二日前のあの日、どうやって帰ったか全く覚えてない。

紬が泣いてた。ソレは覚えてる。うん。
あと、誰か男子がいた。ソイツが誰だか知んないけど、言われた言葉は覚えてる。
紬が、ソイツを好きだって。顔赤くしてた。紬。


「………………はぁ……」


教室の机で、頬杖ついて空を見上げる。あーいい天気だなぁ。暑そうだなー。プール入りたいし、海も行きたいなぁ。

つーか、もうため息しか出てこないよ。その代わり、涙は不思議と一滴も出ない。
普通さ、失恋したら涙出るもんじゃないの?


「英二。次、化学だよ?移動だけど準備は?」
「……化学かぁ。はぁーい……」


のそのそと準備をし始めるけど、もう準備がめんどくさい。
何もかもする気がなくて、ずっーっとそんな感じ。テスト前だけど、勉強だって授業だって全然する気になんないもん。

見かねた不二が、俺の教科書やらを全部持ってくれて、背中をグイグイ押し始めた。


「ほら。行くよ」
「しゅーすけクン、やっさしぃ〜」
「僕はいつでも優しいよ?」
「……ソウデスネーソウデスカネー」


不二には一通り話してあるからなのか、いつもよりいよーに優しいんだよね。これが怖い。
あぁ……これが雫ちゃんがいつも味わってる不二の優しさなんかな。
いーなー、コレ。ずっと失恋しててもいいかも。いや、いかんだろ。

変なこと考えながらタラタラと教室を出ると、いきなり後ろから「オイッ!菊丸!」と声をかけられる。
振り向くと、あの日あの河原にいた紬が好きだと言ったヤツだった。(正確にはコイツに聞かされたんだけど)


「オイ、話しあんだけど。時間取れねーか?」
「……英二、誰?」
「……知らなーい。顔は知ってるけど、名前知んねーもん」
「ふざけんな、テメェ!二日前にあの河原で大野と一緒にいた田山だよ!大野と同じクラスの!」
「ふーん。そーなんだ。俺は話ないからじゃーねー」


正直、ちょーーダルい。
ダルい上に話なんか聞きたくない。だって、紬の彼氏なんでしょ?
俺への当てつけ?そんなヤツに会いたくもない。


「ばっ!この野郎!大野の事で話ししてぇんだよ!」
「俺は話ししたくなーい」
「…………悪いけど田山くん、だっけ?」


俺は既に田山クンに背中向けてたんだけど、一歩後ろで静かに田山クンに向けて不二が開眼してる。
いや、俺からは背中しか見えてないけど。絶対してる。


「これから授業だから。僕も英二も、こんなところで単位落としたくないんだよね。テストも近いし……言いたい事、分かるかな?」
「……ッ!わ、分かったよ!放課後、少しでいいから時間くれよッ!」


「クソっ」って言いながら青い顔した田山クンは、そそくさと自分のクラスに帰ってった。
うーわ、こっわ!不二、こっっわ!心底友達で良かったと思う……。


「さて。これで良かった?」
「うん、ありがとー。でも放課後かぁ……めんどいなぁ……」
「まぁ、あそこまでして英二と話がしたいみたいだから、ちょっと行ってあげたら?」
「えーだってアイツだよ?俺、失恋した時にいたヤツ。俺への当てつけじゃん!」
「それは分かってるけど。……何かちょっと、ただ当てつけたい訳じゃなさそうだから。まぁ、雫に少し聞いてみるよ」


廊下に予鈴のチャイムが響く。
「ほら。早く」と、不二がグイグイ背中を押すから、仕方ないので走ることにした。

はぁ〜……もう〜どうにでもしてくれ〜。単位もテストも、何もかもどーでもいーよー……。(あ、テニスはどうでもよくないけどさ)





放課後。やっぱり会いたくないから、ソッコーで教室から逃げようとしたら……出たとこでワイシャツの襟首を掴まれた。


「ぐえっ!」
「オイ!逃げんな!」
「田山クン……。あのさ、当てつけならヨソでやってくんない?」
「はぁ?当てつけ?!それはテメェだろ!」
「何だよー自慢なら聞きたくないって」
「違ぇよッ!馬鹿にすんなっ!」


この田山クン。声デカいし人の話聞かない……。
教室を出ようとした不二が、「うるさいから違うとこでやって」とまたもや開眼モード。
お互いにヒッ!となって、仕方ないからマックで話を聞くことにした。





「んで?話しって何?」
「や、だから……。大野のことだよ」
「晴れて彼氏になれたんでしょ?良かったじゃん。逆にフラれた俺を慰めてくれんの?」
「ばっ!違ぇって何回言えば!フラれたのは俺なんだよっ!」
「はいはい、フラれたのは俺…………え?」


席に座って食べてたポテトが、指からすり抜けた。
田山クンは飲んでたコーラが無くなるまで吸って、ふーっと短く息を吐いて俺を見る。……睨んでる、が正しいな。コレ。


「……気持ち悪いって言われた」
「はぁ?」
「だ、抱きついたら……気持ち悪いって言われたんだよ。大野に」
「えぇ……。そーいや抱きついてたね。確かに気持ち悪いし腹立つなー」
「うっ!うるせーな……!しかもぶん殴られたんだよ。ふざけんな!って言われて」


田山クンの話では、とんだ勘違いをしたって。
あの日泣いてた紬が、田山クンの告白に嬉しくて泣いた……。と思ったらしい。
で、嬉しくて抱きついたら俺が来て……。挑発したら紬から殴られた、という流れだったみたい。
確かに彼の左頬には、白いシップらしきモノが貼ってある。

え?じゃあ……俺の告白は……?

そこで、机の上に置いてあった俺の携帯に通知音が鳴る。通知には不二の名前。一応「ごめん、ちょっと」と断って携帯を見ると……。


『そこの田山クンから話聞いてると思うけど。雫に聞いたら、英二の誤解みたいだよ?紬さん、もう話にならないくらい落ち込んでる。今、雫と紬さんと一緒にいるけど……めちゃくちゃ泣いてるよ?』


ぐっと、胸が痛くなった。
痛いのに、凄く心臓が早く打つ。全身の毛穴がブワッと開いたようで、ありえないくらい焦り始めて、目の前の田山クンの話なんか全然聞いてない。


「ごめん。もう行く」
「あぁ……?!話はまだ……」
「俺からはもうないから!じゃね!」
「オイ!肝心な事も聞かねぇで……!大野は、お前の事……」


田山クンが何か言ったけど、もう聞こえない。
マックを出て、とりあえず走り出した。不二から『今、あの河原近くの公園にいるよ』と連絡が来て、走るスピードを上げる。

なんで。なんであの時、ちゃんと紬のこと見てあげられなかったんだろ。
こんなにも、好きなのに。どこにでもある、普通の気持ちかもしれないけど。

でも、大切なこと。

泣かせないって言ったのに……。

もう、なにもなりふり構ってらんない。
早く……早く、伝えたい。会いたい。











ありふれてる大切なこと
(あー……菊丸、俺の屍を超えてゆけ……)(ママーあのお兄ちゃん、ポテト食べながら泣いてるー)(コラ、指差しちゃいけません!)

ありふれてる大切なこと

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