ShortStory

残ったモノは



とうとうこの日が来た。
もう何年も抱いてるこの気持ちに、漸く決着を付ける日。

決戦まで、あと何分もない。










「どーだった?不二先輩。渡せた?」
「だーめ!今年は一個も貰ってないんだって。もーどうしよう……このチョコ」


……一個も貰ってない、か。
相当ハードル高いな、今年は……。

二月十四日、運命のバレンタイン。今年は日曜日ってこともあってか、前々日にチョコを渡す人が多いらしい。
って、あたしもそうだけど。
夕べ、本を片手に練習を重ねて作ったトリュフ。
鞄に詰めて、手紙と一緒に学校に持ってきてる。

手紙は朝、不二先輩の靴箱にこっそり入れてきた。朝の七時には学校行って……。
一個も貰ってないって言ったけど、靴箱や机の中のチョコはどうしたんだろ?


「四時二十分……。行くか……」


朝、靴箱に入れた手紙には呼び出す内容しか書いてない。
来ないかもしれない。彼女に気を使って、彼女のために今日という日を費やすかもしれない。

来なければ……それで終わりだ。だけどあたしの恋は、不二先輩が来ても来なくても一つのケジメとして、前向きに一歩踏み出せる。

あたしは意を決して、教室を後にした。
向かう場所は、告白の定番地である裏庭を避けて正門近くの桜の木の下。
今日この日を、綺麗な思い出にするために……あたしの足は無意識に走り出していた――――……。










息を切らして待ち合わせ場所に行くと、既に人影が見えた。


「あ……不二、先輩!」
「やっぱり君だったね」


ちょっと……待ち合わせの時間より五分も早いよ!
告白する立場なのに、何相手を待たせてるんだ、あたしは……。

ん……?やっぱり、って……まさか。


「五年前の二月十四日。朝……だったよね?僕の靴箱に手紙とチョコ入れようとしていたの」
「お、覚えていたんですか……?」
「この手紙の差出人……。コレを見なければ、ここに来なかったよ」


あたしが朝、不二先輩の靴箱に入れた手紙……。
差出人にあたしの名前は書かなかった。
代わりに書いたのは―――……。


「“五年前の自分から抜け出したい者より”……これで思い出したんだ。あの日あの時、顔を真っ赤にして逃げちゃった君、をね」


は、恥ずかしさで穴があったら入りたい気分だ……。

確かにそう。トラウマの一部。
告白も兼ねて、手作りチョコと手紙を靴箱に忍ばそうとした時……見付かってしまったのだ。この人に……。


「あ、あの時は……本当に……すみませんでした。その、まさか不二先輩がいるとは思わず……」
「いいよ、君が謝ることじゃないし」
「ありがとうございます……」
「……五年前、君が僕に伝えようとしてたこと聞いていいかな?」


息を飲んで、一つ小さく吐き出す。
夕闇が迫り、冷たい風が絡み付く。遠くから聞こえる部活動の声は、この場のBGMのよう。
あたしは鞄の中から、赤い包装紙にベージュのリボンを付けたチョコを、不二先輩の前に差し出した。

緊張が一気にあたしの頭を侵してく。
胸の高鳴りが、BGMに負けないくらいの音を立ててる。


「受け取って頂けないと思いますが……。あ、あたし、五年前のあの日。これを渡したくて」
「チョコ?」
「はい。あと……あたしの気持ち。ずっと……ずっと前から、好き、です!」


周りの音が、一瞬静かになったように感じた。
ただ、あたしの心臓の音だけ響いて。

俯き、両手を前に差し出してるあたしは、反応がない不二先輩が気になり漸く顔を上げる。それはそれはゆっくりと。

そこには。
凄く優しい笑顔を浮かべた先輩がいた。
他人には絶対見せない……多分、彼女だけが知ってる表情。


「ありがとう」
「……あ、いえ……」
「五年前のあの日から、君が少しでも前に進めるように……このチョコは貰うね。だけど……君を傷付けてしまうのは、本当に申し訳ないんだけど……」


不二先輩の表情が雲って、少し淋しい顔をあたしに向ける。
あたしの両手からチョコを取ると、それを大切な宝物を持ってるかのように……胸元へ運んでいった。


「君の、僕へのその想い……。応えてあげられない。ごめん、ね」


覚悟してた。答えは分かっていたから。
でも……分かっていても……。
あたしの目からは、涙が溢れ出す。


「い、いえ……!ありがとう、ござい……ました……!」
「こちらこそ、ありがとう」


不二先輩は、泣きじゃくるあたしの頭を優しく……撫でてくれた。
そうして一言「君がいつか、素敵な人に出会えるの祈ってるよ」と残して、その場を後にする。

あたしに残ったモノ。
不二先輩の優しさと温もり。
恋の痛み。涙。纏わり付く冷たい風と夕闇に染まった空。

そして――――……。

前に進むための勇気。


流した涙の分、前に前に……進める。














残ったモノは
(次に進めるよね、あたし……)(でも、こんな恋は……あなただけ)
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