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#8【晴れた空】



こんなにも辛い日々は初めて。

何もかもが嫌……。





周助との喧嘩から、約一ヶ月。
未だあたし達の関係はそのままで、口を聞かない顔も合わさない日々だけが過ぎていってる。

季節は冬。十二月に入って、ますます寒さと寂しさが身に染みていた。


「何かゴメンね。私が変な事言わなければさ」
「何が?」
「ホラ、前にさ私と英二が喧嘩した時にさ……」
「あーアレ?関係ないもん。気にしないで」


十二月入って最初の休日。
あたしと紬は、気晴らしにショッピングでもしようと約束して、繁華街まで来てた。
今はオープンカフェで休憩中。
ここ一ヶ月の事を相談に乗ってもらうため、紬が予定を合わせてくれたんだ。


「英二がさ、話し聞いてあげてって言ってくれたんだ。私も心配だったし」
「そっか……。後で英二君にお礼言わなきゃね」
「あ、いーよ!そんな気使わなくても。多分あっちも相談に乗ってるんじゃない?」


ヒラヒラと右手を仰ぐ紬。
その薬指に、キラリと指輪が光った。


「あ、ソレ。文化祭の後夜祭で貰ったヤツだよね?」
「あ、うん……。ごめん。付けてきちゃって……」


話には聞いていた指輪。
あたしに気を使ってか、学校では一切付けてこなかったんだけど。
英二君との仲直りの話も聞きたかったし、見せてよ!って言って付けてきて貰ったんだ。


「謝らなくていいって!付けてきてって言ったのあたしなんだし。で、その指輪……」
「うん。コレ買うのにバイトしてたみたい。部屋にはね、何か指輪の広告やらお店の広告やら沢山集めて置いていたみたいで、バイトで家にいないし疲れてるし……」
「だからお家にあげてくれなかったのかぁ」
「うん……。すっごく頑張ったみたい。うちの学校の後夜祭の伝説、したかったんだって」


青学の高等部の文化祭には伝説というものがあって。
後夜祭の間に裏庭で愛を誓うと、一生一緒にいられ幸せになる…という在り来りなもの。
実はあたしと周助も一昨年やっていて、あの時はあまりにも嬉しくて涙が出たなぁ……。

あの時から変わらず優しくて、とびきり甘い周助……。
何で今、こんな風になってしまったんだろう……。


「良かったね!英二君、やっぱり紬を想っての事だったんだね」
「雫……ごめ」
「もう!あたしのことなんて気にしないで!紬が幸せそうで本当に良かった!」


無理なカラ笑い。
これじゃ心配して下さいって言ってるようなものだ。

分かってる。
そんなこと。

でも、どうやっても自分を押さえきることが出来ない。
何か違うことを考えないと、周助のことばかり考えてしまう。
そして、どんどん落ちていってしまう。


「……不二、はさ」
「うん?」


そんなあたしを見ながら、紬が切り出す。
これが本来の目的だからだけど……周助とあたしのことを一番理解して、時には厳しいことを言ってくれるのは……紬だけだから。

あたしが他のことを考えるようにしたって、何も進展しないし何も変わらない。
紬が真剣に相談に乗ってくれるのが、周助を見つめ直すきっかけになってくれてる。

すごく、有難い事だよね……。


「不二はさ、すっごいヤキモチ妬きじゃない?」
「うん……」
「越前君が前から雫に迫ってるの見てて、雫がちょっとでも曖昧な気持ちを見せるのが許せないって言うか……嫌なんだと思う」
「曖昧な気持ちなんて持ってないよ!あたしには周助だけ……」
「でも、不二には曖昧に見えたんじゃないの?喧嘩する前に結構越前君と一緒にいたりさ」
「だってそれは……」


言葉が出なかった。
確かにここ最近の越前君は、前にも増してしつこいくらい……側にいる。
どんなにあたしが断っても。


「不安、なんだと思うんだ。いつか雫が越前君のほうに行っちゃうんじゃないかって」
「それならあたしだって……!」
「でしょ?一緒にいれば不安は尽きないよ。でも……相手を信じてあげることで、その不安を和らぐことは出来るんじゃない?」


「全部は払拭出来ないだろうけどね」と、どこか悟ったように話す紬。
……みんな、一緒なのかなぁ……。
どこか不安を抱えながら一緒にいるのかな……。

でも。


「不安が尽きないなんて、辛いだけだよ……」
「だから!信じていれば、その不安より上回るんだってば。相手が好きで愛しければ、自然と生まれる感情だと思うけど。お互いにね」


真剣な表情な紬。
あたしだけが辛くて、耐えられない……そんな風に思ってたけど。
もしかしたら……。
周助も同じ思いをしてるのかな……。


ねぇ、周助……。
周助も、寂しいって思ってる……?
あたしは……すごく寂しいよ。


「信じる気持ちって、強いんだよ。……だからアンタ達だって離れずに側にいるんじゃないの?」


その言葉に昔を思い出した。

付き合い始めた頃。
度重なる嫌がらせや周助へ迫る人達に沈んでた時。
涙ぐむあたしに周助は、確かにこう言った。


『僕を信じて?僕は雫を絶対に離さないし離れないから。君を……守るよ』


あの時、あたしは……。
周助を信じて、どんな事があっても負けないって思ったんだ。
だから頑張れたんだ。

周助が……。
守ってくれたから。


「ちょ、何泣いてんのよ〜!」
「ごめ……。昔を思い出して……。有難う。もう、大丈夫だから」
「……不二だってアンタのこと信じてないワケじゃない。ただ、不安なだけなんだよ」
「うん。あたしがもっと信じてあげることで、周助の不安を和らいであげられる……よね」
「ま、言い方や接し方次第だけどね。今回は不二だって悪いワケだし!私は言い方が気に食わない」
「あはは!仲直りしたら周助に言っておくよ」


さっきまでの、暗い……落ちていく気持ちが急に晴れた。
本当にこんな気持ちになるの、久しぶりかもしれない。

晴れた寒空の張り詰めた空気とは別に、あたしの心には温かい風が吹いた。


周助も……。
この空を見てるといいな……。

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