泣くつもりなんてなかった。
だけど何故か涙が出てきた。


「わ……分かったよ。話すよ」


ふぅ〜っと英二が息を漏らすのが聞こえる。
泣いた顔なんて見られたくなくて、私は俯いてたんだけど……。
英二に「こっち向いて」と促されて、渋々顔を上げる。


「ごめん。泣かせちゃって」
「いいから、早く。それに泣いてない」
「いやいや、無理あるっしょ。めっちゃ泣いてんじゃん」
「うるさい。泣いてない」


既に鼻水すすってる私は、見れば分かるのに意地になって否定した。
こんな事で泣いてる自分が馬鹿みたいで。
とにかく泣いてる姿なんて、英二に見られたくなくて。


「紬」


ドキッと胸が高鳴った。
名前で呼ばれただけなのに、途端に早鐘を打つように高鳴る。

え……何で?私、おかしくない?さっきまで普通だったよね?


「ここ二日、曖昧な態度だったのは、ホントごめん。紬に英二って呼ばれてから、俺がおかしくなっちゃって」


言葉を紡ぐ事が出来なくて、ただただ英二を見てる事しか出来なくて。
そんな英二の顔が、どんどん赤くなるのが分かる。


「どんなに普通に接しようとしても、紬の顔を見ると出来なくて」
「……私、実は嫌われてたとか?」
「違う!それは絶対違う。ちょ、最後まで聞いてて!」


英二は、あわてて両腕を伸ばして手を振った。
その言動にちょっとほっとする。


「ソレは……その、自覚しちゃったからで」
「何を……?」
「その……あの……」


英二が緊張してるのが分かる。分かるけど。
なかなか言葉に出せないのが、だんだん私の気持ちを焦らせる。

いや、イライラしてるのか?コレ……。何?!何なのよ、一体!!
たまらず私は、少し声を荒らげた。


「ちょっと……。言えないならもういいよ!もう!英二なんか知らないッ!」
「……ッ!そ、あ、すッ!す、好きになってた!紬のこと!」


英二の横を通り過ぎようと歩み始めた瞬間、腕を掴まれて。
思いもしない言葉を投げかけられた。
私は動く事も、考えることすらも出来なくなって。
真っ赤になって、でも真剣な目で私を見る英二を見つめ返すしか出来ない。


「色々意識し始めたら、どうしていいか分かんなくなっちゃって!気付いたらずっと目で追ってて。授業の時とか、ホントずっと紬の事考えてた」
「えい……じ……」
「姿が見えない事がホント嫌で。頭おかしくなりそうだった。でも、紬の姿見ると嬉しくてたまんないのに、どう接したらいいか分かんなくて」


堰を切ったように、英二が想いを告げてくる。
私と英二の間を夏の温い風が吹き抜けて、サラサラと英二の外ハネの髪が揺れて。
なんか猫がじゃれそうだなぁ〜なんて、頭の片隅で現実逃避しちゃう。


「だから、紬を名前で呼ぶことも躊躇っちゃった。ホントは呼びたかった。でも呼ぶことで、自分の気持ちを抑えられないんじゃないかって思って」
「…………」
「ごめん。本当は不二と雫ちゃんの事をどーにかしなきゃいけなかったのに」
「ホント、そーよね」
「ぐっ……!いや、今となってはもうソレはどーでも良くなっちゃったけど」


掴まれた腕が、どんどん熱を帯びる。
身体中の熱が腕と顔に集中するのが分かる。
今、私の顔が真っ赤になってるのなんて、鏡を見なくても分かる。


「ね、紬……。好き。もう曖昧な態度も泣かせるような事もしない」
「……英二」


英二の顔がゆっくりと近付く。
思考が上手く回らない状況で、自分がどう動くべきか何を言うべきか分かんなくて。
気付いたら、耳の当たりに柔らかい何かが触れた。


「……〜〜ッ!」


全ての熱がソコに集中する。顔が今までにないくらい熱くなった。

くくく、唇当たったよね?!今っ!!!
どどどどどうしようッ!どうすればいい?!

思わずジリジリと英二との距離をおき、何も言えずにそのまま走り出した。
だって、今はそれしか出来ないんだもん!


「紬?!」


英二の私を呼ぶ声が頭で響く。


「もう我慢しないからなッ!」


言わないで。その声が耳に残る。
恥ずかしくって、触れられた腕と耳元が熱すぎて。
違う。私、違う。
こんなの、こんなの……絶対違う。ただ、ビックリしただけ。そう。

言い聞かせるしかない。違うんだから。






こんなの恋じゃないのに
(耳も腕もジンジンする)(心臓、ウルサイ……)(つか、いきなり耳にキ、キスとかする……?!)

こんなの恋じゃないのに

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