Square

#11【きっかけ】



あなたに会いたい。
その勇気、あたしに下さい。





周助を信じる……そう決めた日から数日。


「本当に仲直りする気あるの?」


教室の窓際の席、紬がしかめっ面で溜息を吐いた。


「あるよ!あるんだけど……。ちょっときっかけが」
「もー……じれったいなぁ。でも、まぁ……不二はまだ燻ってるみたいだしね」


あたしが周助を信じるって決めたあの日、周助は英二君と話し合っていて。
あたしは紬からその内容を聞いていた。

周助があたしを信じられるか。それはやっぱりあたし次第だと思う。
だからこそ越前君にハッキリあたしの気持ちを伝えたワケだし。
あれから越前君は、あたしの側には来ない。すれ違っても挨拶する位。


「越前君には何もされてないんでしょ?」
「うん。おかげさまで」
「それで少しは不二も信じてくれればいいけどねぇ」


周助、あたし……待ってる。
その時が来るまで。

でも。
何だか胸騒ぎが収まらないんだよ。
また何か。何かがあたしを待ち受けてるような気がしてならないの……。


「相葉さーん!」


クラスの女の子が、戸の前から声をかけてきた。顔を上げると、続けて「他のクラスのコが呼んでるー」と叫ぶ。


「誰だろ?」
「私も行く」
「え?紬も来るの?」
「何か嫌な予感がするから」


険しい顔した紬と一緒にクラスの外に出ると、紬の顔がさらに険しくなる。
それはあたしが今、一番会いたくない人があたしを呼んだからだ。
ドクンと、変に心臓が跳ね上がる。


「あ。相葉さん?あたし、不二君と同じクラスの松本」
「し、知ってる。周助と小学校から一緒だって……」
「あ、そうなんだぁ!ヤダなぁ〜不二君ってば……」
「で、何の用なワケ?松本サン」
「紬!」


まるで睨みつけるように言い放った紬。
松本さんはその言い方が気に障ったようで、あたしを見ていた目を紬に向ける。

……呼ばれたのはあたしなんだけど、何だか蚊帳の外だ。
(そしてさらに言うなら、ちょっと怖い……)


「アナタには用はないわよ。あたしは相葉さんに用があるの」
「別に私がここにいちゃいけない理由なんてないでしょ?用件話しなさいよ」
「ちょ、紬!いいから!で、何?何の用なの?」


あたしに目線を合わせた松本さんは、制服のポケットから一枚の青い封筒を取り出した。


「はい、コレ」
「な、何……?」
「開けてみて」


言われた通りに封筒を開けると、一枚の厚手の紙が入っていた。
取り出して見てみると、そこには“Merry Christmas Party”の文字が見える。


「クリスマス、パーティー……?」
「うん。陸上部主催の、運動部合同パーティーなんだ。あたし含めて何人か幹事なんだけどね」


松本さんが言うには、毎年陸上部の引退した三年生が幹事で、クリスマスにパーティーを開くというもの。
周助からちらっと聞いたことあったけど……毎年クリスマスはいつも二人で過ごしてたから、周助は参加したことはなかったんだよね。


「毎年、不二君不参加なんだけど……今年は誘ってみるつもりなんだ」
「あたし、帰宅部だけど……。何で?」
「あなたが行くなら不二君も行くって言うでしょー?だからよぅ〜!それに……」
「それに……?」
「喧嘩、してるんだってね。不二君からは何も聞かないけど、噂になってるわよ?」


ウチのクラスでは気を使ってか誰も言ってこないけど。他のクラス……ましてや周助のクラスじゃあ噂になるのも頷ける。
それだけ周助の影響力が凄いってことだけど。


「だから、それをキッカケに仲直りしてみれば?」
「……え?」
「もーこっちのクラスでは他の学年のコ達も覗いてきたりして正直ウザイんだよねぇ。不二君も超迷惑してるし」
「そ、そうなんだ……」
「そ。だから早く仲直りしてよぉ!じゃ、宜しくぅー」


軽く手を振りながら踵を返した松本さんは、そのまま二つ前のクラスに帰って行った。

あまりにも突然すぎて、思考が止まる。手にはクリスマスパーティーの招待状。

これをきっかけに周助と仲直り……できる?
本当に……?


