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#14【嘘】



それはただのきっかけだったのかもしれない。

本当の愛の……真実に、気付かされた気がするよ。





午後六時半。
スーツのポケットから僕の携帯が震えて、メールが来たことを知らせる。


「……へぇ」


差出人と内容に、思わず声が出てしまった。
目の前にあるバイキングの料理から僕のほうを見遣る人が何人かいる。

それもそうだ。

僕は今一人でこのクリスマスパーティーの会場に来てて、パーティーが始まったにも関わらず一人でいるから。

今日、本当なら二人でここに来るはずだった。
彼女である雫と二人で。
用事ができたから遅れる、と連絡を貰い僕はそれを了承した。

雫から話があると言われたのが数週間前。
あれから僕は僕なりの答を導き出した。

……出せてればいいんだけど、雫が納得しないかもしれない。
けど、僕ももう迷わない。
あの日、真っ直ぐに見つめる雫の瞳。
迷いなんてなくて、澄み切っていて。
だからこそ今日の話し合いにも応じたし、まだ迷っていた僕の心を進ませてくれたから。

早く……会いたい。
早く……その時が来ればいいのに。

まだ見ぬ雫の姿を想像して、僕はもう一度携帯を見る。
時間はもうすぐ七時。


「そろそろ……かな」


そう呟けば、後ろから誰かに肩を叩かれた。
叩かれた位置から察すれば、相手は僕より背が低い人になる。

この場合、雫じゃなければ……もう一人。


「ふーじー君!来てくれたんだね!ありがとぉ〜!」
「なんだ、松本か……」
「なんだはないでしょー!」


薄いピンクのドレスを身に纏って、髪型もアップにしてる松本。
パーティーのせいか、いつもと違う雰囲気で思わずその姿を見つめてしまう。


「なぁに〜?可愛いからって見ないでよッ!」
「あぁ、ごめん。いつもと違うから、つい……ね」
「やだー!もう、照れちゃうな……あたし」


頬が若干赤くなり、顔を逸らす松本。
だけど直ぐに僕の方へ向き直ると「料理食べよ!」と僕の手を取りバイキングへ向かう。
どんなに優しく払っても傷付けてしまうかもしれないけど……僕は松本から自分の手をするりと抜いた。
すると案の定、振り向いた松本は不安げな表情で僕を見上げる。


「あ、ごめん。迷惑……だった?」
「いや、こっちこそごめん。でも、僕はまだいいよ。料理」
「え?何で……?」
「まだ、雫が来てないから。待ってたいんだ……」


艶やかなベージュのルージュがのせられた松本の唇が、少しの間を待って固く結ばれる。
伏し目がちになったかと思ったらそのまま俯いて、まるで僕の次の言葉を待ってるようだ。

それはまるで、叱られた子犬のようで。

思わず僕は、松本の肩に手を置いた。
僕にはこれが限度。これ以上、優しくはできないから。


「そっか、そうだよね!普通は彼女と一緒だもんね!って……相葉さん、まだ来てないの?」


顔を上げて笑顔を見てた松本は、キョロキョロと回りを見渡した。
すると何かに気付いたように、手にしていたバックから携帯を取り出した。
音楽が鳴っていて、携帯の画面を開く。
松本は少し慌てながら「もしもし?どちら様ですか?」と申し訳なさそうに電話に出た。
どうやら着信のようだ。


「……え?来れないって?どうゆうこと?」


友人かな?と少し首を傾げると、松本は相変わらず慌てていて。
このパーティーに来られない理由を一生懸命聞き出そうとしている。

僕はいないほうが良さそうだな…。

そう思って松本を背にしたところで、知らないほうが良かった事実を耳にしてしまう。


「え、越前君と一緒?な、何で……。ちょ、不二君待ってるよ?今、何処にいるの?」


………電話の相手は。

もしかして……。


「松本。もしかして今の電話……」
「あ、不二君!待って、代わるか……あ!ダメ切っちゃッ……!」
「……雫!」


急いで松本の携帯を耳に当てる。
だけど電話は既に切れたらしく、画面は待受に変わっていた。
着信履歴から雫の携帯番号を選択してかけ直す。どうやら松本は、番号登録はしてないようだ。
電源を切られたらしく、呼出し音の代わりに『おかけになった電話は――……』と音声が流れてきた。


「ふ、不二君……。きっと何かの間違いだよ!」
「……何て、?」
「え?」
「電話で雫、何て言ってたの?」
「それは……」


松本は迷った顔をして、俯き一つ溜息をした。

願わずにはいられない。
どうか……。
どうか違うと言って。
こんなこと……間違ってるって。

だけど松本の口からは発せられた言葉は、僕の一縷の望みすら叶わないもので。
一瞬、時間が止まったかのように感じた。


「越前君と話があるからって学校に行ったみたいで。そしたら、その……。越前君に……お、襲われたとかって、言ってた……」
「……え?」
「それも落ち込んだような声じゃなくて、何か……喜んでるような弾んだ声、でね。こんなこと言いたくないけど。相葉さん、越前君のこと本当は好き、になっちゃったんじゃ……」


危惧した通りの……松本からの言葉。

信じられない。信じたくない。
何を考えていいのか分からなくて、僕は言葉を綴ることさえ忘れて。

そのまま、その場に立ち尽くしてしまう。


「ふ、不二君が可哀相過ぎるよ……ッ!どれだけ不二君が相葉さんのこと考えてきてたか!……酷い、酷すぎるよッ!」
「……松本」
「あ、あたし!学校行ってくる!きちんと確認してくる!不二君をこんな気持ちにさせたこと……許せないもんッ!」


その場を走り出した松本は、会場である喫茶店に預けたコートを羽織って外に飛び出した。

僕も同じように走り出す。
僕だって……きちんとこの目で確認したい。
今までのこと。
これからのこと。
君が本当に……嘘、をついてないかどうか。

この目で、心で確認するんだ。ハッキリとさせるために。
僕はもう迷わない、そう決めたから……。

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