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#6【疑惑】



ただ、君を守りたいだけなんだ……。
なのに……。





あれだけ準備に忙しかった文化祭も、とうとう当日を迎えた。

僕のクラスは、定番だけど喫茶店。
男子は執事の格好、女子はメイドの格好をしていて、一口サイズのケーキと紅茶かコーヒーを出す……。
まぁ、若干そういった流行り(流行っているのかな?)の喫茶店だ。


「不二君!」


クラスの当番中だった僕に、同じく当番の松本が声をかけてきた。
松本とは小学生から同じ学校で、何回かクラスも同じになったこともあった。
今年の文化祭では準備の班が一緒だったりと、何かと行動を共にすることが多かった。


「どうしたの?松本」
「紅茶が切れそうなんだぁ。結構売れ行きが良くて……。で、もうすぐあたし達休憩だから買ってきて欲しいって」
「僕も一緒に?」
「んもー!女の子一人で買い出しに行かせる気なの?」
「……分かったよ。全く、松本には敵わないな」
「えへへ。じゃあ、後でねぇ!」


満面の笑みを見せる松本。
勝ち気な性格だけど、根は優しいコだ。
でも思った事をそのまま口に出すコだから、昔から何かしらトラブルが絶えないけど。


「不二ぃー!こーたい〜!」


執事姿の英二がやってきた。
何だかんだで英二とは中三の時から同じクラス。
中三の終わりに先生が「菊丸には不二だな」って会話を聞いたからなのか、今では完全に英二のお世話役みたいに見られてるけど。
英二と一緒にいると楽しいし、気を使わなくていいからね。
僕は親友と呼べる相手だと思ってる。
(まぁ、テニス部のレギュラー陣は皆親友みたいなものだけど)


「何?じっと見つめて。俺の顔に何かついてる?」
「ぷ……。いや。気にしないで。ホラ、ネクタイ曲がってるよ?」


英二の曲がったネクタイを直すと、照れたように有難うと一言言った。


「もー何だよ〜!意味深な笑顔だなぁ〜」
「別に?英二は変わらないなぁって。あ、そういえば」
「なに?」
「雫が心配したよ?紬さんの事」
「んあ?あー……しょうがないっか。親友だもんね」
「まぁ……一応、黙っておいたけど。大丈夫なの?間に合った?」
「バリバリ大丈夫!不二のおかげ。あんがとね、黙ってくれて」
「不二くーん!早く行こうよぉ〜!」


教室の出入口に、既に松本が制服に着替えて待っていた。
お客さんと軽くぶつかったのか、私服の男の人に頭を下げたのが見える。

もう少し英二と話していたかったけど、仕方ない。


「今行く。ちょっと待ってて」
「……不二ぃ〜。何か気に入られちゃってるねぇ〜」
「英二。その笑顔、不気味だから」
「松本かぁ〜。まぁ、雫ちゃんに妬かれないように気をつける事だねぇ」
「……随分、上から目線な言い方だね」


少し英二を見つめると青ざめた表情になり、口にチャックを閉める仕草をした。

だから飽きないんだよね。
英二の隣は。





――……制服に着替えて校舎を出ようとする時、着物姿の雫が見えた。
ちょうど特別棟へ渡る、渡り廊下を小走りしてる。

確か雫のクラスは、和風のスパゲティー屋とか言ってたかな。
衣装は着物って聞いてたけど……。
まさかミニスカート風の着物だったとはね。
道理で詳しく教えてくれない訳だ。

行き先は多分、図書室。
文化部の展示物があるから、委員二人がローテーションで受付に回ることになっている。

午前中のこの時間……。
当番は雫と、誰だったろう。

きちんと委員会の当番表見ておくんだったな、と思ったその時だった。
同じく渡り廊下を制服を着て歩く人物を見て、嫌な予感が過ぎった。


……越前だ。


「不二君、早く行こうよ」
「……松本」


そのまま図書室へ向かってしまおうとした時、松本がひょっこり顔を出した。
出した足が止まる。


「もーどうしたの……って、あー……相葉さん?」
「松本、雫の事知ってたの?」
「当たり前でしょ〜!不二君の彼女だもん。可愛いって有名だよ」
「そう、なんだ……」


会話が途切れ、もう一度特別棟を見た。
実はここから図書室、良く見えるんだ。
前の当番と交代するところが見えて、軽く手を振る雫と頭を小さく下げる越前。

カウンター内の椅子に座ると、越前が雫をからかってる。
ここから表情は見えないけど、雫が赤い顔になってるのなんて手に取るように分かる。
ますます……不安な気持ちが込み上げてきた。


