「やっちまったぜ、不二」
「……は?」


随分遅れて部活に来た英二は、手塚に「インターハイが近いのに随分弛んでるな」と無言の重圧プレッシャーから自ら校庭を走り出した。
手塚も部長も何も言ってないけど、多分五十周を部活中に終わらせるつもりなのか、結構なハイペースだ。

何も弛んでない僕も走ってるけど。


「ヤバい。やっちゃったよ」
「あ、紬さん?泣かせたとか?」
「うグッ!……何で分かんの……」


走り始める前、英二は涙目で「連帯責任!」と僕の腕を掴んで校庭に引きずった。
あーあ、ホラ。桃と海堂なんか、冷ややかな目でこっち見てるよ?
未だに涙目で、まるで僕が泣かせたみたいじゃない。


「何をしたのさ」
「……………………告った」
「……へぇ」
「それだけ?!俺の一世一代の告白を、へぇ、で済ますの?!!」
「あぁ、ごめん。こっちの思惑通りに進んだもんだから」
「あーそっか、そうだよね〜!って何それ!俺知らない!俺に何したの?!!!」







遡る事数日前。休日のデートで、僕の彼女が稚拙な計画を持ち出した。


「どういう事?」
「だから!紬に意識してもらいたいのよ」
「誰を」
「英二君を!もーあの二人、絶対両思いなんだよ?紬に至っては英二君の話ばっかするし。英二君が紬を見る目なんか、めっっっちゃくちゃ優しくてさぁ!もう!焦れったいのよ、あたしは!」


目を輝かせ、手を合わせて今にも踊り出しそうな雫。僕の部屋だからいいけど。
本当、女の子って好きだよね……こういうの。


「だから、周助にも協力して欲しいの」
「僕が?何を?因みに下らなかったら却下して違う事するか……」
「大丈夫!もう自信あるから、この計画!」


被せて話す雫に若干イラッとしたのはここだけの話。
何で久々のデートで他の男の話するかなぁ……。
なんて、微塵も思ってない雫の手を取り抱き寄せる。すると小さくなって途端に大人しくなった。


「で?その計画って?」
「しゅ、周助……。まって離れて」
「やだ。離さない。久々にゆっくり出来るのに、時間が勿体ないよ」


掴んだ手首に、そっと唇を落とす。
彼女が小さく震えて少し甘い声を漏らすと、顔が真っ赤になるのが見えた。
ダメだよ、雫。止まらなくなっちゃうよ?


「〜〜〜ッ!」
「ほら、このまま話して?僕は雫に触れられて満足だし、雫も僕に計画を話して助力を得られるかもしれないワケだし」
「し、周助のイジワル……」
「心外だなぁ。甘やかしてるだけだよ?」
「うぅ〜〜ッ!もーッ!」


たどたどしい言葉で雫の話を聞くと、まぁ何とも子ども騙しみたいな計画だった。


「ね。完璧じゃない?しかも簡単だし!喧嘩してるフリすればいいだけだし、あたしはソレを紬に相談すれば……!」
「まぁ……英二みたいな単細胞なら簡単に引っかかるとは思うけど」
「ね!紬もさ、世話焼きだし、あたしからの相談となれば英二君に頼るでしょ?!」


英二の単細胞については何も思わないようで、いつの間にか僕からすり抜けて真向かいに座った彼女は、再び目を輝かせて言い放った。


「絶対!英二君と紬、くっつけようね!」







「……と言う事があってね」

雫との戯れは端折って説明すると、英二は大きな目を更に大きくして口が塞がらないようだった。


「はぁ〜〜?!嘘だったの?!何だよ、変に心配したじゃんか!」
「だから僕は普通だったでしょ?雫の計画に否定も賛同もしてないし」
「そーだよ、どーりでおかしいと思ったんだよなぁ!って、ちょっと待て不二。俺の事……単細胞って……しかも雫ちゃんも……」
「あ、ほら。ちょうど五十周目じゃない?」
「不二ぃぃいい!!」
「菊丸、もう五十周追加するか?」
「手塚!い、いい!ヤダ!練習する!」


まぁ、稚拙だったとはいえ充分振り回されたんじゃない?おかげで意識できたんでしょ?
向こうにとってもいい刺激になったみたいだし。

僕は笑顔を向けると、細かく身震いした英二はラケットを振り回しながらコートに向かった。

さーて、僕達の出番はここで終わり。そんな顔してたら、もう手伝ってあげないよ?

まぁ、英二には色々感謝してるからね。コレは貸しにしといてあげるよ。


「ホラ、不二!練習も付き合えってーの!」
「フフ、はいはい。シングルで良ければ」
「ヤダ、何その笑み怖い……」





意識しちゃってください
(英二、あまり不二を困らせたら駄目だろ?)(いーんだよ、大石!コイツは俺に貸しが……)(いいよ?その代わり……)(アッ!ゴメンナサイッ……!)

意識しちゃってください

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