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#15【ありがとう】



僕が学校に着いた時には、既に松本は校門の前に立って待っていた。
ヒールを履いていたにも関わらず、陸上部だっただけに足が速い。


「速いね……。先に中入ってるかと思った」
「勢いで来たのはいいんだけど……。何かちょっと怖くて」


松本が言うのも仕方ない。
未だ職員室は電気が点いてるものの、夜を迎えた校舎は真っ暗で不気味すぎる。
少し震えてる松本の肩に手を乗せると、僕を見上げるその顔が上下に動いた。

僕が先に学校の敷地に足を進める。静まり返る学校は、普段見せない姿。
松本は怖いのか、僕のコートの裾を掴み後をついて来る。


「あ……不二君、あそこ……!」


裏庭に入ったところで松本が後ろから声を上げた。
松本の指をさす先に、特別棟の一階、司書室から光がこぼれている。
明らかに誰かがいる証拠だ。


「絶対あそこだ……!」
「あ……松本!」


さっきまで恐々としていた松本が、司書室に向かって走り出した。
あまりの変わりぶりに僕もついて行くしかなく、松本の後を追って走り出す。


「松本!」


名前を叫べは、既に司書室前に到着していた松本が、僕の方へ振り向いた。
手はドアにかけられていて開けようとしているようだけど、ドアに鍵が掛かってるようで開かないらしい。

僕が静かに近付こうとした時、足に何かが当たった。
カシャン、と音をたてたそれは鍵のようで、見れば司書室の鍵。

松本に渡して鍵を開ける。
ゆっくりと扉が開かれると……。


「し、周助……ッ!」


そこには――……。


「……相葉さん、あなたって人は!何、喜んで……ッ!酷いよ、酷すぎるよッ!」


淡い水色のドレスが引き裂かれて、手で必死に隠そうとしてる雫と、雫の肩に手を置き余裕の表情の越前がいた。


「不二君がどれだけ心配してたと思ってるの……?信じられない!酷いッ!あんな電話してくるなんて……!不二君裏切って何が楽しいの?!」


シン……と静まり返る司書室。
はぁ、と越前が一つ溜息を漏らした。


「……不二先輩裏切ったって。どーするンスか?」
「裏切ったって……そんなこと。あたししてな……」
「裏切ったわよッ!その格好がいい証拠じゃない!どれだけ不二君、あなたのこと考えてたと思うの?!」


興奮気味の松本の肩に軽く手を置くと、目に涙を浮かべて僕を見遣る。
僕は笑顔で溜息をついて、そのまま歩みを進めた。

雫と越前の元へ。


「ふ、不二、君?何やって……」
「残酷、だね。松本は……」
「…………な、なにが……?」


安堵した表情の雫の元に着き、越前にジャケットを渡して僕のコートを羽織らせ立たせる。
立った瞬間よろける雫を支えると、同じように手を出した越前に僕は視線を向けた。


「はいはい。手、出しませんよ」
「分かればいいんだよ」
「ちょ、周助。大丈夫だから……」
「ちょっと不二君!そのコは酷い人なんだよ?何、優しく……」
「酷いのはアンタのほうじゃない?……松本先輩」


越前に図星ともとれる発言の後、松本の勢いは完全に失速したようだった。
それでも食い下がらない松本は、越前を見つめ涙を拭う。


「な、何言ってるの?大体あなたとあたし、会うの初めてじゃ……」
「へぇ、そういうこと言うんスか。手を組もうって言ったのアンタじゃん」
「ちょ、変なこと言わないでよ!不二君!そんなこと言う人なんか信じちゃ……」
「もういいよ、松本」


僕は雫から離れ、ゆっくりと松本の元へ進む。
近付くにつれて、松本の顔色が悪いことに気が付いた。

君が僕にしたこと。
君が雫にしたこと。

僕が……今、この場で気付いていないと思ってた?


「ねぇ、松本。下手な芝居はやめよう」
「な、なんの……」
「全部、知ってるよ?唯一分からないは動機だけ。僕に想いを寄せてるってこと以外のね」


完全に動きが止まる松本。
ぴくりともしない松本に、僕は耳元で囁いた。


「……越前から全部、聞いたんだ。君の考え、君がしたことを」


越前から聞いたのは、雫とクリスマスパーティに行こうと約束した日。
僕は越前に呼び出され、事の顛末を全て聞いた。

松本と結託したこと。
雫に嫌がらせした張本人は松本だったこと。
僕に近付いて、雫と喧嘩をさせ別れさせようとしたこと。
そして、今日のクリスマスパーティーのこと。


「それ、本当……?」
「今更嘘なんか言いませんよ。不二先輩がよっぽど好きなんスね、松本先輩」
「それにしても手が込み過ぎてるよ……」
「俺は知りませんけどね。そこまでやる理由」
「でも……何で教えてくれたんだい?越前にとっては不利だろ?」
「……雫先輩に迷いが消えたから。俺が隣にいるべきじゃない。隣にいて雫先輩を守るのは不二先輩しかいないって……気付かされたから」
「……越前」


……越前に背中を押されたようなもので。
霞んで見えなかった未来が、急に晴れ渡って光がさした。
その光の先には、雫がいて。
こんなにも雫が愛しくて抱きしめたい衝動にかられたのは……久々だった。


「ねぇ、不二先輩。このまま真実を教えるのも悪くないけど……」


越前からの提案。
そして、今に至る。
雫に心配をかけてしまったのが心苦しいけど、松本が今までしてきたことが間違ってると気付いてもらうには、これしかないと思ったんだ。




「…………はっ。何、それ。あたし、馬鹿みたいじゃない」


あはは、と軽く笑った松本は、その場に座り込んでしまった。
肩が小刻みに震えてる。
俯き表情は分からないけど……多分泣いてるんだと思う。


「本ッ当、馬鹿みたい。結局不二君は、相葉さんしか見てないじゃん……。ただの噛ませ犬じゃない!」
「……松本さん」


いつの間にか松本に近付き、僕の隣に立った雫が、その震えてる肩に触れようとした。
お人よしの雫のことだ。どんなに嫌なことをされても、心配になるんだよね。


「あたし……あなたがしたことは多分ずっと許せない。それだけのことをされたと思ってるし」
「…………許してもらおうと思ってないし、謝る気、ないから」


俯いたまま、雫の言葉に反応する松本。
泣いていても、やっぱり勝ち気な性格はそのままだ。


「あなたが今、傷付いたようにあたしも傷付いてきた。でも……。あなたのお陰で、周助が好きで大切で離れたくない人なんだって……改めて気付いたの」


俯いていた松本の顔が上がる。
でもその表情は思ったより険しくて。
泣きじゃくった瞳は、真っ直ぐに雫を見つめる。


「謝らなくていい。ずっと覚えてて。あなたのやったこと。それがあなたに課せられた罪。だけど――……ありがとう」


改めて……雫の心の大きさを見た。
僕には真似できない、僕が一番尊敬するところだ。

あまりにもお人よし過ぎて、たまに呆れてしまうけど……。
それを含めて僕は、雫を好きになったんだ。

今回のこと、僕だって許せない。
だけど……雫が言うように、ここに確かにあった真実に。

君のお陰で僕も気付けた。
信じる気持ち。
愛しい気持ち。
絶対に離さない。
大切だと気付いた。


僕も君に贈る言葉は。

やっぱり……。
――――……ありがとう。

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