春休みが明ける少し前。寮に新1年生たちがやってきた。

「あ…金丸先輩!東条先輩!お疲れ様です!!」
「…お疲れ様です」

俺と信二が通りかかったときにそう元気よく挨拶をしてくれたのは、外で話し込んでいたらしい瀬戸と奥村。二人とも礼儀正しい新一年生だ。信二は気分がよさそうに、おう、と笑顔を返している。

「そんなに気を使わなくていいよ。寮で毎日一緒なんだから。疲れるだろ?」
「いえっ!大丈夫です、これが素なので!でもありがとうございます!」

俺の言葉に満面の笑みでそう返した瀬戸は、対照的にクールな無表情の奥村に、なっ!と声をかけた。
彼らは中学の時から仲が良かったらしい。そういう点でいうと去年の俺と信二と似ている気がして、実は親近感を覚えている。

「…あっ!御幸主将も!お疲れ様です!」

そこへ通りすがった御幸先輩に、瀬戸がいち早く気が付いてまた礼儀正しく挨拶をした。奥村は心なしか御幸先輩を睨みつけながら、それでも最低限の礼儀を払った態度でお疲れ様です、と低い声でつぶやいた。
御幸先輩はどこか急いだ様子で、おう、と俺たちを一瞥してつぶやくと、足早に去って行ってしまったが。

「おい光舟〜!やっぱお前御幸主将にだけ態度わりぃぞ!」
「そんなことない。」
「顔に出てるんだって!」

まったく…、と腕を組んで友人をたしなめる瀬戸。面白い良いコンビだ。

「御幸先輩となんかあったの?」

俺が尋ねると、瀬戸は困った笑顔を浮かべた。

「いや!そーいうわけじゃないんですけど…こいつ競争心強くて!ホラ同じ捕手志望だから…」
「へぇ〜、そうなんだ」

捕手志望の部員は、案外多くない。というか、珍しいくらいだ。だからこそそれを目指す者同士、強く意識するのかもしれない。

「ま〜御幸先輩はちょっと別格だしな。頑張れよ奥村。」
「…ありがとうございます。」

信二が言うと、奥村は案外素直にお礼を言った。礼儀正しさは持ち合わせているのだ。

「俺たちの中学でも、御幸先輩は有名でしたよ。同級生にも何人か、御幸先輩がいるから青道に来たって言ってるやつもいるし…」
「ああ、俺らの学年でも…沢村と降谷なんかはそうだったよな」
「えー!そうなんですか!」

やっぱすごいなぁ、と笑顔を浮かべる瀬戸と、何か禍々しいオーラをまとい始める奥村…。ゴゴゴゴゴ、と地鳴りのような音が今にも響いてきそうだ。

「そうだ御幸先輩といえば、うわさで聞いたんですけど…」

と、突然瀬戸が声を潜める。

「めちゃくちゃ美人の彼女さんがいるってホントですか!?」
「……。」
「……。」

あまりにも突拍子のない無邪気な質問に、俺と信二はつい顔を見合わせた。

「えー…あ〜…」
「あはは。ホントだよ。」

俺に気を使ったように目を泳がせる信二にかわり、俺があっさりとうなずくと、瀬戸よりも信二のほうが驚いたように目を丸くした。

「えー!マジなんだ!どんな人か気になるッス!なっ、光舟!」
「別に…」
「どんな人なんですか!?御幸主将の同級生?芸能人だと誰に似てます!?」
「いや今度2年…俺らと同級生だよ。芸能人…はちょっとわからないけど」

おい東条、無理すんな、と信二の目が訴えている。だけど今は感覚がマヒしているように、俺は簡単に笑えた。

「へえー!じゃ後輩の人なんですか!意外だな〜!そんなにキレーな人なんですか!?」
「いやー、うん…すげぇ、可愛い…し、めちゃくちゃモテるよ。なっ、信二。」
「あ…あぁ」
「ええぇー!先輩たちがそこまで言う美女、めちゃめちゃ気になる!お名前はなんていうんですか!?」
「名前?花城っていう…」
「…え?」

それまで興味がなさそうに目を細めていた奥村が、俺が花城の名前を口にしたとたん、すごい形相で俺を凝視した。

「え?奥村、知り合い?」
「…花城光ですか?」
「え!うん、そうだよ。知ってるの?」

驚きの偶然。俺も信二も瀬戸も目を丸くして奥村に注目するも、奥村自身は穏やかではない顔つきになって、また凄まじいオーラを背中に背負った。

「光が…あの人と?」
「お…おーい、光舟?」

瀬戸が奥村の顔の前で手を振ると、奥村はほんの少し落ち着いて、こっちの世界に帰ってきた。

「その…光先輩?と知り合いなの?お前」
「…親戚」
「えー!マジ!?」

ぼそりととんでもない関係を告白した奥村に、俺も信二も顔を見合わせた。花城と親戚…だなんて。なんて羨ましい。

「仲いいのか?」
「普通」
「同じ学校にいることは知ってたのか?」
「まあ…」
「えー!じゃあ新学期始まったら会いに行こうぜ!俺も見てみたいし!美女!!」
「……。」

浮足立って盛り上がる瀬戸を横目に、奥村は穏やかではない表情のまま黙り込んだ。
花城の親戚…か。確かにちょっと雰囲気が似てるような気もする。

花城…。
新学期、同じクラスになるかどうかも…そもそもいつ会えるかもわからないけど。
俺…普通に接することができるんだろうか?

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