とびきりの愛をあげる。
だって、ずっと大好きだから。





今日は特別な日。わたしが待ち望んだ日でもある。
その特別な日の主役は、大して喜んでもないみたいなんだけど。


「お待たせ。相変わらず早いね」
「だって楽しみにしてたんだもん」
「もー楽しみにするような歳じゃないよ?俺は」
「わたしには関係ないし」
「俺には関係あんの」


夏に晴れて恋人になれた英二君の、二人で過ごす初めての誕生日。
わたしの家から最寄りの駅前。昔からちょっと憧れてた、駅で待ち合わせってやつ。家まで迎えにくるって言ったから、断固として断ったんだ。

九個歳が離れていても、やっぱりちゃんとお祝いしてあげたい。友達にその話をすると、年上はエスコートしてくれるからいいよねって言われた。
けど、いくら英二君が年上だからって、エスコートして欲しいなんて思ったことない。英二君にエスコートするような技量があると思えないからだ。失礼だと思うけど。うん、失礼だ。まぁ、いいや。

あ、不二さんならわかるな。あの人は別格だし。


「んで。どこ行くの?」
「ふふ、まずはぁ〜映画!」
「ド定番だね」
「いーじゃん、ちょうど観たかった映画あるんだよ!」
「まさか恋愛映画とかじゃ……」
「英二君、そーゆーの興味ないでしょ」
「……わかってんじゃん」
「任せて?何年片想いしてたと思ってるの」


この日のために新調したスカート。英二君が好きな赤。真っ赤って訳にはいかなくて、大型チェックのフレアスカート。それを翻せば、ふわりと風にのって綺麗に広がるからお気に入りだ。


「ほら、いこ?」
「……うん」
「ん?どうかした?」
「あ、いや?……なんか……なんでもない」
「なによ!気になるじゃん!」
「や、ほんと。なんでもねーって」
「やだ!気になる!言って!」
「……………………ぅ、か、か」
「かか?」
「可愛い、ぃなって思っただけだよ!」


意外な言葉に思わず胸がギュッとした。
顔を真っ赤にさせて目を逸らす英二君に、わたしは抑えきれないくらいの感情が込み上げてくる。

わたしも……顔が熱い。多分、英二君と同じくらい。


「……もう一回言って?」
「は?やだよ」
「いーじゃん、減るもんじゃないし」
「減る減る。めっちゃ減る。俺の精神が減りまくるからやだ」
「なにそれ!」
「もーいいって、行こうよ。時間は大丈夫なの?」
「むーっ!絶対もう一回言ってよね?!!」


それが照れ隠しなのは知ってる。

大人になった英二君は、昔ほど天真爛漫ではなくなった。純粋無垢な感じは残ってるけど……少し弁えることを覚えた猫のようだ。いい意味で大人になったんだなーって、こんなわたしですらも思う。

渋々、映画館に向かうその後ろ姿を追いかけると、その歩みが不意に止まった。自分の出した足が急に止まるわけもなく、わたしはその背中に顔からぶつかってしまう。


「ぶっ!……どうしたの?急に……」
「ん」
「ん?」
「ほら、手」
「……え、いいの?普段人前じゃヤダって言って繋いでくんないのに」
「いいよ、今日は特別!俺の誕生日でしょ?俺だってやりたいこと今日くらいしたいよ」
「……わたしといつも手、繋ぎたいって思ってたんだ。そうだったんだ……」
「あっ!ちが、そういう意味じゃなくて……」


するりとその差し出された手を握る。
少し体温が低くなった英二君の手は、わたしが子どもの頃に感じた大きさそのものだ。
ただ、すごく……男の人の手だ。指の間から滑り込ませた指先に感じる、骨ばっている手の甲。昔には感じなかった、そこにある英二君の手。


「……なに」
「ふふ、ううん?英二君だなぁって思って」
「なんだよそれ。紬、今日は変だぞ?」
「英二君の誕生日だからだよ」
「これから毎年そんなんなるワケ?」
「いーじゃん、英二君の前だけだよ」


そのまま勢いで手が繋がれたほうの腕にギュッと抱きついた。
多分、想定してなかったと思う。英二君、こういうのは慎重だから。
案の定、わたわたし始めた英二君は、わたしの頭を押して引き剥がすつもりのようだ。そんなん無理に決まってんじゃん。せっかくこうやって合法的にくっつけるのに、離れるわけないよね?


