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#16【想い】



あたしはもう、あなたしか見てない。

あなたを好き。
あなたを信じてる。

だから、もう一度……。





「ねぇ、雫。話し……しようか」


それは学校を後にした後だった。

あれから松本さんを家まで送って、越前君とも別れて。二人であたしの家まで向かう途中、ぽつりと周助が呟いた。

あたしも考えてたこと。
本当なら今日、きちんと話し合ってパーティーに出席するところだった。
それがこんなことになって、話すタイミングを逃しまくってて。
気が付けば、もう日付変更線を過ぎようとしている。


「……うん。あたしもちゃんと話し合いたかったし。あ、どこがいいかな?場所」
「雫がそんな格好だからね。いいよ、雫の家で」
「お母さんとお父さん、いると思うけど……いい?」
「いいけど……。いると何か困ることでもあった?」


笑みを含んだ言い方をされて、思わず顔が熱くなる。
でもこうやって周助にからかわれるのが久々過ぎて、あたしも周助に笑顔を向けた。


「あれ?嬉しそうだね。顔赤いけど」
「ふふ、うん。嬉しいよ?」


素直に嬉しいって感じる。
またこんな日が来るの、願っていたから。
嬉しすぎて、足が地につかない。フワフワ浮いてるみたい。

そんな気持ちの中、気が付けば真っ暗な家の前に辿り着いていた。
玄関を引くと鍵がかかっていて、ポストに入ってたスペアの鍵で開けて真っ暗な家に入る。


「もう寝ちゃったのかな……?」


電気を点けてリビングまで行くと、テーブルに何か置き手紙。


「……仲良いね、雫のお父さんとお母さん」
「お父さんのサプライズクリスマスデートで今日帰らないって……。何か恥ずかしい……」
「いいことじゃない?」
「そうだけど……」


何だか顔が上げられなかったら、「着替えておいで?」と周助に優しく促された。
何故かうちのキッチンに詳しい周助が、お茶とお菓子の準備をしてくれてる間に、あたしは着替えで自分の部屋に戻る。

とりあえず、目の前にあった部屋着に着替えた。モコモコのふわふわで一番のお気に入り。

しかし……ドレス無駄になっちゃったな。

脱いだドレスを手に、ふと一人になって思う。
周助は前と変わらず優しい。
今までのあの出来事が無かったみたいに、何もない。

このままでいて欲しい。けど……このままじゃ前に進めない。

あたしは今回のことで強くなれた、と思ってる。
だからきちんと。今までの曖昧な自分とサヨナラするためにも、周助に話さなきゃいけないんだ。


「雫、入るよ?」


部屋のドアがノックのされた後、周助の声がして散らかった雑誌や服を慌てて片付けた。


「ま、待って!ちょっと片付けるから……」


ドアの向こうで絶対笑ってる周助を想像して、少し顔が熱くなる。

だって呼びに行くまで来るとは思わなかったし……。
くそぅ……片付けてから家出れば良かった。


「お待たせ。ごめんね、散らかってて」
「大丈夫だよ。お茶、テーブルでいい?」
「あ、うん!有難う」


ドアを開けて部屋に案内された周助は、どこか慣れない感じでお茶をテーブルの上に静かに置く。

そういえば、周助がこの部屋に来るの……かなり久しぶりだ。
何ヶ月ぐらいぶりだろう?お母さんが「会いたいわぁ〜」って言うくらいなんだから、相当前のこと。

そんな周助は、部屋を少し見渡してベッドに寄り掛かり床に座る。
それを確認してから、あたしもテーブルを挟んで周助の前に座った。

……一気に緊張が襲う。
今の今まで、全然意識して無かったせいか……その緊張が海の波のように押し寄せてくる。

な、何か話さなきゃ……。


「変わらないね」
「んッ……へ、あ。何が?」


緊張MAXにきてた時に周助から話し掛けられて、変な声で返事をしてしまった。


「ぷ……何、その声。どうかした?」
「いや!あの!緊張して……。あ、お茶!お茶頂きます!」


周助が入れてくれたお茶は、あたしが前に買った紅茶の葉で。
あたしが入れても大して美味しいと思わないのに、周助が入れるとこんなにも美味しくなるものなのか……。


「美味しい……。優しい味がする」
「良かった。一息ついた?」
「うん。もう、大丈夫だと思う」
「それじゃあ、話し、なんだけど……」
「あ、うん!えっと……あたしから、でいいかな?」


ティーカップを手に上目遣いで周助を見ると、ちょっと驚いた顔をしてて。
あたしから話そうとしたことが意外だったのかもしれない。


「勿論。いいよ、何?」


一呼吸置いて、周助の目を見る。
柔らかい、優しい目をしてあたしを見つめる周助。

大丈夫。
今なら、ちゃんと伝えられる。


「あの、ね。あたし……今回自分で勝手に思ってたことが分かったの」
「……勝手、に?」
「うん。あたしは周助だけ見つめてる、あたしは周助だけだって。勿論、それは当たり前のことだったんだけど……。ちょっと甘かったって言うか、考えが浅はかだったかなって」
「うん……」
「越前君のことが、どれだけ周助に負担を与えてたか……。分かろうってしなかったんだよね。あたしには周助だけだって考えてだけで、越前君に対しても周助に対しても……曖昧な態度だったんだなって。結果、周助苦しめてた」


入れて貰ったお茶を一口すする。
周助は何も言わない。
頷いてくれるだけで。


「それに気付いた時……。あたし、こんなに弱かったんだなって思った。今までどんなに辛いことがあっても耐えてきたのは、自分が強いからだって思ったりしてたんだけど……。違うんだよね」
「…違う?」
「うん。一番は周助がいてくれたから、なんだよね。勝手に自分の力だって勘違いしてた。周助を信じていたからこそ、乗り切ることが出来てたんだよ。なのに……あたし、周助に酷いことした」
「……そんなこと、ないよ。僕のほうこそ、雫に酷いこと言ってきたし……傷付けてきた」
「でも、そうさせたのはあたし、なんだよね……」


本当は弱いあたし。
弱くて縋るものが無くなって初めて気付いた。
あたしがこれまでしてきたこと。
周助の反応が怖くて、一歩前に踏み出すことが出来なかった。

だから……。
今回のこのことは、ある意味いい経験だったんだ。
嫌な思いもたくさんしてきたけど……それ以上にあたしは得るものがあった。

だからこそ、今までの自分とは……さよならしたい。
気付いたことを大切にしたいから。


「周助には今までのあたしで嫌な思いたくさんしてきたと思うんだ。だから、そんなあたしと……」
「……待って、雫。何、言おうとしてる?」
「ごめん、待てない。言わせて。今までの嫌なあたしとさよならするためにも……お別れしたいの」
「……雫!」


あたしの名前を呼ぶ、周助の大きな声が静かな部屋に響いた。
今までにない真剣な表情。
あたしが発した言葉がどれ程重いものか、その表情を見れば一発で分かる。

あたしだって軽々しく発言したわけじゃない。
ちゃんと考えて、あたしなりに導き出した答えなんだ。

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