しとしと、と降ってる。
降り具合を見るのに少し窓を開けると、アスファルトに打ち付けらた雨の匂いが鼻を掠めて、降り始めのなんとなく切ない気持ちが込み上げてきた。
「まさか雨が降るなんてね」
部活が終わって、紬と二人で帰ってる最中だったんだよね。
急に雨が降ってきたの。
もちろん土砂降りとかじゃなくて、霧雨っつーの?そーゆー細かい雨が降ってきて。
紬が「雨宿り、してく?」なーんて言ってくれたから。ドキドキしながら甘えちゃったんだ。
「予報では降んないって言ってたのにー。だから俺傘持ってこなかったんだよ」
「英二、天気予報見るんだ。偉いね」
「それさぁ、不二にも言われたんだよね。俺のことなんだと思ってんの、二人ともっ!」
「え?単細胞」
「また言われたっ!」
不二も不二の彼女の雫ちゃんも。果てには自分の彼女にすら単細胞って言われる俺……。
失礼だよな、本当。俺のどこが単細胞なんだよ。
今度俺のこと単細胞って言ったヤツ、原稿用紙二枚くらい理由を書かせっかんな。
「ふふ、はいはい。英二はカッコよくて〜可愛くて〜男前ですよー」
「それ、馬鹿にしてるだろ」
「あはは!してないしてない」
「ぜってーウソっ!」
タオルとお茶を持って部屋に戻ってきた紬は、俺の頭にタオルを乗せてから、部屋の真ん中にあるテーブルにお茶を置いた。
少しひんやりした部屋。マグカップから湯気が昇ってて、見るからに温まりそう。
お茶は、雫ちゃんからお土産でもらった紅茶なんだって。
一口飲みたいとこだけど、とりあえず借りたタオルで頭を拭いておく。風邪引きたくないしね。
すると紬がいきなり、俺の頭に両手をポンっと置いた。重なる手と、混じり合う体温。
一瞬、ドキッとする。
え、えええっ?!な、なにごと?!!
「飲みたいんでしょ?」
「はえ?」
「紅茶。飲みたそうな顔してる。頭拭いてあげるから、飲んだら?」
あ、あー……そういう、こと?
べ、別にそーゆーなんて言うの?そーゆーあーゆーこと期待したわけじゃないからな。べ、別に……別に……。
いや、期待してる。本当は。
「いっ、イタダキマス……」
「ん?ふふ、どうぞ」
紬はそんな俺を知ってか知らずか……。
ガシガシと頭を拭き始める。
しかも後ろからじゃなくて、前からってどーゆーこと?俺のこと小さい子どもだと思ってんのかな。
目のやり場が困んだよ。第二ボタンまでブラウス外しててさ。見えてんの。見せてんの?
しかもさ、雨に濡れてちょっと透けてんの。着替えてよ。邪な考えばっか過ぎんじゃん。
「どう?美味しい?」
「……………………うん」
「え、なに。その微妙な間は」
「……………………うん」
「は?なに?なんか怒ってる?」
紬がイラッとしたのがわかって、俺は手にしてたマグカップをテーブルに置いた。
揺らめく湯気を目の端に入れながら、上目遣いで紬を見る。んで、一瞬怯んだから。
俺の頭を拭いてた手をぎゅっと掴んだ。
掴んだまま腕を引いて抱き寄せる。
なんの抵抗もなく、少し可愛い声をあげた紬は、俺に抱きしめられる形になった。
抱きしめると、紬の胸元からは雨の匂いと……柔軟剤の匂い、かな。
少し、クラクラする。俺にしては大胆かなって思ったから。
「えええ英二……?!」
「誘ってんの?」
「は、い?」
「だから。そんな格好して、俺の目の前でさ。誘ってんのかって」
「ち、ちが……」
「違うの?」
見上げれば、紬の顔は真っ赤に染まってて。
髪をかけた耳まで続くように赤くなってる。
その耳に親指でなぞるように触れると、紬の体がピクリと小さく反応した。
俺の肩に手を置いて、ワイシャツをぎゅっと握りしめてくる。
触れてる耳は熱くて、そのまま頬を優しく撫でてみた。熱くなった頬はそのままに、紬は瞳を滲ませて俺を見下げるんだよ。
それはそれは。可愛い顔で。
こーゆーの、そそるって言うんだよな。
「ば、か……」
「ふは。ごめん。意地悪したった」
「もう……もうっ!」
「でもさー。そーゆーことする紬が悪いんだかんね。俺、男だよ?しかも健全な」
「……英二にしかしないし」
「そうじゃなきゃ怒るよ、俺だって」
ゆっくり、紬の顔が近づいてきたから。
髪を撫でて、最初は触れるだけの小さなキスを。
少し離れたあと、今度は長いキスを。
息をするのに口をほんのちょっと開けたから、そこから舌を割り込ませた。
「ん、……ぁ。ふ……」
「やーらし顔してる」
「も、バカ。させてんのアンタじゃない……」
「させたいんだっつーの」
甘い吐息と、掠める雨の匂い。
少しセンチメンタルな気持ちにさせるのは、きっと雨のせい。
だから。
俺だけを見てて。
sweet sorrow rain.
(……機嫌、直った?)(ん?うん)(もう。本当、単細胞なんだから)(あ。紬、言ったな?)(え?)(原稿用紙二枚な)(はい?)