また、この季節がやってきた。
切なくさせる、僕の心。
君の笑顔が見たいんだ……。
「今日も一際暑いな」
部活の休憩中、木陰で座る僕に手塚が話し掛けてきた。
「真夏日に平気で長袖ジャージ着てるような人でも、今日は暑く感じるだね」
「……不二、お前は俺のことを何だと思ってるんだ」
軽い冗談を受け流しながら、僕の隣に腰を下ろす。
表情は変えない君だけど、真面目だからね。
内心はきっと、穏やかではないはずだ。
「もうすぐ三年だな……」
小さく呟く手塚の横顔を見つめると、表情が少しだけ懐かしさを帯びる。
懐かしがるのも分かる。
三年前の今頃、僕はまるで不幸のどん底に突き落とされたかのような気分だった。
愛しい人の突然の転校。
訳も伝えられないまま、姿を消した。
彼に一言……伝言を残して。
「“絶対に戻ってくるから待っていて”……か。その一言で既に三年も待っているんだからな」
「僕、そんなに浮気性に見える?」
「いや、一途に待っていられるお前が少し羨ましいだけだ」
手塚は時々、ストレートに気持ちをぶつけてくる。
それは信頼してくれてる証。
現にテニス部のレギュラー陣は、そのストレートさに何度も救われてる。
「前は一日が長くて長くて仕方なかったけどね。今は一日一日が待ち遠しくて、寧ろ短く感じるよ」
「インターハイはすぐそこだからな。その一日を……」
「疎かにするなって言いたいんでしょ?大丈夫だよ。公私混同してないから」
「分かっているならいいんだ」
背にしていた木の幹から体を起こすと、手塚は休憩の終わりを告げにコートへ向かった。
僕もコートへ向かおうと腰を上げた時。
微かに、でも確かに。
僕を呼ぶ女の子の声が聞こえた。
フェンスの向こうにいる、ギャラリーの女の子達……かな。
僕は何の疑問も持たず、振り返らずコートに足を進める。
「ばか周助!あたしが呼んでるだよ!振り向けッ!」
ギャラリーにいる女の子達が非難の声を上げる。
その非難の声の中で相変わらず「周助ばーか!」と名指しで僕を馬鹿呼ばわり。
でも、女の子で僕に馬鹿と言える人物は、ただ一人しかいない。
「通して!あたしは周助に用が……」
「雫……?」
ゆっくり振り返る。
自分ではすごくゆっくりに感じたけども、実際は早いのかもしれない。
振り向いた先、フェンスの向こう……一番前に彼女が、いた。
僕が一番愛しい……君が。
「不二ッ!」
僕を呼ぶ手塚の声で、今、部活中だったことを思い出す。
今すぐにでも雫のもとへ駆け寄りたい。
でも公私混同以っての外な手塚が、このまま見過ごしてくれるはずは……。
「明日、校庭五十周だ。今日はもう上がれ」
手塚のその優しさに、僕は言葉もなくて。
小さく頭だけ下げてコートを後にする。
回りの声なんてもう何も聞こえない。何も見えない。
見えて聞こえているのは、一番逢いたかった…君だけ。
「周助……ッ!」
「雫!」
コートを出た僕に駆け寄った雫を、思い切り抱きしめる。
今まで逢えなかった三年間を埋めるように……大事にでも強く。
確かにある雫の温もりに、僕は目頭が熱くなった。
「お帰り……。待ってたよ、ずっと」
「ただいま!ごめんね、遅くなっちゃって……」
目の前に、そしてこの腕の中に、確かに雫がいる。嘘じゃない。
三年前は短かった髪が長くなって、顔付きが大人になったけど。
他は何も変わってない、いつもの……僕の雫。
「本当、待ちくたびれたよ。連絡だってくれやしないし」
「うん……ごめんね。でもあたし、周助を信じてたから」
「手塚に伝言残していなくなるなんて、もう……。本当に僕の彼女かと思ったよ」
「周助……」
「でも、どうでもいい。こうやって僕の元に戻ってきてくれたんだから……」
更にきつく抱きしめた。
顔は見えない。雫だって僕の顔は見えやしない。
だけど……。
分かるんだ。今、どんな表情をしてるかなんて、多分お互い手にとるように分かってる。
きっと、涙を溜めて頬を赤らめてる。
「……やっぱり、ね。泣いてた」
「泣いてなんかないよ……。泣きそうなだけ」
「それを泣いてるって言うんだよ」
その表情を確認するかのように顔を近付けた。
近付けば、その唇に触れたくなるけど……今はお預け。
「ね、雫。笑って?」
「へ?」
「雫の笑顔、一番に見せて……」
僕が一番、求めてた君の笑顔。
はにかんで照れて戸惑っても、一秒後には見せてくれた僕の好きな君。
もう手放さない。
絶対に、この笑顔の君は僕のもの。
素直に口に出すよ。
君が好きだって……。
Smiley
(キス、したい)(え?こ、ここで?!)(ダメ……?)(不二、今から校庭走るか?)
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