「そういえば、相葉さん。風邪、ひかなかった?」
「え?」


嫌な考えで胸が潰されそうな時に、唐突過ぎる松本からの質問。
思わず眉間に皺が寄ってしまった。


「ほら、文化祭の準備中に水被っちゃったじゃない?風邪ひかなかったかなって」
「……どういう……」
「あ、でもぉ!越前君が何か匿ってくれてたみたいだし!見たんだ〜。司書室にびしょ濡れの相葉さんと越前君が入っていくとこ!」


松本の話に耳を疑った。

びしょ濡れ……?
司書室……?
越前と……二人、で……?


「それ、いつの事?」
「一週間位前だったかなぁ。うちらのクラスのコが水かけちゃったんだよね〜」


一週間前……。
雫の上履きに画鋲が入れられた日だ。
あの日、確か雫は帰る時ジャージだった。
準備中に汚した、と言っていて……。
何にも疑うことなく聞いていたけど。

何で。何で……僕に言ってくれなかったの?
隣には僕じゃなく、何で越前なの?

嫌な考えがぐるぐると回る。


「あ、あとぉ〜。相葉さん、また嫌がらせ受けてるんでしょー?聞いたよ〜!」
「……誰から聞いたの?」
「って言っても、噂だよ!ウ・ワ・サ!ほんの一部ね。確かぁ〜靴に画鋲とか制服のスカート切られたりとかって聞いたなぁ。あ、あとね。階段から突き飛ばされたとか!」
「……え?何、ソレ……」
「あと何だっけ?イタ電とか、靴箱に何か酷い事書かれた手紙入ってたとかだっけかなぁ?」


松本は、左の人差し指を頬に当てながら、首を傾げて話してくれた。

僕が知らない内に、この一週間で雫の身には、信じられない事が立て続けに起こっているようだった。
ジャージで帰るなんて、文化祭の準備中だから僕でもある事。
だからといって、それに気付けない自分にこの瞬間、嫌気がさした。

今、思えば。
二日前に足に包帯を巻いていたな……。
軽く捻ったって言っていた。
共に準備が忙しく一緒に帰れなかった日で、廊下で擦れ違い様に声をかけたんだ。

あの日あの時。
君は笑って「大丈夫」と答えた……。

全然、大丈夫じゃ、ない……。

他の嫌がらせだって、一言話してくれれば……君を守れたハズなのに。


「あ、れ?知らなかったの?」
「ん……?うん……」
「えー!そうなの?あたしだったら直ぐにいうけどなぁ〜。彼氏にはやっぱり知っていて欲しいし、相談したいしぃ!」
「そういうもの……?」
「そうだよー!だって言わない事で心配かけたくないし、信じてるからね!力になってくれるって!でも相葉さん、何で言ってくれなかったんだろうね……」


松本の声が、やけに澄んで聞こえた。
けど、頭の中には入っていかない。
疑問と不安と、越前が今隣にいるという嫉妬に駆られて、どうにかなってしまいそうだ。

そのまま僕は松本に腕を引かれ、校舎を後にした。
目線は図書室を向けたまま。
色々な想像が頭の中を巡る。

そして松本は最後に、僕にとっては嬉しくない情報まで教えてくれた。


「あ、そうそう!階段から突き飛ばされた時は越前君が一緒に居たらしくって、それで助かったらしいよ〜!だから軽く捻っただけで済んだって聞いたけどぉ」


また……。まただ。
また……雫の隣には越前が。


嫉妬の渦に引き込まれていくのが分かる。
本当、気が狂いそうだ……。

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