それは、今までの誕生日とはどこか違っていた。
こんなにも……幸せって感じたこと、ないかも。





「んあーっ!美味かった!」
「でしょ?でしょ?クラスの子達がさーオススメしてくれたんだ!」
「へー紬よりセンスあんじゃん」
「なにをっ?!女子高生舐めんなっ!」
「舐めてないよ。紬を舐めてんだよ」
「余計悪いわっ!!」


紬オススメのご飯屋さん。オムライス専門店で予約も入れてたみたいなんだけど、ご飯も終盤、バースデーサービスなるものもやってくれた。
店内に流れるバースデーソングとなんか花火がバチバチしてるケーキが運ばれてきて、これが一昔前の俺だったら大喜びしてたなぁ……なんて思った。
いや、嬉しいのは嬉しいんだよ。ただなぁ……二十五にもなってあのサービスは、男は気恥しいってもんだ。

そんな気恥しげな俺をよそに、紬はえらい喜んでくれて。こーゆーことをするの初めてだったって、はにかんだ笑顔で言うもんだから。そっから俺はなにも言えなくなった。まぁ、言うつもりもなかったけど。
こんな誕生日も悪くないかな、なんて思うくらい、俺は紬が可愛いなって意識してることなんだけどさ。


「夜風が気持ちいい……」
「店内暑かったかんね。紬、顔が火照ってるよ」
「うん……それもそうなんだけど」
「ん?」


手ぶらだった俺の右手を、紬が不意に握った。
今日は手を握ってもいい日にしてたからか、紬は容赦なく手を握ってくる。普段だったらすぐダメって言うとこなんだけど……まぁ、今日くらいはね。

俺の手を更に強く握りしめた紬は、その勢いのまま俺を手ごと引っ張った。
なんも用意してなかった俺は、少しだけバランスを崩して前のめりになる。完全に崩してないよ?!これでも体幹は鍛えてるかんね。


「な、なんだよ!どこ行くんだよ!」
「ふふ!こっちこっち!」
「もー帰る時間だろ?家は反対方向だぞ!」
「いーのいーの!」
「よくねーって!俺が怒られるんだかんな!」


そのままグイグイ引っ張る紬に、俺はとりあえず従うしかなくて。真っ暗な街灯しか目印がないような道をひたすら突き進む。
暫くすると、丘の上の大きな公園へやってきた。なんだよ、また公園かよ。好きだな、コイツ。あ、でも待った。ここ……もしかして。


「英二君。覚えてる?」
「うん?」
「わたしが小学生のとき、一緒にココ来たの」


そう言った紬は、公園の奥に設置された柵へ向かった。柵の向こうは夜景の街並みが一望出来るみたいで、何組かカップルもいる。あ、カップルって死語?俺ってオッサン認定されちゃう?

柵に後ろ手をついた紬は、俺のほうを見ては優しい笑顔を浮かべてる。なんだよ、その顔……。前もさ思ったけどさ。急に大人ぶるなって。俺が置いてかれるじゃん。
少し照れくさかったけど、その紬の隣に俺も向かった。優しい微笑みのまま紬は俺を見つめるけど、俺はなんだか見れなくて、眼下に広がる夜景を見つめてしまう。俺も顔が火照ってきた。緩やかに撫ぜる夜風が気持ちいい。


「そのときさ、わたし……なんて言ったか覚えてる?」
「……お、覚えてるよ」
「ほんと?」
「おー!ほんとほんと」
「…………」
「なっ、なんだよ!その絶対覚えてないだろって顔!!!!」
「や、絶対覚えてないでしょ」


いーや、少しは覚えてんだかんな。
アレは紬と出会って三年目のことだ。俺が高三で紬が小三。相変わらず俺ん家に入り浸る紬を連れて、(大して勉強もしない)受験勉強の息抜きに来たことがあるのがココだ。
新年明けたばっかの公園は、その大きさから凧揚げやら羽根付きやらやってる家族連れが多くて、俺達も右にならえで凧揚げに興じていた。

なんか久々に全力疾走して、紬が喜ぶからってなんかアクロバティック披露して。ブランコでは相変わらず例のスペシャル技繰り出しては、公園にいた子ども達喜ばせちゃってさ。紬だって喜んでたじゃん。


「……喜んでた」
「は?」
「や、だからさ。凧揚げしたりして、喜んでたじゃん」
「それはそうだけど。だから…………はぁ……」
「なっ!残念そうな顔しやがって!」
「だって実際残念そうにしてるもん」
「なんだと?!」
「だって、わたしすっごく大事なこと……英二君に言ったよ?」


なんだなんだなんだ?!!
なんだよ、これ。記念日覚えてない夫みたいな気分になるじゃん。え、世の中の旦那さんってみんなこんな気持ち味わってるわけ?

