All of me to you.

あたしにとって幸村君は遠い存在だった。
遠くから見つめられればいいほう。
いつも人波の向こうで、そっと見ていただけ。

同じ学年だって話す機会なんて……なかったハズなのに。
一生の運を使い切ったんじゃないかって思う。










「あれ?先生はいないのかい?」


開け放たれた窓からは、秋の匂いも微かに感じる保健室。
それはまさに青天の霹靂。
あたしの心臓は一気に跳ね上がったのは間違いない。


「ゆ、幸村君……?!」
「あぁ、ごめん。ちょっと擦りむいてしまって……」
「えっ、あっ!は、はい!」
「……保健の先生は?」


ガチャガチャと緊張しながら治療の用意をしてると、保健室に入ってきたときに投げかけられた質問がもう一度返ってきた。
幸村君が入ってきたことで、すっかりその質問を忘れてたことに今更ながら恥ずかしくなる。

あたし、動揺しすぎじゃん……。


「あ、えっと。職員室で会議なんだって。会議の時間帯だけ委員が当番で……」
「なるほど、そういうことか。悪いね、仕事増やしたみたいで」
「いや、これが仕事みたいなもんだから……」
「そう言ってもらえると助かる」


ピンセットで摘んだコットンに消毒液を浸して、椅子に腰掛けた幸村君の擦りむいた膝を優しく拭う。
ピクリ、と少し反応をした幸村君に、あたしは顔を見れないでいた。

だってどんな顔して見ればいいかわかんないし!
想像だけならどんだけでもするけど!


「ご、ごめんね。滲みたよね」
「岡田が謝ることじゃあないだろ?」
「あ、いや、そうなんだけど……」


そう言われればそうなんだけど。
だってあたしがすることで痛くさせちゃったなら、やっぱり心は痛むし……。
それは幸村君だから?いやいやいや、誰にだってきっと……って。あ、れ?あたし、幸村君に名前……。


「ゆ、幸村君」
「なんだい?」
「あたし……名前、教えたっけ……?」
「え?」
「いや、ほら。あたしの名前……幸村君、言ったよね?」


聞き間違いじゃなければ、確かに。
知らないハズのあたしの名前。
同じクラスでもない。部活も別。委員会だって違う。ただ学年が一緒なだけ。

名前を知ってもらうような接点なんて……なにもないあたし達。


「……まいったな」
「え?」
「ここで言うつもりは無かったんだけど、好きな子の名前ぐらい……知っていて当然だろ?」
「あ、そういう…………ええぇぇっ?!!」


消毒したあとの傷口に、絆創膏を貼ろうとしたときだった。
衝撃的な一言に、あたしは一瞬時が止まって。
再び動き出したときには、幸村君から距離を取るしか方法がなかった。

貼られなかった絆創膏が床に落ちる。
でもそんなことすら今はどうでもよくて。

真っ直ぐ、あたしを見る幸村君。
そんな幸村君を、動けずなにも言えず、見つめるしかないあたし。
すでに胸の鼓動は限界点を達していて、その音だけがあたしの頭に響く。

顔が熱い。体が熱い。
だってそんな。宝くじ当たる確率より、幸村君に想ってもらえるほうが低くない?
そんな……あたしのこと想ってもらえるほど、あたしと幸村君の間にはなにもなかったのに。


「……驚いたかい?」
「うっ、……ッ、う、ん」
「そうだな。きっかけは些細なことだったんだ。岡田、きみの家って花屋だろ?」
「…………へ?」
「一昨年、だったかな。廊下でほんの一瞬だったけど、岡田とすれ違ったとき……花の匂いがしたんだ」
「あ……。そんな臭かった……」
「ふふ、違うな。逆だ。鼻を掠めた匂いは、俺の記憶にも心にも印象深く残ったんだ。初めてだったからかな。花の匂いがする人」


幸村君がゆっくりと椅子を立つ。
距離を取ったあたしに向かって歩き出した。
数歩。たった、数歩のことなのに。
その姿から目を逸らせない。身体が動かない。心まで奪われてしまう。


「いつだっかな。きみがお店で働いてるところを見たんだ」
「……店番……」
「たまたまだったんだけどね。たくさんの花に囲まれて、一輪一輪丁寧に扱うところ……俺は目を離せなかったよ」


もう、触れる距離。
幸村君がそこにいる。
壁に手をついて、あたしは幸村君を見上げた。
綺麗な顔がそこにはある。綺麗な瞳があたしを捉える。

するり、と幸村君の指があたしの髪を撫でた。
掬ったそれは、そのまま幸村君の口元へ運ばれていく。


「好きだ、灯。狂いそうなくらい」
「ゆ、き、村……君……」
「接点がないから諦めなきゃ、なんて思いたくないんだ。俺はこのチャンス、逃したりしないよ?」


あたしはなにも言えない。
その艶やかな雰囲気にのまれて、首を縦に振るしかできない。

近付く鼻先。ふわりと感じる吐息。
目を閉じて委ねる――……。

その全てをあなたに。
あたしの一生分の運、使い切っていいから。











All of me to you.
(と、ところでなんであたしの名前……)(あぁ、一昨年クラス一緒だっただろう?)(……あ、柳君?)(そう。全部、教えてもらったんだ。灯のこと)
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さいととっぷしょうせつとっぷ