「ちょ!紬!離れろって!」
「やーだ。絶対離れない」
「もー!お前、俺の気も知らないで……」
「どーせ、歳の差がーとか年齢的にーとかって言うんでしょ?言わなきゃバレないんだから気にしないでよ!」
「ばっ……!お前はそれでいーかもしんないけど、俺は困るのっ!!最悪お縄に……」
「同意してんだから大丈夫だって」
「だーかーらーっ!お前はよくても俺が困るの!」


ほんっっと、周りの目気にしすぎ。昔からこんなんだったっけ?少なくとも昔はわたしをひょいひょい抱っこしてくれたじゃない。


「あのなぁ……幼稚園の頃と今とじゃあ立場が違うこと、わかってんの?!」
「え?!エスパー?!不二さんみたい!」
「バカ。口から出てんだよ!ったく……思ったことポンポン口から出しやがってぇ〜……」
「あら、ごめんなさい。わたし、英二君には正直者だから」
「それは大変よろしい。……で」


繋がれた手が、目の前に差し出される。その視界の中には英二君がしているゴツめの時計が入ってきて、その時計をトントンと英二君が右手の人差し指で軽く叩いた。

それが差し迫る時間を示していて、わたしは思わず大きな声で叫んでしまう。


「あ、あ〜〜〜っ!時間!」
「ほらみろ。バカなことやってっから」
「バカとは失礼ね!大事なスキンシップよ!」
「ほらほら、いいの?上映まであと何分?」
「えへへ。あと十分!」
「はぁ?!映画館どこだよ!」
「すぐそこだよ?駅前のいつもの……」
「も〜……!!」


わたしをバカにした英二君だって、素っ頓狂な声出すじゃん。なんかわたしだけバカにされた気分で多少むくれたけど、そんなわたしに気付かないこの人は、繋がれた手を固く握って慌てて走り出した。

こんな、当たり前のことがすごく嬉しい。
固く繋がれた手は、今では冷たさなんて感じない。
だって、ずっと大好きだったから。毎年、電話でしかお祝いできなかった誕生日を、こうやって一緒に過ごせることがとてつもなく幸せで。


「あと五分だぞ?なにニヤニヤしてんだよ〜」
「え?え、えへへ。あ!チケットはね、買ってあるんだよ!」
「にしても五分はヤバい」
「途中から入ればいーじゃーん!」
「俺は最初の宣伝から観たいの」
「どうせ見ないでしょ?!宣伝の映画!」
「わかってないなぁ〜アレがいいんじゃん。不二みたいなこと言うなって」


慌てて到着した映画館の既に真っ暗な会場。大型スクリーンの光だけで進んだ指定席は、実はカップルシートだったりする。
ネットで見つけて即映画館行って購入。高校生ではネットの向こう側ですぐに購入できないのが痛いなぁ、なんて思った。


「なんだよ、この席……」
「ほらほら始まるよ?文句言わない」
「……なんか紬に踊らされてるなぁ……」
「そんなのいつものことじゃん。あ、英二君」
「いつものことってなに?!……ん?」
「お誕生日おめでとう」


走り出した世界線。あなたと二人で歩めるこの道。
それだけでもわたしは満足なんだ、本当は。

暗闇に浮かぶあなたの頬に、そっと唇をのせれば……あなたは真っ赤になってわたしに言うんだよな。


「……バカ」


ってね。










HappyBirthday!
(つーかホラーって……!)(え?不二さんから聞いたんだけど、ダメだった?この時期いいアクション映画やってなくてさ)(ふ、不二に聞いたの?!!あ、あんのヤロー……!)(でもいいじゃん)(は?)(怖かったらわたしにしがみつけるよ?)(アホか!そんなことできるわけ……)(しないの?)(……多分、する……)

Happy Birthday!

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