「だ、だめ……ここ学校……」
「じゃあどこだったらいいんだい?」
それは秘密の恋。
あなたとあたしだけの。
夕暮れの教室。
夏独特の空気が、エアコンが止まった教室に風と共に運ばれてくる。
外は部活の喧騒が聞こえてきてて、ボールを打つ音がここだとよく聞こえるんだ。
あたしは一人、想い人を待っている。
読んでた本は既に読破してて、二周目に入ったとこ。
あたしの想い人。今日は練習長引いてるのかな。
大会近いもんね。そんな頑張ってる姿を近くで見れないのが少し悔しい。
本当ならずっと隣で見ていたい。
でも、この恋は秘密の恋。あたしが秘密にしてほしいってお願いしたんだ。
せめて大会が終わるまで。あたしなんかに向かず、試合のことだけ考えてほしいから。
まぁ、そんなセンチメンタルなこと言ってても、半分以上は親衛隊に睨まれたくないからなんだけどね。
だって怖いんだもん。テニス部の親衛隊。なにされるかわかんないし。
(一応、彼女には手だし無用ってルールはあるらしいけど)
「あ、いたいた。ここにいたんだね」
静かな教室に、突然響いた愛しい声。
想いふけっていたら、いつの間にかテニス部の練習は終わっていたようで。ボールを打つ音も聞こえてこない。代わりに聞こえてくるのは、片付けをしてる後輩達の騒ぎ声。
気づかないにも程があるわ……。
「やだ、ごめん精市。練習終わったの気づかなかった」
「いいよ、大丈夫。……本、読み終わったのかい?」
「え?あ、うん。さっきね。貸してくれてありがとう」
「どういたしまして。どう?柳生オススメの推理小説は」
「精市さぁ……。犯人の初登場のとこに付箋貼らないでよ。なにも書いてないとはいえ、トリック明かす前に犯人わかっちゃったじゃん」
「あーあれ?あれ、俺じゃないよ?多分、仁王のヤツだ」
「えっ?!」
「俺が読み終わったとき、珍しく仁王が貸してほしいって言うからさ。貸したんだけど、そのあとに貸した柳も真田も同じこと言ってたから」
「剥がしてくれればいいのに……」
「貼ったままのほうが面白いだろ?」
魔王の笑みだ……。本当、そういうとこ性格悪いよね。主にそういうことやるの、あたし以外にはテニス部の人達なんだろうけど。
あたしは貼ったままの付箋を剥がして、精市に本を返した。犠牲者はあたしで最後にしたい。
「全くー。仁王君、ハナからそれ目的で借りたんじゃないの?絶対、真田君とか柳君とかが精市から借りるってわかっててさぁ」
「ふふ、そうかもね。みんなの怒った顔みてニヤニヤしてたから」
「次に仁王君に会ったら、絶対に文句言ってやる。あのペテン師め。仁王君って、あたしが近付こうとすると違う人になるんだよね!あんなにコロコロ変装されたら気づかなくてさぁ。怒れた試しがない」
そう。それがちょっとした地雷になったんだ。
ちょっと頬を膨らませて、帰る支度をしてたときだった。椅子に腰掛けて、鞄の中に机の上に出てたものをしまってたんだけど。
精市が後ろからあたしに覆い被さるように、机の上に両手を置いた。
華奢にみえて意外と肩幅がある精市の胸の中に、あたしはすっぽり収まってしまう。
突然のことに驚いて、声も出せずに見上げると……。そこには冷たい目線であたしをみつめる精市の怒った顔。
火照った顔から急速に熱が失われていくのを感じる。怖い。怖いよ……!
「せ、精市?」
「俺と一緒にいるときに、他の男の話しないで」
「……は?」
「仁王なんてどうでもいい。ここには俺と灯しかいないんだから。不愉快だ」
「……ぇ、えぇ……」
精市の突然のワガママは、今に始まったことじゃないけど。
あのね。ここ学校で教室。ドアだって開けっ放しになってて、誰が通るかわかんないのに。
「あぁ、気づかなかった?ドアは閉めたよ」
「えっ?!」
「ここで灯と二人きりになるなら、それくらいの配慮はするさ。ただ――……」
人の思考を読み切った精市は、顔をぐっと近付けてあたしの耳元で小さく呟いた。
「俺はバレてもいいと思ってるよ?」
瞬間、背筋が下から上に電気が走る。
ゾクゾクとするその感覚に、思わず甘い声が洩れてしまった。
思わず手で口元を隠したけど、あとの祭り。
こ、こんなの……精市の言動に拍車がかかっちゃう……!
「あ。いい声で鳴くね?もっと聞かせてよ」
「だ、だめ……ここ学校……」
「じゃあどこだったらいいんだい?」
ゾクゾクする刺激は止まらない。
ここ最近は精市が忙しいからと、こんなふうに触れ合う時間すらなかった。
耳元に唇が触れる。それはどんどんエスカレートして、舌が縁をなぞり耳たぶを甘噛みされる。
声なんてとっくに我慢できないのに、この場所があたしの心にブレーキをかけた。
それが少し不服そうな精市が、首筋に唇を這わす。
短く小さい触れ合う音が、あたしの耳に頭に響いてくる。
もう我慢なんてしなくていい――……なにも考えられなくなって、たまらず声が出てしまう。
「ぁ、……や、ぁッ」
「ほら。我慢しないで」
「あ――……ッ、」
潤んだ瞳の向こう。精市と目が合った。
軽く触れるように唇が重なって、すぐ離れた。
それが離れがたくて、あたしは無意識に精市を追いかけたとき――……。
廊下に響く、誰かの話し声。
「本当に幸村君教室に向ったのかよ〜」
「えぇ。私が最後に見たのは校舎に入っていく幸村君でしたから」
「じゃあ嘘だったら明日俺にお菓子な。ヒロシのセンスで選んでくれぃ」
「構いませんよ?柳君に相談しましょう」
「なんで柳……っと、ここだここだ」
ガラッと開け放たれたドア。
一気に空気が流れて、窓から入る風が丸井君と柳生君を抜けていく。
「……お菓子決定〜!やりぃ!」
「いや、まだ決まったわけではありませんよ。他の教室とか職員室とか……」
「往生際が悪ぃな、ヒロシ。諦めろや」
「丸井君。他のところ探してみましょう。ほら、早く」
「そんなに俺にお菓子買いたくないの?ねぇ、そんなに?」
「負けた気がして嫌なだけです」
再び閉じられた扉。
あたしと精市は、ベランダ入口側のカーテンに身を潜めてた。
テニス部の人達にもこの関係は秘密にしてるから。
こんなとこ見られた日には、もうテニス部の人と会話なんてできなくなる。
「……へぇ、お菓子か。俺も明日、丸井にお菓子渡そうかな」
「なんか企んでない?」
「邪魔した罰は受けてもらわないと。俺の気が済まないからなぁ」
「精市探しにきただけなのに……」
「それが困るんだよ」
カーテンに隠れたまま、キスの続きをされる。
今度は誰にも邪魔されない。
深くて長くて、甘いキス。
西日が落ちて、校庭のライトが照らし出す薄暗い教室で。
あたし達は秘密の恋に胸躍らせる。
どうかこのまま――……。
今はこのまま、あたしとあなただけの時間を引き伸ばして。
秘密の恋
(丸井。ハイ、お菓子)(へっ?なんで幸村君が?)(なにも言わず食べてくれ。ほら)(むぐっ!………………ッ、苦っ!!ななななな、なんだこれぃ〜ッ!!!)(特製センブリ茶入りクッキーだよ)(なんでなんだよッ!!!)(……やりますね、幸村君……!)