年に一度の……星に願いを。
君と一緒に、この空を……。
「……今夜は曇り、か」
七月七日の七夕。
年に一度、夜空の恋人二人が巡り逢える大切な日。
残念ながら今年は、僕達にはその巡り逢いが見えないらしい。
夕方のニュース、天気予報のアナウンサーがそれを短く語っていた。
「あら、今年は曇り?周助、残念ね」
「姉さんお帰り」
「ただいま。にしても今年は天体観測できないわね」
毎日はただ、規則正く時を刻んで過ぎていってる。
いくら年に一度のことだとしても、気が付けばただの一日に変わりない。
だけど、やっぱり。……やっぱり僕は、そんなちょっとした特別な日を大事にしたいと思ってる。
天体観測も、その大事な一つだった。
「――そうだね。まぁ、仕方ないね」
「あら、誰かと天体観測でもするつもりだった?」
帰宅後、コーヒーを飲みながらニュースを見ていた僕のカップを持つ手が、一瞬動きを止める。
熱いコーヒーがいつも以上に口の中へと流しこまれ、軽くむせてしまった。
「図星のようね」
それ以上何も言えなかった僕に、姉さんはニヤニヤしたまま「部屋行くわ」とリビングを出ていった。
本当、からかうなら裕太だけにしておいて欲しいな。
――――二人きりの天体観測、君は楽しみにしててくれてた。
今夜のこんな天気、君はどんな気持ちになるだろう。
姉さんが部屋に向かった数分後、僕は傘と望遠鏡を持って家を出る。
雨が降らない限り決行だけど、本当に来てくれるだろうか。
……でも、僕が待ち合わせ場所に着いて十分後、君は手を振り僕の元へ来た。
「不二君!」
「雫。来てくれたんだ」
曇り空の待ち合わせ場所。赤い傘を持って、予想以上に不機嫌そうな君。
やっぱり……だよね。
雫とは僕が一方的な想いを寄せてるだけの片想い。
脈が全くない……とは思ってないけど、これといった決め手もない。
それは前に、好きな人がいるという話を人づてに聞いたからだ。
「あー……天気のばか。あたし、超楽しみにしてたのに」
「あ、楽しみにしててくれてたんだ」
「当たり前じゃない!じゃなきゃ来ないよ」
緩めのパーマをあてた髪を、人差し指で軽く弄ぶ。
そんな些細な言動ですら、僕の心は君でいっぱいになってしまう。
そう考えると、少し恥ずかしくなる。
「はぁ……。折角のお誘いだったのにな」
「晴れ間があるって言ってたし、諦めちゃダメだよ」
「うーん……。そう思いたいけど」
運動公園の広い草原。望遠鏡を設置している僕の横に、ちょこんと座る雫。
小さく溜息を吐いた後、何かに気付いたように立ち上がり僕の肩に手を置いた。
不意に心臓が高く鳴り出す。
「手伝うよ!何、すればいい?」
「ん?大丈夫だよ。もう終わるから。後は晴れ間を待つだけ」
「その晴れ間がいつくるか……」
再び僕の横に座る雫。あ、レジャーシートぐらい持ってくれば良かったかな。
僕もそのまま座って、暗くなりはじめた夜空を見上げる。
雲は大分薄くなってきている。これなら期待してもいいんじゃないかな?
「ねぇ、不二君。年に一度の逢瀬って、どんな気持ちだろうね」
「え?」
「織姫も彦星も、毎年この瞬間を待ち望んでいるんだよね。何だか切ないな。逢いたい時に逢えないのって……」
それは誰のこと?もしかして……雫自身?
考え過ぎかもしれないけど、雫の訴えがあまりにもリアルすぎて。
僕の知らない君の想い人に、酷く嫉妬をしてしまう。
「それって、どういう意味?」
「え?」
「誰かに逢えなくて、淋しいの?」
違う、ということを望んでいるのに、頭のどこかでは諦めてる自分がいる。
肯定されれば、きっと僕は……本当の気持ちを隠して、笑顔で頑張れって答えてしまうだろう。
「ううん、違うよ?」
「そうだよね。頑張っ……え?」
「な、何驚いてるの?あれ?あたし何か悪いこと言った?」
「いや……。違うの?」
「あたしは今、こうやって好きな人に逢えてるのに、空の二人は年に一度なんて……考えただけでも辛いなぁって」
あぁ、なんだ。そういう意味か。
――――……ん?
「雫」
「うん?」
「さっき“今、こうやって好きな人に逢えてる”って……言ったよね?」
雫の顔が一気に赤くなった。それは茹蛸と言ってもいいくらいに。
雫のこの反応に、僕は今まで以上の期待が込み上げてきている。
心臓は相も変わらず早鐘を打っているけど、頭の中は妙にハッキリとしていた。
「あ!ね!ホラ!晴れてきたよ!星、見なきゃ……」
「ごめん。正直そんな余裕ないよ」
「えッ!?」
「目の前の好きなコが、顔を真っ赤にして話をはぐらかそうとしてるなんて……。僕はこのチャンス、逃したくないから」
「ふ、不二君……」
雲が切れて、天の川が僕等を見下ろす。きっと織姫も彦星も、僕達と同じように手を取り合ってるはず。
君と一緒に迎えられた、年に一度の……恋人達からの贈り物。
この星に願いを托して、僕から君にこの言葉を送るよ……。
「好き、なんだ……君のこと」
Maid To Order……
(不二君……)(返事は雫からのキス、がいいな)
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