あ、不二は例外だな。アイツは逆に細かく覚えてるタイプだ。

頬をプクッと膨らませて、不機嫌な目で俺を見上げてくる紬。そーゆーとこは年相応だよな、なんて思ったりしたんだけど。それを言ったら最悪な誕生日になってしまうことは、紬に散々アホ扱いを受けてる俺でもわかる。つーか、俺二十五だよ?!バカにされすぎじゃね?九個も下の彼女にさ。

あーでも、まぁ、駄目だな。覚えてないです。はい。


「……ごめん」
「知ってたけどね」
「や、なんか。ほんとごめん」
「そのほうが英二君らしいからいいよ」
「……で?」
「ん?」
「紬、なに言ったの……?」


高三のことなんて、正直インハイぐらいしか記憶に残ってないからさ。それは盛りすぎだけど。乾がアレした話とか、不二が桃にあんなことした話とか。覚えてるけどさ。

紬は一瞬呆気にとられたよーな顔をしたあと、いやらしいくらいニヤニヤした顔になっていった。
それ聞いちゃう〜?って顔に書いてあっぞ。それくらいなら俺にも読めんだかんな。


「ふふふ」
「あんだよ」
「わたしね。英二君にプロポーズしたんだよ」
「…………はぁ?!」
「あの日、わたしがさ……怪我したの、覚えてる?」
「怪我……?あ!」


…………思い出した。そうだ。アクロバティック真似しようとした紬が、思いっきり頭から落ちたんだ。
下は草むらだし、タンコブ程度で済んだんだけど。すげぇ大泣きして慌てた記憶があるわ。


「あのとき……わたし、英二君が必死になって泣き止まそうとしてくれるのが嬉しくてね。ちょっと大袈裟に泣いたんだよね」
「は……はぁ?!俺は本気で心配して……」
「うん、だからさ。そのときに言ったの。英二君が……」
「……結婚してくれたら泣き止む……!」
「そう!思い出した?」


わー!そうだそうだ!思い出した!完全に!
そうそう。大粒の涙流しながらさ、すすり泣きしててさ。「してくれるって言うまで泣き止まない」って言ってすげぇ困って……。それで俺は……。


「だからね。高校生がバイトで買える、二人でお揃いのもの……欲しくてね。英二君もわたしも付けてて違和感ないもの、めっちゃ探したんだ」
「……え?」
「指輪じゃ重いかなって思って……コレ」


紬から差し出された箱。丁寧に赤色のリボンでラッピングされたその箱を少し震える手で取る。

……なんだよ。なんだって言うんだよ。


「開けてみて?」
「紬……」
「ふふ、これくらいならお仕事にも支障ないかなって思ったの。……どうかな?」


リボンを紐解いて、その中身をゆっくり確認する。
寒さなのか、感動なのか。わかんないけど鼻の奥がツーンとする感覚に襲われた。
お前、十六だろ?なんでそんなこと思いつくんだよ。なんで……俺がちょっと喜びそうなこと、するんだよ。


「……パズルのピースの……ネックレス」
「うん!わたしもホラ!」


頬を赤く染めて、タートルネックの襟元をぐっと下げる。紬の首元には、シルバーの小さいパズルのピースがキラリと見えた。
その形からして、俺のと合わせることができるようになってるみたい。


「ばか、お前……。高かったんじゃねぇの?」
「だから言ったじゃん。高校生がバイトで買える物だって。英二君が持ってるアクセサリーに比べたら、ちっぽけかもしんないけど……わっ!!」


なんか本当に、とてつもない感情が体の内側から襲ってきて。いてもたってもいられずに、紬を思いっきり抱きしめた。普段だったら理性が働いて、絶対こんなことしないのに。


「え、英二君?!ひ、人見て……」
「……いい」
「え?」
「いいよ。見てたって。構うもんか。俺が今、紬を抱きしめたいんだから」
「……英二君」


だって、回りだってさ。そういう雰囲気じゃん。カップルしかいない公園で、何したって別になんとも思われねぇって。いや、限度はあるけどね。ちょっとやんごとなき情事はダメだけど。

抱きしめた腕を少し緩めて、温もりを噛み締めてそうな紬の顔を覗く。
にへらって効果音が付きそうな、満足気な紬の笑顔を見て……思わずその唇にキス、を落とした。
腕の中で紬が大いに反応する。触れるだけのその唇は、ここに来てすぐに塗ってたリップの匂いとその柔らかさが……俺の心を芯からあっためてくれる。


「ええええ英二君?!!!」
「ダメ、だった?」
「……ダメじゃ、ない、けど……」
「じゃあいーじゃん」
「……英二君」
「ん?」
「なんか、昔の英二君みたい。ふふ、なんかすごい嬉しい」


そんなつもりはなかったけど。
いつの間にか、今まで大人の皮を被ってただけ、なんだろーな。
でも。コイツの前ではそんなのできっこないよ。すぐ、剥がれっちゃうわ。

あの日、泣いた紬に俺は。
確かに言った。言わされた感ハンパないけど。


『──……結婚なんていくらでもしてやっから!だから泣き止んで!……──』


そんな幸せな誕生日。こんな日も悪くない。










Happy Happy Marriage?!
(あ、ねぇ。紬、付けてよ)(……付けてくれるの?)(当たり前だろ。お前がくれたんだし。なんだよ、嫌なの?)(ううん!嬉しいよ?でも、だって。仕事には付けたくないからー人の目が気になるからーって言いそうだから……)(本日誕生日の菊丸英二様は、変わったのです。ほら、付けて)

Happy Happy Marriage?!

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