「お姉さん!芸能界に興味ありません?」
「ないです」
「あの、連絡先だけでも!」
「すみません」
公園に入るなり、すごい勢いで近づいてきた男にそう声をかけられて、光は慣れた様子でそれを躱して俺の腕に触れた。
「相変わらずすげえな」
「やめてよ。」
謙遜なのか本気なのかわからない態度で光は言い、さっきの男があきらめて離れていくのを迷惑そうに一瞥して、俺に身を寄せる。手をつなぐのもいいけど…こうやって腕に掴まられんのも悪くない…いや、最高。
なんたって体の密着度が…。歩くたびに時々、光の胸元に腕が触れて…なんか、未知の柔らかさを感じる。
やべぇ、ちょっと気を紛らわせないと。
「なぁ…手繋がない?」
「え?いいけど…。」
俺の提案に光は顔を赤くしながらうなずき、俺の手を握った。なんかちょっと、俺に触れることに慣れては来ているのか?それはうれしい。ともかく、一応体が離れて助かった。あのままだったら俺、反応せずにいられる自信がない。
俺たちは花を眺めながら展望台への遊歩道を歩き、エレベーターに乗って展望台の最上階に上った。
そこには人はほとんどおらず、だれもいない窓の前に二人で行って、ベンチに腰を下ろす。そこからは海が見えて、なかなか奇麗な景色だった。
「海だ。」
光は嬉しそうに言って、その瞳に海の青い色を映す。俺は周りを見渡して、見える範囲に人がいないことを確かめると、そっと光の肩に手をまわした。
「な、なに?」
すぐに顔を赤くする光に、俺は余裕を装って、実際は暴れまわりそうなほどうるさい心臓の音を隠しながら言った。
「だめ?」
「…い、いいけど」
可愛すぎる…。
俺が少し腕に力を入れて光の体を抱き寄せると、光はぎこちなく俺に身を預けてきた。少しかたくなる華奢な体。その肩も腕も、どこもかしこも細くてやわらかくて…。甘い香りがする。
このままキス……は、やりすぎかなー…。
「…光、さぁ」
「…なに?」
俺が名前を呼んだだけで、光はまた身を固くして肩をすくめた。やっぱキスは早いか…。
「いつ俺の名前呼んでくれんの?」
「……。」
俺の質問に、光はぎくりとした様子で唇を引き結んだ。
「俺ずっと待ってるんだけど。」
「…先輩のほうが呼びやすいし」
「それじゃ皆と一緒じゃん!俺彼氏なのに」
「…うん」
「まさか俺の名前知らないんじゃねーだろうな」
「そ、そんなわけないでしょ」
「じゃー呼んでみ。」
「え…。」
光は口ごもって顔を赤くし、しばらく迷って、ようやく小さく口を開いた。
「…か…一也…先輩」
……やばい。とんでもない何かに胸を貫かれた。
名前を呼ばれるってこんなに…破壊力あるのか…。
「…なんで無言なの?」
「いや…感動してた」
「ふざけないでよ。」
からかわれたと思ったらしい光がむくれた。俺は本気だったんだけど。
「じゃー今度からはそれでよろしく」
「えー…」
「なんで不満そうなんだよ」
光が俺をにらんではにかむ。可愛い。光が動くたびに、さらさらの柔らかい髪が俺の腕をくすぐる。彼女の肩は細くてやわらかくて、俺の手のすぐ近くには胸の膨らみが…。あー、もう、どうにかしてしまいたい…。
「先輩、暑い」
「え、ああ、ごめん」
光が身じろぎをして、俺は光の肩から手を離した。たしかにこの展望台の最上階には空調設備がなく、差し込む日差しで部屋の中は暑いくらいで、実際光から手を離したとたんにいつの間にか汗がじっとりとにじんでいたことに気が付いた。
「喉乾いちゃった。下に降りて何か飲まない?」
「そうだな。」
光は笑顔で立ち上がり、あっけなく俺から離れた。なんか、逃げられたような。嫌だったのかな…?早まりすぎたか?
***
地上に降りて公園内のカフェスペースで冷たい飲み物をテイクアウトし、俺たちは木陰のベンチに座った。
なんか…前もちょっと思ったけど、高校生にしちゃ老夫婦みたいなデートしてるな…俺たち。俺のせいか?だけど高校生カップルが行くようなところ…渋谷や原宿や、ゲーセンやファミレスなんかは、なんだか光には似合わなくて。騒がしいところとか、好きじゃなさそうなイメージあるし。
光とのデートを考えたとき、そういう場所に行くのはなんとなく違う気がした。
「それ美味しい?」
光が俺に訊いて、俺はああ、とうなずいた。
光が選んだドリンクは、桜ミルクラテ。光の肌みたいな、少しピンクがかった白いラテで、隣にいるだけで桜の甘い香りが漂ってくる。
俺が選んだのは、春限定ブレンドなんだとか店員におすすめされた、コールドブリューコーヒー。少し味が濃い、普通にアイスコーヒーだ。
他愛もない会話…光も何気なく聞いた様子だったけど、俺はふと思いつく。
「…飲んでみる?」
ドキドキしながら、訊いた。光は俺を見上げてはにかんで、ふふふ、とこらえきれない様子で笑った。
「…じゃあ、ちょっとだけ」
そうはにかむ赤い唇に、俺はくぎ付けになった。
光が俺の手から紙コップを受け取って、飲み口を唇に近づけ――そっと食む。少し傾けたコップの、黒いコーヒーの影が透けて見えた。その影が光の唇に伸びていき、こくん、と白いのどが鳴る。
「…うん、おいしい」
光はつぶやいて、俺にコップを返してくる。俺はなんでもない顔をして、そのコーヒーを一口飲んだ。本当はひどく緊張したけど。
…間接キス。光が嫌そうではなかったことで、安心した自分がいる。
「先輩も飲む?」
甘い匂いのするカップを差し出してくる光。甘いものは苦手だけど…
「うん」
俺は受け取って、一口飲んだ。光の視線を感じながら。口の中に広がる甘ったるい香り。それはもう、むせ返りそうになるほどの。
「…甘い」
俺が苦笑しながらカップを返すと、光はおかしそうに顔をほころばせた。