Square

#5【秘密】



そのまま引っ張られて、連れて行かれた場所は司書室。
図書委員のたまり場だった。


「ここなら誰も来ないでしょ」
「あ、なる……。ってか鍵は?」
「俺持ってる。今日、当番だから」


カチリ、と鍵が開いた音が響いて、静かな司書室に入る。
越前君は、奥の物置部屋に行ってゴソゴソと何か探していた。
どうしていいか分からずそのまま立ち尽くしていると、「何してんの?」と言いながら電気ヒーターを取り出して電源を入れてくれた。


「あ。ヒーター。うわぁ、暖かい……!」
「寒いでしょ?ホラ、着替えなよ」
「……え!め、目の前で?!」
「俺は構わないよ?」


ニヤリと笑う越前君。
じ、冗談じゃない!
周助が目の前ならまだしも(それでも恥ずかしいけど)越前君の前でなんて……ッ!


「……冗談スよ。俺、カウンターに行ってるから」


そのまま不適な笑みを浮かべて、図書室のカウンターに繋がる戸から司書室を出ていった。

よ、良かった……!何かされるかと思った……!
何かされたら周助に話すどころじゃなくなる。
というか、この状況自体……当たり前だけど周助はよく思わないし。
絶ッ対「何で越前と一緒に行くの?僕に最初に言わないで」とか言うだろうな……。

でも周助は優しいから。
あたしが謝ると、もういいよ。っていつも言ってくれるその優しさが好き。
今まで何度も喧嘩して泣いて別れたほうがいいかもしれないって思っていても、周助のとてつもなく甘い優しさがあたしを繋ぎ止めてくれてる。

あたしだけにしてくれる表情や仕草も。
テニスが上手いとこも。
ヤキモチ妬きなとこも。
実は結構頑固なとこも。
弱さを心許した人にしか見せないとこも。
本当は人一倍感受性が豊かなとこも。

あと……かなり意地悪なとこも。

全部ひっくるめて、不二周助という一人の男性が大好き。
本当にこの人を好きになって良かったと思える程……愛しい。


「ねぇ、そういえば何でびしょ濡れなの?」


濡れた体を拭いてジャージに着替えながら物思いに耽っていると、いきなり声が聞こえてきた。
かなり驚いて、声にならない叫びを上げてしまう。


「な、な!ど、何処にいるの!」
「ココっスよ。姿は見えないから安心して」


カウンターと司書室を繋ぐ、小さい戸がある。
そこから書類やら名簿やらをやり取りするために付けられたものだ。
戸、といっても動物が出入りするような物で、越前君がそこから手をヒラヒラとさせていた。


「で?何で濡れたの?」
「え?あー……校舎出て上から水をかけられた……」
「……イジメ?」
「違う違う!ワザとじゃないんだよ。かけたコも謝ってくれたし」


本当はこんな情報、越前君にとってはどうでもいいハズなんだろうけど。
思わず正直に答えてしまった。


「着替え終わったよ。有難う」


司書室からカウンターへ出て、越前君に声をかけた。
何か雑誌をパラパラめくっていた越前君は、雑誌を閉じてカウンター内にある本棚に戻す。


「じゃ、行こうか。早く戻らないと紬先輩や不二先輩が心配するよ」
「う、うん」
「……それとも何?心配かけたい?協力するけど」
「や、やめてよ!何考えてんのよ!」


冗談交じりに司書室を出る。
自分達の教室へ向かう分かれ道まで、黙々と廊下を歩いた。


「じゃ、またね。雫先輩」
「あ、うん。本当に有難うね」
「いいえ。どういたしまして」
「ねぇ、越前君」
「はい?」


背中を見せて、教室に帰ろうとした越前君を呼び止めた。
顔だけこちらに向け、体半分は進行方向を向いてる。


「あの、さ。周助にさ。言わないで欲しいんだ……このこと」
「何で?嫌がらせじゃないんでしょ?」
「こんな些細な事で心配かけたくないんだ。今、ちょっとピリピリしてるから。周助」
「……何?別れそうなの?」
「違う!そんなんじゃないし!」
「あっそ。分かったッスよ。言いません」


ヒラヒラと手を振りながら、顔を向き直して教室へ帰る越前君。

さ、最後の笑顔……。ちょっと気になるなぁ。
でも、嘘をつくようなコじゃないし。
周助には黙っておいてくれるハズ。

濡れた制服が入ってるビニールバッグを持ち直して、あたしも自分のクラスへ帰ろうとした。

その時だった。


(あ……。あそこにいるの、周助だ)


三階の廊下の窓から、中庭の渡り廊下にいる周助が見えた。
何だか今日はこういうのが多いなぁ……。

周助は、文化祭の準備で使う用具らしきものを持って歩いてる。
誰かに呼び止められたのか、歩いてた足がピタリと止まった。


(あ、あれは……!)


今日、一限目に見た……女の子。
そのコの手にも用具があり、かなり重いのだろう……フラフラと歩いて周助に近付く。
フラつく彼女を周助が支えて、代わりに荷物を持った。

その時の。
彼女の笑顔。
彼女の仕草。
周助に対する、全ての振る舞い。
一瞬にして、あたしの脳裏に焼き付いた。


周助……。
ねぇ、周助……。

この気持ち、どうしたらいい……?

とてつもなく醜い感情が、私を包み込んでいく…。

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