「なーんか怪しいわね……」
「紬……」


まだ険しい顔の紬が、手にあった招待状をあたしから奪う。
紬は眉間に皺寄せながら、招待状の内容を読み上げた。


「十二月二十三日、午後六時よりパーティー開始。場所は〜……喫茶店?貸し切りな訳?へーッ!」
「もしかしたら松本さん、結構良い人なのかも……」
「はぁ?何言ってんの?人が良すぎるにも程があるわよ、アンタ!」


招待状を私に戻すと両手を腰に当てた紬は、ここぞとばかりにまくし立てる。


「いい?アンタが不二の彼女って分かっていながら目の前で不必要に触ってきたり、英二が言ってたようにアンタの嫌がらせについて詳しく不二に話したのよ?何か企んでるに決まってるじゃない!」
「で、でも!そしたらこんな招待状渡しに来たりしないんじゃ……」
「嫌がらせの犯人だってまだ分かってないんだから、あの松本ってコの可能性だってあるんだよ?それを良い人かもーって。本ッ当!お人よし!」


紬の言ってることは一理あって。
でも、お人よしって言われても松本さんが本当に悪い人だとはあたしは思えなかった。
それに嫌がらせの犯人だって決まった訳じゃないし……。


「と、とにかく!周助に会ってみるよ!一緒に行こうって誘ってみる!」
「まぁ……それがきっかけになるのなら、そのほうがいいと思うけど。でもなぁ〜……」
「何?納得いかない?」
「もー!変に苛々するッ!だーもーッ!」


廊下で奇声を発する紬を宥めながら、放課後、周助の教室に向かうことを決めた。
メールでも良かったんだけど……どうせなら顔を見たい。
そう思うと、一気に緊張が増した。
会いたい……けど、怖い。

でもあたしは、その放課後が待ち遠しくてたまらないんだ……。










放課後。
HRの終わりの鐘と同時に教室を出る。
向かう先は、二つ前のクラス。

受験を控えてるあたし達は、そのまま学校を後にする人が多い。
あたしはエスカレーター式に乗っかって、既に推薦で合格を得ているけど。
勿論、外部受験をする人もいる中で放課後は貴重な時間。

周助だって忙しいはず。手間は煩わしたくない。


「あれ?雫ちゃん!」


教室に着いたと同時に、英二君に声をかけられる。
今から紬を迎えに行くみたいで、開け放たれた教室のドアを出るところだった。


「英二君。あ、あのさ……」
「あ、不二?いるよいるよー!ちょっち待っててー」


英二君が教室の中に戻る。
ちらり、と中を覗くと……英二君の先に周助が見えた。

ドキっと心臓が高鳴る。

英二君に言われ振り向いた周助と、一瞬にして目が合う。

ヤバイ。
心臓が、物凄い勢いで動き始めた。
近付く周助。
耳につく心臓の音。
思考が止まってしまいそう。


「……何?どうしたの?」


目の前には愛しの人。久々に聞く声色。
周助の表情が読み取れない位……自分が冷静を失ってる。
心臓の音はとっくに頂点を達してして、どう声を出していいのか分からない。


「……雫?」
「あ!あのね!あの……クリスマスパーティーのコト、聞いた?」


周助から名前で呼ばれて我に返った。
あたしには伝えなきゃいけないことがあるんだ。
顔が真っ赤だって、心臓が有り得ない位動いてたって……きちんと伝えなきゃいけない。


「あぁ、運動部合同の?松本から招待状貰ったよ。二十三日だったよね」
「うん!あたしも松本さんから招待状貰って……」
「松本が?」
「そう!それで、あの……。えっと、一緒に……」
「……一緒に、行く?」


それまで暗かった周助の顔が、少し笑顔になった。
それだけであたしの心の中が周助でいっぱいになる。
周助の笑顔、本当にずっと見てなかった。

どうしよう……。泣きそうだ。


「う、うん!行こう!周助と一緒に行きたい!」
「分かった。予定開けとくね」
「あ、あと……ね」
「うん?」
「その日、話し合いたいの。あたしの気持ち……伝えたいんだ」


一番言いたかったこと。
漸く口から言葉が綴られた。


「今、じゃなくて?」
「うん。今はダメ。周助がまだ答え見付けてないでしょ?それにあたしも今、上手く伝えられるか分からないから……」
「そっか。……じゃあ僕もその日までに答えを見付けておくよ。雫ばっかりいい顔させておけないしね」


周助の、今にも崩れてしまいそうな笑顔の向こう……一瞬、光が見えた。
周助は当たり前のようにあたしの頭を撫でた。
あたしには突然のことで、周助が触れたところが一気に熱を持って熱くなる。


「有難う、雫」
「う、ううん。あたしこそ有難う……」


振り返って教室に戻る周助。
あたしは涙を堪えるために、駆け出して学校を後にする。
溢れて止まらない……この、気持ち。

周助。
周助……。

あたし、やっぱりあなたが好き。
どうしようもなく、大好き。

些細な仕草や表情言動があたしを狂わせてく。

もう、何も考えられない。
ただ……あなたが好き。愛して、る。

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