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#17【告白】



「……別れるってこと?僕と」
「……そういう……」
「僕は……。僕は雫と別れるなんて考えられない……!」


辛辣な表情、と言っていい程……周助の顔が歪んだ。本当、見たことのない表情。
そんな顔させてるのは、間違いなくあたし。

ごめん、ごめんね。
でも、これをちゃんと言わないと。
あたしはきっと弱いままだから。

でも、この決意をきちんと言えたなら……周助に話すことは決まってるの。
こんな話ししといて、周助にこんな思いさせて酷いかもしれない。

けど、変わったあたしが一番にしたいことだったの。

俯いて表情が読み取れない周助の肩に、あたしはそっと手を置いた。
小さく反応する周助の体。
その反応が、あたしの気持ちを少し……高ぶらせる。


「ね、周助。聞いて」
「……別れるって話以外なら聞くよ……」
「…顔、上げて?」


ゆっくりと、でも躊躇うように……顔が上がった。
その落ち込む表情を見て、早く笑顔が見たいと心から思う。


「……あのね、別れるって言ったのは。弱いあたしと周助……さよなら、して欲しかったからなの。今までのあたしにさよならして……改めて周助に、告白をしたかったの」
「……え?」
「だから、えっと。……不二周助、君。あたしはあなたが好き、です。ずっとずっと好きです。これからもずっと。もう迷いません。ずっとあなたを信じてます。だからずっと側にいさせて下さ……きゃっ!」


「下さい」と言おうとした時には、あたしは周助の胸の中に収まっていた。
苦しいくらい……ぎゅっと抱きしめられる。

周助の香りが鼻を掠めた。
この温もり……この香り。そして鼓動。

全部新鮮で、どこか懐かしい。


「もう、騙されたよ……。雫がこんなことするなんて」
「ごめんね……。でも、きちんとけじめつけたくて。周助にまた辛い思いさせちゃったね……」
「これくらい、喧嘩してた時よりマシ……」


周助の息が、ふぅー……と長く漏れる。
あたしでも分かる、安堵の溜息だ。

それだけ周助に嫌な思いをさせてしまったんだな……とちょっと自分の話し方に後悔した。
気にして周助の顔を覗きこむと、あたしの考えてることなんてお見通しで。すぐに笑顔を向けてくれた。

あぁ……。
あたしが見たかった心からの、笑顔。


「……変わらない」
「ん?さっきも言ってたよね」
「やっぱり変わらないよ……。雫も雫の香りも何もかも全部……」
「あたしは変わったつもりなんだけど……」
「初めて出会ってから、僕が惹かれた強さと優しさ……。その瞳に引き込まれて、僕は雫を好きになった。やっぱりそれは、今でも変わらないよ……」
「……周助」


抱きしめ合ったまま、額同士が軽く触れ合う。
周助の熱も、あたしの熱も……全部一緒になる。
呼吸が静かに混じり合う。

愛おしくて、でも切ないくらい、あなたを信じる気持ち。
あたしはもう絶対に手放さない。手放したくない。


「僕だって弱かったんだ。惑わされて自分を見失ってた。……こんなにも大事で愛しくて僕が好きでたまらないものを、手放しそうになっただなんて」
「周助……。やだ……あ、あたしが手放さないもん!」
「……泣かしちゃった?」
「嬉し泣きだもん……」


離れたと思った額に、キスが送られた。
そうかと思うと、すぐさま唇にも熱いキス。
長くて、深くて、甘い。
こんなキスは本当に久しぶりで、あたしは早くも足の力が抜けていってしまう。


「久しぶりに見た、そんな顔の雫」
「も、やめてよ……。恥ずかしい……」
「……ね、雫」
「あ、ッ!ちょ、まだ……ッ!い、いいって言って……なぁ……」
「ごめん、無理」


本当は悪いなんて思ってないくせに……。

あたしはやっぱり前と変わらず、周助のお願いには応えちゃうんだな。
だったらもう、この久々すぎる感覚に身を委ねることしか……あたしにはできない。

甘くて、熱い。
周助の全てが……あたしを麻痺させる。


何も考えられないくらい――――……。















気が付くと、あたしの頭を優しく撫でてる周助がいて。
ワイシャツ一枚だけの出で立ちに、冷めていた体がまた……熱を持ちはじめる。

あたしはどんだけ周助に欲情してるんだ。

頭の中を切り替えようと、あたしも周助の頭を撫でてみた。


「疲れた?久々だったか……」
「生々しいからやめて」
「はいはい」
「笑いながら言わない!」


あたしも周助も頭を撫で合うこの光景はかなり異様だけど、お陰でちょっとは理性が保てたみたい。

上半身をベッドから起こして、周助と向かい合う。
周助はまだベッドに体を預けてる。


「ねぇ、周助……」
「ん?」
「あ、コラ。布団めくらない。あのさ、喧嘩してる時……さ。周助も淋しかった?」
「…………勿論」
「あ、何。その微妙な間は」


クスクス笑いながら周助が、漸くベッドから体を起こすと直ぐにあたしを抱きしめた。
抱きしめられた瞬間、伝わる周助の熱。
心地好くて……目をつぶれば直ぐにでも眠りにつけそう。
この熱を、あたしはずっと待ち望んでた。


「勿論淋しかったよ?でも……雫と越前のこと考えると無性に胸が締め付けらるし、気が付くと雫のことばかり考えてた」
「……ごめんね」
「ううん。でも案外早く立ち直るし、雫。ちょっと悔しかったな。あと……焦った」
「焦る……?」
「うん。雫は立ち直ったのに、何で僕はまだこんなところで燻ってるんだろうって。早く雫に追い付かなきゃって思ってたところに……」


越前君。
周助に全部話して、尚且つ周助の背中を押してくれた。

あたし、きちんとお礼言わなきゃ……。
また、助けてくれたこと。あたしと周助の背中を押してくれたこと。


「越前に借り、作っちゃったな……。できれば作りたくなかったけど」
「もーそういうこと言わない。きちんとお礼言おうね!」
「はいはい」
「また笑った!」


ベッドでじゃれあう日が、また来るなんて。
あたし、本当は涙が溢れそうだった。

信じる気持ち、愛しい気持ち。
あたしは絶対に忘れない。

色々なことがあったけど、あたしは松本さんと越前君に……感謝してる。

強く変わらない意思を持つこと……。

それを与えてくれたから。



心から……ありがとうを――――……。

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