もう何を信じていいか分からない。
でも彼女を傷付けた僕は、恐ろしく醜い。
「不二!今度の日曜、暇っしょ?」
それは十二月に入ってすぐのこと。
英二が僕の肩を軽く叩いて、週末の予定を聞いてきた。
「何で暇って分かるの?」
実は、雫と喧嘩したことを英二には話してない。
先月、付き合ってる彼女と仲直りした英二には、何だか話ずらかった。
「あのな!言われなくても不二が悩んでるのなんて分かるんだよ」
「別に悩みなんて……」
「だから!不二がそう言ってる時は悩んでる証拠!日曜のお昼に不二ん家行くよ!」
既に放課後を迎えてる教室で、英二は半ば強引に約束を取り付けた。(しかも僕の家だし)
確かに日曜は暇で。
部活もない受験生の身分だと、嫌なことばかり考えてしまう。
あの喧嘩から約一ヶ月。
僕達の仲は何も変わっていない。
すれ違うこともない。
声を聞くこともない。
携帯に着信もメールの受信もない。
こんなにも雫を感じる事がないなんて……。
本当はこんな日々、耐えられない。
日曜日、本当に英二はお昼にやってきた。
「あら、いらっしゃい!英二君、久しぶりね」
「お久しぶりです、おばさん!」
「本当に変わらないわね、英二君は。周助、お茶は後で持って行くから先にお部屋にお通ししなさい」
母さんと挨拶を済ませて、英二を僕の部屋に連れて行く。
ドアを開けた僕より先に部屋に入った英二は、机の椅子に腰掛けた。
何だか雫より慣れた感じだ。
「不二ん家来るの、本当に久しぶりだよね〜!いつぐらいぶりだろ」
「確か紬さんと付き合う前だったよね。あの時は、好きなんだけどどうしようって毎日のように家に来てた気がする」
「あり?そだったっけ?」
「そう。僕と雫を邪魔してるんじゃないかって思ったよ」
僕が笑うと英二もつられたように照れて笑った。
他愛もない話をしてると、ドアがノックされ母さんがお茶とケーキを持ってきてくれた。
「わーい!おばさんの手作り?」
「いや、姉さんの。英二が来るって言ったら、張り切って昨日作ってた」
「本当?嬉しいな〜!」
テーブルに運ばれたケーキを英二はフォークで一口大に切って口に運ぶ。
口に入れた瞬間、幸せそうな顔をして「美味しい〜!」と喜んでくれた。
「……以外と平気、そうだね」
「え?」
「雫ちゃんと喧嘩したんでしょ?それも盛大に」
「紬さんから聞いたんだね……」
伏し目がちに英二を見ると、英二は真剣な目をして僕を見据えてる。
一つ軽く息を吐くと、意を決したように話し始めた。
「何が原因?まぁ、二人の喧嘩は今に始まったことじゃないけどさ。話さなくなって一ヶ月っしょ?ココまで酷いの初めてじゃん」
「紬さんから聞いてるんじゃないの?」
「聞いてないよー。だって不二の口から直接聞かなきゃさ、不二の気持ちなんて分かんないし」
「英二……」
「紬は超怒ってたけどね。“不二、超酷い!何でそんなコト言うわけ?”って俺に開口一番」
思わずその情景が目に浮かぶ。
紬さんは喜怒哀楽がハッキリしてるからね。でも一つ一つ丁寧に接してくれるところが、紬さんの一番いいところだと思う。
「詳しくは聞いてないんだ。俺が止めたの。不二から聞くって言って」
「英二、紬さんの言う通りだよ。僕は雫を傷付けた……。僕の醜い嫉妬で」
「不二……。嫉妬は醜くないよ。当たり前の感情だよ」
あの時を思い出す。
切なくも、憤りだけで言動してた……あの時。
冷静に考えれば、もっと他の言い方だってあったはず。
まるで子供みたいだ。
自己嫌悪でさらに気が沈む。
「あのさ、もしかして……おチビが絡んでる?」
「ん?うん……実は越前がここ数ヶ月、やたら雫に近付いてきてて」
「そんなの昔からじゃん?」
「昔の比じゃないくらい。こっちはますます警戒しちゃうよ」
最近、試合にも出場していない越前からの告白から、もう数ヶ月。
その時から越前は何かが変わっていた。
どこか……自信が満ちているような一種の覚悟を感じる。
そしてそれを機に、僕の知らないところで僕の周りでは色んなことが起こってる。
「こんな辛い思いするの、正直嫌になってきたよ」
「不二……」
「僕は雫を愛してるだけなのに。何でなんだろうね……」
本当に何を信じたらいいんだ?
