡を覗き込んでいると、木村が机から顔を上げて面白そうに言った。

「…おー」
「羨ましいっす!行ってらっしゃい」
「……。」

しばらくはこうやってからかわれんのが続くんだろうな…。まだ心許ない前髪を少しいじりながら部屋を出ると、外にいた自主練中の部員たちが俺に白い目を向けてきた。

「よぉ裏切り者」
「デートかあ〜〜〜?」

ヤジを飛ばしてくる2年と、それを見て笑っている1年共の横をさっさと通り過ぎ、背中を向ける。

「うるせー」
「花城さんに変なことすんなよ!」
「ほっとけ!」

変なことするなだ?
大きなお世話だ。

足早に校門を出て、駅へ向かう。
今日は久々の丸一日オフの日。光とは駅で待ち合わせをしている。

一日中、光と過ごせる。…恋人として。
俺は期待に胸を膨らませ、弾む足取りで駅へと急いだ。


***


約束の時計塔の前に立ち、ソワソワ立っていると、遠くから歩いてくる女の子に目が留まる。
こんなに遠くからでもわかる、スラリと映える完璧なスタイル。長い髪を靡かせ、淡いグリーンのワンピースに身を包み、俺に気がついて足を早める美少女。

光。俺の彼女…。

「ごめん。先輩早いね」
「全然。さっき来たとこ」

まだ約束の時間よりも少し早い。光より早く着かなきゃと思って、実は俺はかなり早めに来たし…。
それよりも笑顔で駆け寄ってくる光は胸が苦しくなるほど可愛い。本当に、光とほんとに付き合えるなんて…夢みたいだ。

「じゃ、行くか。」
「うん。」

二人で電車に乗り、降りたのは東京駅。今日は光が見たいという展覧会がこの近くの美術館でやっているらしく、そこへ行くことになっている。
そのあとのことは俺が勝手に考えたプランだが、美術館周辺で昼食をとり、そのあとは近くの大きな公園へ。たしか、観覧車や展望台などもあるはずだ。
実のところプランに悩んでいたから、光から美術館に行きたいといってもらえて助かった。しかし美術館に行きたいだなんて…やっぱりこういうところで育ちの違いを感じる。
去年はフランスへ行ったというし…フランスといえばパリ、芸術の都。アートだなんだに詳しくない俺でもそれくらいのことは知っている。光ってそーいうの好きなのかな。好きなんだろうな。上品で洗練されてる光にぴったりの趣味だ。
俺は隣を歩く光を見た。

「何の展覧会だっけ?」
「印象派展。有名なのだとモネとか、知ってる?」
「聞いたことはある」
「見てみたら、見覚えあるのもたくさんあると思うよ」

ふうん、と相槌を打つ。春の温かな風が俺たちの間を柔らかく流れる。
すれ違うやつらがみんな光を振り返る。ついでに、俺の顔も…。まるで品定めだ。

「ねえ今のカップル!すっごいお似合いじゃなかった?」
「見た!美男美女!」
「高校生くらいかなぁ」
「青春〜〜」

すれ違った女子大生みたいなグループがきゃっきゃと盛り上がる声が聞こえた。恥ずかしいけど、うれしい。そうだ、俺いま、青春の真っただ中だ。
俺は思い切って、光の手を掬い取って、指を絡めた。光は俺を見上げて、赤くなる頬をほころばせた。その笑顔のなんと愛くるしいことか…。妖精?天使?

「あ、あそこだ」

光が前方を指さした。シンプルでモダンな、大きい建物。その入り口の正面には、「印象派展ー光の色彩ー」と書かれた大きな看板と、俺でも見たことのある有名な絵画が印刷された垂れ幕が飾られている。

「行こ。」

光に軽く腕をひかれ、俺たちはチケット売り場の列に並んだ。学生は500円。ありがたい。俺はかっこつけて、遠慮する光の分のチケットも買い、二人で館内に入った。
少し冷えた空気の館内。静まり返った展示室に入ると、淡く鮮やかな色彩の絵画がたくさん並んでいる。

光は嬉しそうにほほをほころばせて、端から順番に絵画の前に立ち、どの作品も食い入るように見つめた。近づいてみたり、少し離れて見上げてみたり。俺はその光の横に立って、彼女の横顔ばかり見ていた。


***


「先輩、楽しい?」

美術館を出て近くのカフェチェーン店に入り、光はパスタを、俺はカレーライスを食べながら、光が気を使ったように訊いてきた。

「え?楽しいよ。なんで?」
「絵、あんまり興味なさそうだったから」
「そう?」

ぎくりとした。光ばっかり見てたのがバレたのかと。だけど光の様子を見るにそうではないらしいと気づく。

「まあ確かに、光に誘われなきゃ美術館なんて来る機会なかったけど」
「やっぱり。興味ないなら言ってくれれば…」
「いいんだよ。光の好きなもんに興味あったから」
「……なにそれ。」

光は照れたように顔を赤くして口を尖らせた。

「照れてる?はっはっは!カワイ〜」

そうからかうとますますむっとして俺を睨む光が可愛すぎて、俺はドキドキ…どころじゃなく、いかがわしいよこしまな気持ちまで沸き起こってしまうのを必死でこらえた。
この間も今日も、光とは健全でのんびりとしたデートを過ごしている。だけど俺だって本当はもっと…光に触れたいし、キスや、その先だって考えてる…。
でもそんなに焦って手を出して嫌われたくないし、傷つけたくない。光はたぶん…そういう経験ないだろうし。
それにまだ付き合い始めたばかりだし、デートだってまだ2回目…。光は手をつなぐだけで顔を赤くするほど初心。まあそれは俺もだが…。

「先輩?」
「ん?」
「なんかぼーっとしてたから」
「いや、大丈夫」

…それにずっと気になってることもある。
光が…一向に俺の名前を呼んでくれない!恥ずかしいのか?まさか俺の下の名前を知らないなんてことないよな?

「この後どうする?」
「あぁ…近くの公園行ってみる?」
「うん。」

今日の目標はとりあえず…俺の名前を呼んでもらうこと、だ。

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