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#12【対峙】



悪い予感は見事に的中。

まさかこんなにも。
あたしには逃げ場がないんだなんて……。





あれから何もないまま、クリスマスパーティー当日を迎えた。
冬休みに入るまで、特に目立った嫌がらせもなく、あの日から周助とは何も進展はナシ。
メールだって電話だって、時間を決めた時から一切ない。

でも。
あたしの心は異常なくらい穏やかで。
この日がくるのを、心待ちにしてた。


「この服でいいかな……」


そんなあたしは、朝から姿鏡と睨めっこしてて。
今まで心待ちにしてた分、物凄く……緊張をしながら支度中。

時間はまだ午後四時。
着る服が漸く決まったとこで、あたしは一旦部屋を出た。


「あら、もう行くの?」


一階のリビングで、エプロン姿のお母さんがニマニマしながら聞いてきた。


「まだ。周助が五時過ぎに迎えに来るから」
「あら、そうなの?楽しみだわ〜」


お母さんは周助が大好きだ。
最近家に来ない周助を心配して、あたしに問い詰めるくらい。事情を話すと「別れないでね!お母さん、周助君大好きなんだから!」と言われる始末。

すると、そんなお母さんから一枚の封筒を手渡された。


「何?」
「アンタへの手紙よ。さっきポストに入ってたの」


手紙……?
真っ白な封筒には、確かにあたしの名前だけが書いてある。
字は手書き。その癖から女の子のようだけど……。
裏返しても差出人の名前は書いてない。
切手も住所も書いてないってことは、誰かがあたしの家まで来てポストに入れてったってこと?

封を開けて見た中身はとてもシンプル。


“不二君のことで話があるので、クリスマスパーティー前に学校の図書室まで来て下さい”


正直、この手の呼び出しには嫌な記憶しかない。
行く義理は無かったけど、あたしは一つ……気がついてしまった。


(この字、見覚えがある……)


クリスマスパーティーの招待状。
確かそこに……この封筒の贈り主と同じ文字を見た。
急いで自分の部屋に戻って、用意したバックから招待状を確認する。


「……この、字……だ」


招待状のメッセージに、同じ字が並ぶ。


“不二君と仲直りできるといいね! 松本加奈”


「松本さん……」


あたしは携帯を開いてメールを周助に送る。

確信した。
きっとあの嫌がらせは松本さんのものだ。

きちんと決着を付けて、周助と会いたい。
松本さんの要求なんて、手に取るように分かる。
だから、あたしが周助の彼女だって分かってもらうためにも……この呼び出しに応えなきゃいけない。

周助に用事が出来たから後から行くとメールを送った数分後、返事が届いた。


“分かったよ。じゃあ向こうで。気をつけて来てね。”


たったこれだけの内容でも、凄く勇気付けられる。

大丈夫。
周助は……周助なりの答えを導き出してる。
あたしは信じてる。
何があっても……あなたを信じる。


「あら、行くの?周助君が迎えに来るんじゃないの?」
「ちょっと用事が出来たから、あたし行くね。周助とはあっちで会うから」


髪のセットもお化粧も程々に慌てて家を出る。
早くこの用事を終らせて、周助に会うために。
周助にあたしの気持ちを伝えるためにも。

あたしは、こんなことで立ち止まってる暇なんてないんだ。





星が瞬く真っ暗な道を、息を切らして学校に着いた。冬休みだけど、部活で学校に来てる生徒は結構いて。校舎も先生が残っているようで、教室や職員室では電気の光が零れていた。


「……五時、過ぎか。図書室だったよね?」


裏庭まで行くと、図書室横の司書室に電気が点いているのが見えた。
誰もいないはずの司書室。

様子を見ながら向かうと司書室の扉が開け放たれていて、いかにも入って下さいと言ってるみたいだった。


「し、失礼します……」


一応、断りを入れて中に入る。
中が暖かい。誰かがいる形跡もある。

ただ、気配は全然感じない。


「……松本さん?松本さんだよね、呼び出したの」


そう、声を出した瞬間。
司書室の扉が、勢いよく閉められた。

驚いて後ろを振り向くと、そこにはこれからパーティーに行く様子の松本さんが、腕を組んで立っていた。


「そぉーよ。あたしが呼び出したの。良く分かったわね、相葉さん」
「松本さん……」
「本当に来るとは思わなかったけど。まぁ、計画通りね」
「何……何のこと?周助のことで話があるんじゃ……」
「あるわよ?」


