「きたきた、裏切り者が」
「も〜帰ってこなくていいぜぇ〜」
「消えろリア充!!」

「いつまでやんの?それ…」

日曜の午後。俺が出かけることに気づいた3年たちからヤジが飛んでくる。光とデートをするときはいつもこんな感じで送り出されるのだ。

「テメーが振られて泣き帰ってくるまでに決まってんだろ!」
「今日こそ振られろ!イケメン死ね!」
「なんだそりゃ…」

罵倒をぶつけられながら校門を出て、光との待ち合わせ場所に向かう。学校と光の家のちょうど中間くらいにある大きな公園。そこへ続く商店街の前で待ち合わせだ。
待ち合わせ場所につき、腕時計を見ると、まだ約束の15分前。ポケットに手を突っ込む。光が来るのを待つのは、いつも胸がくすぐったくなる。
早く会いたいな…。

「先輩。」

軽い駆け足で、光が近づいてきた。
今日は…さわやかな淡い青のワンピース。今日も妖精のように可愛い。

「お待たせ。」
「今来たとこ。行く?」
「うん。」

光の手を取ってつなぐと、光は嬉しそうにはにかむ。あー、もう、可愛い…!

「あ、先輩。ちょっと本屋さん寄ってもいい?」
「ああ。」

通りすがりに開いていた小さな本屋を指さして、光は言った。
二人で中に入ると店内はひんやりしていて、店主らしき初老の男は寝ているのか起きているのかカウンターの向こうで俯いて動かず、あとは数人の客が本棚の前で立ち読みをしているだけでとても静かだった。

「ちょっと探してくる。」

光はそう言って俺から離れ、参考書の本棚に近寄った。真面目だなあ。
俺は何となく店内を回って本の背表紙を眺めた。最初はスポーツコーナーの野球の列を見ていたが、もうほとんど読んだことのある本ばかりだったのでそこを離れ、青年誌のコーナーに移った。
そこでふと、とある本のタイトルに目が留まった。

『SEXの極意』

なんつード直球なタイトル…。こんなのおおっぴろげに置いといていい本なのか?
とはいえ…気になる。
俺だっていつかは光と…そういうことをするわけだし。

俺は光が参考書の棚を熱心に見ているのを確認して、その本を手に取った。



***



「ごめん、お待たせ。」
「あ、あぁ」

光に声を掛けられ、俺は読んでいた雑誌を棚に戻した。さっきの本は流し読みしただけで、いろいろな妄想が頭の中を駆け巡り、うっかり反応してしまいそうになって慌てて棚に戻したのだった。
だけど、まあ、参考はなった…。

「何買ったの?」
「英語の過去問集。」
「真面目だなー」
「今度資格試験受けるから。」
「へえー」

なんて模範的な高校生。沢村にちょっとでも爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。
…なんか、さっきあんな本を真剣に読んでた俺もちょっと恥ずかしい。

また光と手をつないで、光はもう片方の手で紙袋に入れた小さな参考書を抱えて、二人で公園へ向かった。

「高校卒業したら、大学行くんだろ?」
「まあね。」
「どこの大学行きたいとか、あんの?」
「まだ決めてないけど、都内かな。」
「だよなぁ…」

俺は来年のことに思いをはせた。俺はもう完全に運だけど、都内に留まれるかどうかはわからない。周りからもプロへの道を勧められていて、いくつかの球団からもすでに話があって、それはありがたいことだけど…。

「……。」

光もうわさで何となく俺のことは聞いているのか、俺のことには触れずに口を結んだ。
光は…成績優秀で、きっといい大学にも行ける。実家も裕福そうだし…何不自由ない、明るい未来がある。
将来俺の本拠地に呼んで一緒に住むなんて、きっと、難しいよなぁ…。

「ね、あそこ座ろうよ。」

光が不意に言って、俺は前を見た。
花壇に囲まれて蔦の這う屋根のついたベンチがそこにはあって、なかなかいい雰囲気の木陰ができていた。

「わー、綺麗。」

ベンチに座って木漏れ日のこぼれる天井を見上げ、光は嬉しそうに言った。

「飲み物でも買ってくるか?」
「うん。」

すぐ近くの自販機を指さして言い、光がうなずいたので、待ってろと言って俺は自販機に向かった。光の好きな飲み物は大体わかってる。今日は…暖かいし、冷たいアイスティー。俺は無糖のアイスコーヒーを買って、ベンチへと戻る。

「ほい。」
「ありがとう。」

光にアイスティーを手渡し、並んで座った。穏やかな風が流れていく。ただ座っているだけなのに、隣に光がいるだけで景色が輝いて見える。

日曜日の午後なのに、公園には人も少なく、見渡す限りは誰もいない。俺は光の横顔を見て、むずむずとその欲望が胸を伝って沸き起こってきた。

「…光」

名前を呼んで、振り向いて俺を見上げた光が、緊張した顔をする。
俺もきっと真剣な顔をしていて、だけど何も言わず、光の目を見つめて、少し顔を近づける。
光の唇が震えた。戸惑いがちに俺の目を見つめて、俺の顔を見て――目、鼻、口、へとその視線が泳ぐ。

わかってる…キスをしようとしてること。それで、光は、戸惑いながらも受け入れようとしてくれてる。

俺は思い切って、一気に顔を近づけた。光は少し肩をすくめ、だけど顔をそらさなかった。
唇が触れそうな距離にまで近づいて、長いまつ毛に縁どられた瞼が瞬き、伏せられるのを見た。俺はゆっくりと、唇で光の唇に触れた。

柔らかい…しっとりとした感触が唇に触れる。花のような甘い香りがする…。

唇を離すと、光は真っ赤な顔で俺を見て、はにかんだ。俺もつられて照れ笑いをして、つい唇を舐めた。
キス…できた。なんだ今の。すげぇ柔らかかった…。そんで光は、もう信じられないくらい可愛くて…。

「びっくりした…。」

光は恥ずかしそうに呟いて、俯いて髪をいじる。その横顔がまた、俺の胸をくすぐって。

「…もう一回していい?」
「えっ、ちょ…、う…、」

戸惑って真っ赤になりながら、ぎこちなく俺を見上げる光のその赤い唇に、今度はしっかりと唇を重ねた。
光の唇の形が分かるくらいに…。少し唇を開けてその唇を食み、擦り付ける。

「…ん、」

そのこぼれた小さな声は、俺の欲望をかき乱した。もうどうにかなってしまいそうなのを、腹の底から衝動が沸騰して爆発しそうになるのを、俺は必死でこらえて唇を離した。

「……。」
「……。」

ちょっと今のは…暴走したかも…。
光は真っ赤な顔で俯いてしまった。焦るな俺。もっとゆっくり…少しずつじゃないと。

光に何か言おうとしたが、ちょうど人が通りかかり、俺は口を閉じた。だけど光がやっと顔を上げて俺を見てはにかんで、安堵した。

091

ALICE+