Square

#2【まさかの】



がらり、と少し重い引き戸を開けると、西日に照らされて明るい図書室が目に入る。
その眩しさで少しクラクラした。
図書室の中はガランとしてて、まったく人気がない。


「やっぱり来てくれたッスね」


いきなり声がして、体が強張った。
そして本棚の隙間から、手紙をくれた張本人が姿を現す。


「越前君……」
「先輩なら来ると思ってました」
「何でそんなこと分かるの?」
「だって先輩、優しいから。俺からだって分かれば、無下にはしないでしょ?」


高校に入ってからの越前君は、既にアマチュアで試合のために世界各国を飛び回ってる。
そんな忙しいハズの越前君が、わざわざ手紙を出してまであたしを呼んだのは……。


「ねぇ、もういい加減にして?」
「……何がッスか?」
「あたしには周助が全てなの。だから越前君の気持ちには応えられない」


挑戦的な目――…。
初めて越前君に出会った時、一瞬引き込まれた目だ。その瞳の輝きは、出会って三年経っても変わらない。

何も言わない越前君に、動けないあたし。
まるで金縛りにあったように。
その瞳から目をそらせない。


「……で?」
「な、何」
「不二先輩が全てなんでしょ?だから何?俺は雫先輩が全て。だから、ずっと好きって伝えるよ」


少しずつ歩み寄る越前君。
その動きに抵抗したくても、体が動かない。

夕日に照らされた顔が、やけに鮮明に映し出されて、瞼に焼き付く。
鼓動が速くなる。
体が熱くなる。


「ねぇ、何で行かないの?」
「……え?」
「行こうと思えば行けるじゃん?不二先輩の元に」
「そ、それは……」


返答に困ってると、越前君の手があたしの頬に伸びる。
ビクリ、と体が震えた。
その手が頬に優しく触れると、そのままその指で唇をなぞる。


「ねぇ、何で?」
「や……知らな……」
「ホント?」


指は止まることを知らず、どんどん下へ進んでいく。
首筋を撫でられると、思わず声が出そうになったけど何とか耐えた。

本当はこんな状況嫌だ。
動けない自分、魅入ってしまった自分に嫌気がさす。
そして何より……目の前に立ってるのが愛しい周助じゃなく、越前君ということ。

動けないまま、越前君のなすがまま。
首筋を這っていた指が顎に添えられて、顔を上げられた。
思いっきり、越前君と目があう。


「ちょ、何するの……ッ!」
「キス」
「はぁっ?!や、やめてってば!」


そこで漸く体が動いた。
越前君を軽く突き飛ばして、距離をおく。
すると、静寂な図書室にガラリと戸が開く音が響いた。

ふぅ、と軽い溜息を越前君が吐くのが聞こえ、振り向くとあたしの愛しいあの人が。


「……何、やってるのかな?越前」
「周助!」


制服姿の周助。
腕時計を見ると、五時を回ったところで、未だ外ではテニス部の掛け声が聞こえてくる。
部活を早めに切り上げてきたみたいだった。


「僕の雫に、一体何の用だったの?」
「……別に?俺の気持ちを雫先輩に話してただけっスよ」


周助は笑顔だったけど、明らかに怒ってるオーラを纏っていた。
それを感じとってか、越前君は少しニヤリと笑って、図書室のカウンターに向う。


「越前!」
「何スか?」
「君が昼間当番を代わってくれって言ったのは、このためだったのかい?」


昼間……といえば、周助が急遽当番になった委員会。
実はあたし達三人共図書委員。
あたしと周助はかれこれ三年目になる。


「……だったら何スか?別に俺の想いを伝えるの、ダメな訳じゃないし。そのために不二先輩と当番代わってもらうの、何か悪いんスか?」
「職権乱用って言うんだよ、そういうの」
「何のことっスかね。それに……」


ピリピリした雰囲気の中で、越前君がちらりとあたしを見た。
思わずドキッとして、顔が赤くなる。
すぐに我に返って、周助にバレないように顔をそらした。


「それに?」
「俺の想いは、まだ一方通行。またきっぱりと言われました」
「……当たり前だよ」


いつの間にか私の近くにいた周助が、優しくあたしの手を握る。
瞬間に伝わる周助の温もり。
ふと見るとその表情は穏やかで、いつもの周助だった。

あったかい……。
いつもの、安心するあたしの大好きな温もり。
最大限に優しい周助が、あたしは好きで。
こうやってあたしを探して来てくれたのが……本当に嬉しい。

だから、あたしが出来る最大限の笑顔で周助を見つめる。
すると空いている手のほうで、優しく頭を撫でてくれた。


「無理しないで。一人でどこか行かない。約束してくれる?」
「うん……。ごめんなさい」
「謝らなくていいよ。さぁ、帰ろう」


撫でていた手を今度はあたしの鞄を持ってくれて、繋いだほうの手を引いて図書室を出る。
出る瞬間にカウンターに居た越前君を見ると、笑って手を振ってくれた。


「またね、雫先輩」


そう言った越前君の笑顔は、何だか寂しそうだった。











閉じられた戸の向こう。

図書室にはあたし達だけじゃなかった。


「……いいの見ちゃった」


その子のことを知るのはまだ先の事。
何も知らないあたしは、ただただ幸せな日々が続けばいいって思ってた。


「……いい事、思い付いた」


くすっ、と笑った彼女の顔は、これからの“何か”を悟ったかのようにも見えた。




「ねぇ、越前君。ちょっといい話、あるんだけど……」



あたしは、何か言い表せない予感がした――……。

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