その背中へあいのことば

この想いは叶わないと思ってた。
見つめ続けてたその背中に。






こんな日でもないと、想いは告げられない。
その背中をずっと見てたから。


「今日、お誕生日ですよね?」


眼鏡の向こう、逆光で視線はみえない。
けど、口を開けてポカンとしてるのはわかる。


「えぇ、そうですけど。よく知ってましたね」
「任せてください。これでもマネージャーですからね、柳生先輩」
「あぁ、それは失礼しました」


あたしが部室で準備をしてる最中だった。
三年生の先輩が引退後、なんだかんだと後輩指導に来てくれてる日々。今日は柳生先輩と真田先輩がテニスコートに来てくれてた。
そんな状況で不意に部室へ入ってきた柳生先輩は、眼鏡を上げて「忘れ物を取りに来ました」と丁寧に接したあと。
あたしはその背後から声をかけた。

誕生日だったから。


「にしても……みんな先輩にお祝いの言葉、言ってくれたりしました?あたし、まだ誰一人聞いてないです」
「まぁ、毎年のことですからね。仁王君からは日付が変わった瞬間に連絡頂けましたよ?」
「さすが仁王先輩。お世話して頂けてる方には礼儀があるんですね!」
「それ、仁王君のこと馬鹿にしてません?」
「いいえ、滅相もない」


少し鼻にかかった笑い方をする柳生先輩に、自然と顔が綻んだ。
だって見てたから。その背中を。ずっと、ずっと。
紳士って言われる柳生先輩のその振る舞いを、あたしはずっと勘違いしてる。
本当は誰にでもそう接してるのに、あたしだけ特別なんじゃないかって自惚れてしまってる。

これが恋するフィルターだと言われればそれまでなんだけど。

でも、でも。募ってしまった想いは簡単に打ち消すことはできないんだ。
荷物を抱えてれば手を差し出し、思い悩んでいればアドバイスをくれる。
そんな細やかな気遣いは、とうの昔に恋に落ちるには簡単だった。

今日は柳生先輩の誕生日。
去年はちゃんとお祝いの言葉を贈れなかった。
だって知ったのが誕生日の後だったから。


「今年はちゃんと言えてよかったです」
「ん?なにをです?」
「去年、先輩に伝えられなかったから。丸井先輩からだいぶ後になって聞いたんです」
「今年は引退した後ですから、伝えて頂けて有難いですね」
「しかも誕生日にわざわざテニス部にきて頂いて。あたしこそ有難いです」
「誕生日だからこそ来た、と言ってもいいでしょう。私も誰かにお祝いして欲しかったのかもしれません」


ほら、そういうとこ。あたしの気持ちを、なんとなく優先してもらってるように感じるんだ。
だから自惚れてしまうんだ。この残酷なほどの優しい気遣いに。


「柳生先輩」
「なんですか?」


自惚れでもいい。勘違いでもいい。
この想いを吐き出さないと、あたしは次に進めないから。

お願いだから、諦めさせてほしい。

あたしと先輩では、ただのマネージャーと選手という立場なだけだから。
アナタの背中に恋焦がれて、想いを募らせるのを……今日で終わりにしたいの。
誰にも分からないように接してきたから。自惚れだと思ってたからこそ、誰にも言えなかったことだから。

それを今日……全部、全部。


「……ずっと、柳生先輩の背中を見てました。あたしに優しく接してくれるの、凄い……好きで。せっかくの誕生日だから……あの、」
「岡田さん……」
「柳生先輩のこと、好き、です」


こっそりと忍ばせておいた誕生日プレゼント。
凄く悩んで、持ってるところが似合いそうだと思った万年筆。
震える手で柳生先輩の前に差し出した。
断られるだろう。受け取ってもらえないだろう。
だってこの想いは届かないだろうから。

あたしの、自惚れ。自己満足のために……せっかくの誕生日を利用してしまった。


「やれやれ……手が震えてますね」
「……ッ、だ、だって……」
「貴女は純粋で清らかな方だと思っていましたよ」
「…………」


言葉が出てこない。
あたしはそんな純粋でも清らかでもない。
こんな……こんな日に、こんなふうに利用しないと想いすら告げられないんだから。


「でも、悪くはないですね」
「……?!」
「貴女からの真っ直ぐな視線、気付かないとでも思っていたんですか?」


差し出したプレゼント。
そっと手を重ねて、あたしの震える手ごと何故か柳生先輩の胸元へ運ばれていった。

生まれてから今までで、一番頭が働かない。今、なにが起こってるの?なんであたしの手が柳生先輩に触れてるの?熱くてたまらない。顔も手も体も。全てなにもかも持ってかれた感覚。


「そうですね。返事は……はい、と言っておきましょうか」
「……?!!!!」
「いつの間にか貴女からの視線に、私が虜になってしまったようです」


離れてた体を引き寄せられて、熱も鼓動も全部……柳生先輩に覆われて。
あたしはもう、なにも言えなくなった。
だってその背中にこの想いが叶うなんて……思っていなかったから。


「なにか言ってください」
「は、はひっ?!」
「なんですか、その返事は……」
「あっ、だって、その……!まさか……」
「黙っていられたら不安になります」
「……柳生先輩」
「好きです……」
「さっき聞きましたよ」
「お誕生日おめでとうございます……」
「それもさっき聞きましたが……お礼がまだだったですね」


頭に柔らかい感触が降りてきて。
顔を上げたら、唇に優しい口付けを。


「ありがとうございます」
「……ッ!」


もう、その背中を見つめ続けなくても。
あたしの想いは、ずっとアナタの隣で。










その背中へあいのことば
(や、柳生先輩ってこ、こんなことするんですね……)(意外でしたか?)(ずっと見てましたけど、そんな雰囲気なかったから……)(貴女の前だから、ですかね)

(*´︶`*)♡Thanks! >>確かに恋だった
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