きっと夢中にさせるから

越前リョーマ

衝撃のあの日。あたしはどうやって家に帰ったか、全く覚えてない。
あの日の夜にリョーマから相変わらずの一言メールを貰ったっきり、リョーマとも何もない。


『今までありがと』


携帯の送信画面を見ると、一応『いいえ(^O^)良かったね\(^0^)/』とまぁ顔文字付きで送り返していた。
あたしは全然覚えてないけど。放心状態で送ってたみたいだし。


「……七時、かぁ。早過ぎ」


日曜日にいつも遅く起きる朝は、何故かいつも通りに目覚めていた。


「はよー」
「あら早いわね。どうしたの?」
「幼稚園が巨大毛虫に襲われる夢見た」


「はいはい」と軽く受け流すお母さんの声が、何だか今日も学校に行くような錯覚を起こす。変過ぎる。
あー……本当に嫌だ。二度と味わいたくない感覚だけに、あたしの頭の中はリョーマ一色だ。

ついでに、リョーマ一色なあたしが、恋愛乙女みたいで更に気持ち悪い。


「ご飯食べるの?」
「いらにゃーい」
「そう言って、昨日の晩御飯だってろくに食べなかったじゃない」


そう言ったお母さんは、ダイニングテーブルにトーストを出してくれた。
心配かけたくないから、一応口に無理矢理詰め込む。牛乳飲みながらだから、流し込んでるようなもんだ。


「何か予定でもあるの?」
「……全然」
「なら、気晴らしに散歩でもしてらっしゃい。川にでも溜め込んでるもの吐き出せば、スッキリするんじゃない?」


……どうやらお母さんは、あたしの一大事を見抜いてるようだ。


「ん、そーする……」


グダグダしながら着替えて、一応財布と携帯を持って家を出た。
時間は気付けばもうすぐ十時。行き先はとりあえず……川。すぐ後ろの公園にはリョーマがよく一人で壁打ちに来てる。
期待なんてしない。だって今日は晴れた日曜日。寒いけど、デート日和だ。





「やべ……。さっむー」


外は思ったより寒かった。寒いのは当たり前だけど、少し薄着をしてしまったことに後悔する。
マフラーがやけに暖かく感じる。手袋くらいしてくればよかったな。

目的地に着いて、コンビニで買ったあったかいミルクティーを一口飲む。
ふわりと体に暖かさが流れて、寒さが少し和らいだ。


「川に吐き出すって言ってもなぁ……」


さらさらと流れる川を横目に座り込む。下は砂利だから、お尻が痛い上冷たい。
目の前で流れる川は、数日の出来事を反芻してるように感じる。
流れては消えて、また流れて。
それはリョーマだったり、リョーマの彼女になった二年の先輩だったり。
めんどくさそうなのにどこか大事にして。
はにかむ可愛らしい笑顔と赤くなった頬。

会えばどんな顔していいか分からないけど……話くらいしたい。
何が彼女が嫌がるらしいから、だ。あたしとの進展なんて望んじゃいないってことか!そりゃそーだ!


「リョーマのバカアホマヌケ、すっとこどっこい」


小さく、あたしの耳にも微かに聞こえるくらい川に向かって呟いた。
そんな時だった。何だか公園のほうから男女の言い争いが聞こえてくる。

え?何?修羅場?男はあまりしゃべらないみたい。女が一方的だな。

何となく気になって公園を覗くと、そこには見覚えのある二人。


「馬鹿ッ!もういい、別れよッ!」


頬を叩く、乾いた音と共に女が立ち去る。
あたしの横を走って行ったけど、あたしには気付かなかったみたいだ。


「……ノゾキは趣味悪いよ、二宮」
「リョーマ……」


何か一方的に言われていた男はリョーマで、しかも殴られるとこまで見てしまった。

な、何か話さなきゃ……。ヤバい、何話せばいい?
えっと……お疲れ様?いや、違うだろ。


「別れるってさ」
「……はい?」
「だから、別れるって。何で連絡くれないの?私と会いたくなかった?皆でテニスの練習って嘘までついて。そうまでして別れたいの?って聞かれた」
「で?」
「じゃ、そーじゃないんスか?って言ったらぶたれた」


言葉が出なかった。そりゃそーだろ。そんなこと彼女に言ったら、ぶたれるに決まっとるわ。
未練がましいこの男は、本命以外の女の子のことなんて、全く頭に入ってないらしい……。
今まで悩みに悩んでたあたしが、馬鹿みたいだわ。


「やっぱり未練がましい男は嫌いだよね、女って」


そう言ったリョーマの背中が、何だか淋しげに見えた。
何だかんだ言っても、傷付くハズがない。あたしはそう思った。

ラケットをバックにしまい背負っても、その淋しさは拭えない。
きっと、心の中では……彼女を泣かせてしまったことを悔やんでる。

その背中を見ると、あたしは沸々と想いが沸き上がってくる。
あたしだったら。あたしだったらリョーマにこんな想いをさせないのに。


「……そんなこと、ないよ。きっとリョーマを一番分かってくれる人、いるよ」
「そう?」
「……うん。いるよ、絶対」


あたしはリョーマを、きっと夢中にさせるって思った。
あんな淋しい想いをさせたくない。絶対、夢中にさせてやる。
そう思ったら、不思議と涙が出てきた。今まで流せなかった涙。溢れてくる。


「何、泣いてんの?」
「アンタが泣かないから、あたしが代わりに泣いてあげてんの」


その涙を拭えと言うように、リョーマがタオルを頭にかけてくれた。
あたしは、コイツが心の底から好きだ。
この小さな優しさが、おかしいぐらいに。










きっと夢中にさせるから
(本当、そーゆーとこアホだよね)(二宮には言われたくないんだけど)(……ほんと、アホ)
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