一歩一歩ゆっくり近付いてきた松本さんは、あたしの目の前まで来ると組んでた腕を大きく振り上げた。

次の瞬間、司書室にはパンッと乾いた音が鳴り響く。

あたしの左頬が少し熱を持っていて、叩かれたってことが理解できた。


「……ッ!!」
「あのさぁ。アンタ、ムカつくんだよね……。人が欲しいモノ、全部持っててさ」
「な、何が……」
「何しらばっくれてんのよ。可愛くて勉強もできてスポーツだってできるくせに、どこの部活にも入ってなくて」
「別にそんなことないよ。普通だよ……」
「はっ!どこが?アンタ部活の勧誘断りまくってたじゃない。何様なわけ?しかもあたしがずっと好きだった人まで奪ってさ」
「やっぱり周助のこと……」


松本さんの瞳には、憎しみがこめられているよう。

でもあたしは…松本さんが思ってる程万能じゃない。
いくつかの部活から勧誘はあったけど、それは部員獲得のためのただの声かけで。
成績だって別に上位にいるわけじゃない。

そこまで思い込む程、周助のことが好きだったんだ……。
周助だけを見てきたんだ。

気持ちは分かる。
分かる……けど。


「小学生の時から片想いだった。少しずつ仲良くなってさ。それをアンタが……!」
「気持ちは分かるよ……。痛い程。だけど周助はあたしを選んでくれた。あたしを好きって言って……」
「抱いてくれるって?笑わせないでよ!それにその同情してますって目、やめてくれない?偽善者ぶる人、大嫌いなの!」


さっきあたしを叩いた手を、思い切り机にたたき付ける。
バァンと大きな音と激しい揺れ。
その揺れの拍子に、机の上にあった書類や本が音を立てて落ちた。


「本ッ当、何で不二君がアンタみたいな人選んだのか分からない。以外にタフだし。あんな嫌がらせ受けて、涙一つ見せないなんて」
「……やっぱり、あなたが……」
「あぁ、気付いた?アレ、ぜーんぶあたし。水かけたのだってアンタが下にいたの見計らってクラスのコに声かけたんだもの」


口の端を少し吊り上げて笑う彼女。
本当だったら怒りの一つでも沸き上がってきそうなのに、どこか冷静でいられた。

きっと……周助を信じる心が、そうさせてたんだと思う。

表情を変えないあたしに少し苛立った松本さんは、さっきまで笑っていた顔を引き攣らせて溜息を一つ吐いた。


「ねぇ?アンタ、もう不二君とエッチした?」
「……はぁ?!な、何を……!」
「ふーん、したんだぁ。じゃあいいわよね。一人も二人も変わんないし」
「ちょ、何言ってるの?!」
「そんなアンタを抱きたいって言う人がいるんだよねぇ〜。可笑しくなっちゃう」
「……え?」
「だからその人のその想いを今日叶えてあげようと思って、呼んであるんだ」


再び、司書室の扉が開く。
一瞬……目を疑った。

まさかそんな。

今まで静かだった心臓の動きが、急に激しくなりだした。
嫌な……汗。
嫌な……予感。


「久しぶりっスね、雫先輩」


もう二度とあなたのその口からは聞かれることないと思ってた…あたしの名前。


「え、越前君……!」
「そう、アンタへ想いを寄せる、可愛い後輩の越前君。今日……アンタにこの想いをぶつけたいんだって」
「……ッ!まさか、今までの……!」
「そう、そのまさかよ。越前君はあたしと手を組んでたってワケ。お陰で不二君、心配しちゃってぇ……。可哀相だったわよ?あたしいっぱい慰めたんだから」


このままじゃヤバい……。
背筋が凍りつくような感覚……。

あたしは逃げようと、クスクスと笑う松本さんの隙をついて駆け出す。
だけど、あたしの願いも虚しく…松本さんがかけた足に引っかかり、その場に倒れ込んでしまった。
そこに越前君が覆いかぶさって、ますます逃げ道がなくなる。


「……やっ!どいて……ッ!」
「逃げようたって無駄。そして内側に鍵がないココの鍵はあたしが持ってる。……言いたいことは分かるわよね?」
「閉じ込める……つもり!?」
「あ、た、り!不二君には宜しく伝えておくわ。じゃーねぇ、相葉さん。これで不二君はあたしのモノ。楽しかったわ」
「や、やだ!離して……ッ!――――……周助ぇ……ッ!!!」


静かに閉められた扉。
鳴り響く鍵のかける音。
これから何がおこるのか、不安で高鳴る心臓。

こうしてあたしは、また……越前君と二人きりになった……。

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