夕方、紬と別れた後。
携帯にメールが届いた。
「越前君、だ……」
内容はまた1行。
“先輩の家の近くの公園で待ってる”
気が付けば、もう目の前にはその公園。
あたしが今すべき事は、周助を信じる事。
この曖昧な関係にきちんと結果を示さなきゃ。
でなきゃ……周助がどんどん不安に押し潰れちゃう。
あたしは公園に足を向けて、ゆっくり進んでいった。
前とは違う、確かな気持ちを持って。
その、瞬間だった。
「こっち。早かったッスね」
後ろから不意に声をかけられた。
振り向けば普段着の越前君。
実はその姿、見るの初めてかもしれない。
「……見てたんでしょ?」
「アレ?気付いてました?」
「タイミング良すぎ」
「たまたまっスよ」
そのままあたし達は公園の中まで進んで、一番近くにあったベンチに座る。
越前君は座らず飲み物を奢ってくれると言ってくれたんだけど、別にいいよと断った。
そしてベンチに越前君が座ったところで、あたしから切り出す。
「あの、ね。今まで本当に有難う」
「……何が?」
越前君はあたしが来る前に、既に買っていた飲み物の缶を上着のポケットから取り出してプルタブを起こす。
「あたしを助けてくれたこと。……有難うね」
「別に?俺がしたくてしたことだし」
手にしてる缶はコーヒー。
いつの間にかコーヒーを飲むくらい……越前君は大人びていたんだって改めて思った。
「そして、あたしを想ってくれたこと」
「……先輩?」
「本当に有難う。……でも。あたしはもう大丈夫。あたしは周助を愛してる。もう何にも変えられないの」
「雫先輩?いきなり何言って……」
「もう越前君を頼らない、から……。頼るべき人は周助なんだ。だから、貴方の気持ちには応えてあげられない。こうやって会うの……今日が最後、ね」
少し呆気にとられた顔をしたと思ったら、すぐにいつもの表情に戻った。
その表情に少し……心臓が早鐘を打つ。
越前君は飲み終えたコーヒーを、少し遠くのごみ箱に向けて投げた。
ガラン、と音を立てて缶はごみ箱に素直に入る。
「……何かスッキリした顔してると思ったら。そーゆーコト?」
「か、顔に出てた?」
「分かりやすいッスよね、先輩って」
「ど、どーせすぐ顔にでちゃう女です!」
「ま、そんなところが好きなんだけど。素直で。不二先輩だってそうだろうし」
ふぅ……と短く息をはく越前君が、何かを思いついたようにあたしの方に顔を向けた。
「そーいや、嫌がらせ」
「うん?」
「最近どーなの?まだ続いてる?」
「あー……。うん、耐えられる程度のだけど。SNSとかで悪口見たって紬から聞いたよ。あとは地味に手紙とかイタ電とかは相変わらず……」
「……そうッスか」
「でも、気にしない事にしたの。もう負けてられないからね!周助の事信じてるから、こんな事で泣いてられないし!」
何だか重い表情になった越前君が、ベンチから立って公園の出口に向う。
慌てたあたしも急いでベンチを後にすると、越前君は急に足を止めて振り向いた。
「俺は必要ない……。それでいいんだよね?」
「必要ないって言うか……。頼らないってことで……」
「フ……それ同じじゃん?」
「え?!同じじゃないよ!必要のない人間なんて、いないんだから!あたしが一番頼りにするのは、周助ってことで……」
「いや、そーゆー意味じゃ……。まぁ、いいや。分かりました。分かりましたよ。今度こそ諦めるよ。じゃーね、相葉先輩」
越前君は前を向いて、そのまま公園を後にした。
出会った時ぶりにあたしの苗字で私を呼んだ越前君。
少し……胸が痛んだ。
でも。
これでいいんだ。
だってあたしに一番必要なのは周助なんだから。
あたしには周助がいればいい。
あたしの隣には周助がいい。
周助を信じて、周助をずっと好きで愛してる。
それが……あたし、なんだ。
吹き付ける冬の風が、体に纏わり付く。
その寒さに、周助の温もりが恋しくなった。
好き……愛してる。
気持ちは確かに前向きだったのに、何だか言いようのない胸騒ぎが、あたしの心を離さなかった……。
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