傷付けて泣かせてしまった雫。
愛してるはずなのに、今でさえ疑惑が付き纏う。
そしてこうやっている内にも越前が雫に近付いているのかと思うと、どうしようもない気持ちに追いやられる。
「どうしたらいいんだろうね」
溜息と一緒に俯く。
無気力。
今の僕を一言で言い表すとこの言葉がぴったりだ。
すると俯いた僕を見た英二が、身を乗り出して聞いてきた。
思わず顔が上がる。
「ねぇ、雫ちゃんさ。嫌がらせ受けてたんだよね?」
「うん……。僕には黙ってたけどね」
「それって誰から聞いたのさ」
「松本だよ。越前と一緒にいるところも松本が見てたらしいんだ」
「んで、雫ちゃんも不二と松本が一緒にいるとこ見ちゃったってヤツか」
上目使いで人差し指を顎に添えて、まるで探偵みたいに質問してくる英二。
その風貌が似合わなくて、心の中では笑ってしまった。
「あのさ、これは俺の考えね。不二がヤキモチ妬くのも雫ちゃんがヤキモチ妬くのも、当たり前の感情だと思うんだよね」
「……うん」
「特に不二はかなりヤキモチ妬きさんじゃん?雫ちゃんだって、不二と付き合っている以上それは分かってると思うんだ」
「……何か英二に言われると変な気分」
「なにぃ?!俺は不二のこと雫ちゃんの次に分かってるつもりだぞ!」
握りこぶしを振りかざして怒る英二に少し微笑むと、英二はその手をテーブルの上に静かに置いた。
「ねぇ、不二。雫ちゃんは絶対他の男なんて見てないよ。雫ちゃんの、自分を好んでくれる人を無下に出来ない性格……分かってるでしょ?」
「分かってるよ。だけど、あんな反応見せられたら……」
「でも不二だって同じじゃん?松本に迫られたって拒否しなかったんだからさ。それ見た雫ちゃんだって、不二と同じ気持ちになったんだよ?」
「僕は迫られてないよ。松本だって僕に彼女がいるのは知ってるんだし」
「はぁ〜……もーわかってないなぁ!ねぇ!不二はさ、雫ちゃんのコトちゃんと信じてる?」
「……ッ」
英二に信じてるかって聞かれて即答出来なかった。
今の僕は、何を信じてるか分からないから。
どうしたらいいかも分からない。
僕は……何をしたいんだろう……。
「あのさ、松本はここんところずっと不二の側にいるじゃん。不二にその気がなくても、雫ちゃんにとっては嫌なワケ。なのに不二からはおチビのコトも言われてさ。雫ちゃんもショック受けちゃうよ」
もう反論する言葉が思いつかなかった。確かに英二の言ってることは正しくて。
曖昧だった雫の態度だけ怒ってて、雫の気持ちは考えてなかった。
「そりゃね、相談しなかった雫ちゃんも悪いかもしんないけど。それは心配かけさせたくないっていう愛情からきてると思うんだよね!……だからさ、もっと信じてあげたら?」
「……不安だよ。信じることがどんなことか、今の僕には分からないんだから……」
そこで英二の携帯が鳴った。
ごめん、と英二が携帯を開けると、どうやら紬さんからでメールだったようだ。
「不二」
「……何?」
「紬から。実は今日、紬も雫ちゃんと話してるんだ」
「読んでみ?」と最近買ったばかりだという携帯を渡される。
内容は……雫のことだった。
“雫はもう大丈夫。不二を信じるって。もう迷わないって言ってた。そっちはどう?”
「……雫」
「不二!雫ちゃんは不二を信じるって!不二も信じてあげなきゃ!」
「だけど……。僕は雫を傷付けたんだ。それにまだ疑ってるんだよ?卑怯者、なんだよ……」
雫が立ち直って、僕はまだ燻ってる。
ここから脱したい。なのに何かが僕の心にブレーキをかける。
どうしたらいい?
どうしたら変われる?
どうしたら……前に進める?
「後は不二次第だよ!雫ちゃんは信じて待ってくれる。不二の気持ちに整理がつくまで……」
「そう、かな……」
「松本のこと、越前のこと……きちんと雫ちゃんの気持ちを考えながら、不二の答えを出せばいいと思うよ……」
今はまだ…。
僕の心は燻ったままだけど。
雫は立ち直れた。もう迷わないって。僕を信じてくれるって。
信じる心……。僕にもその答えが分かる時がくるよね……?
でも、君を守りたいというこの気持ち。
これは嘘でも揺らいだわけじゃない
だから。だからもう少し。
待ってて……?
お願いだから。
僕の心には一筋の光。
そして希望の風。
これから先、僕には何が待ち受けてるんだろう……。
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