呼ばれればきっと

完全に思い付きやった。
ただ、その声で呼ばれてみたい思ただけやった。


「なぁ、名前で呼んでや」


付き合い始めて一週間。
未だにぎこち無い俺らの間には、三センチ程の壁がある。

気ぃ付けば目で追うとった灯を、好き言うまではそないに時間はかからへんかった。
同じクラスで、席替えで隣になったのが最初。話してみればその可愛らしい雰囲気に、俺のほうが虜になっとった。

俺から付き合お言うたんが失敗だったかわからん。
ただ、目の前の彼女は顔を赤くして小さい可愛い声で「いいよ」と言うてくれた。


「え……な、名前で?!」
「せや。自分から名前で呼ばれてみたい思うてな。未だに俺のこと……苗字で呼ぶやろ?」
「そっ、そうだけど……」
「俺は灯のことすぐに名前で呼ぶようになったさかい、早う呼んでもらいたいなぁ、なんてな」
「う、うん……」
「なんや、呼びたない理由でもあるんか?」
「そ、そういう訳じゃ……」


八回目の一緒に帰る通学路。
冷たい季節が時折顔を出すこの時期。日ぃ落ち始めると気温が下がり始め、手ぇも冷えてくる。

そんな時期やからこそ、この手をこの瞬間握れん俺にも腹が立つ。ただ、どれだけ攻めたら嫌われへんか俺自身が臆病になってる。女々しいなぁ、と思うがコレが現実や。

そやさかい、せめて名前だけでも呼んでもらえたら。ほんなら幾分距離も縮むんちゃうかと期待してん。
せやけど、目の前の彼女は俺の名前を呼ぶことすら躊躇うてるようや。

そないに俺の名前呼びたないのか?それはそれでショックやわぁ……。
そんなん、我儘を顔に出すわけにはいかへん。ここは一つ、大人になるしかない。


「まぁ、無理にとは言わへん。灯から苗字で呼ばれるのも、まだ悪ないさかいな」
「え?」
「名前呼んだって?って言うただけやのに、そないな顔真っ赤にされたらなにも言えへんわ」


ほんまなら、その紅梅色に染まる頬にそっと手でも添えたいとこやが……如何せんこの距離。いきなり触ったら気色悪がられるかもわからへん。
そないなことになったら、俺は立ち直れへんわ。

伸びる影はいつの間にか周りと同化し始め、灯りの着いた街灯までいかなハッキリとは見えへんくなった。
薄暗くも顔赤くして俯く灯はよう見える。耳まで真っ赤や。

まぁ、この顔拝めるんならそう悪ないな。しゃあない、ポジティブにとらえるようにするわ。
まだ俺らには名前呼びは早かってん。仕方ないから今回は諦めたるで。

短く溜息をもらし、灯を見とった視線を前に戻した。
その戻した瞬間やった。小さい声で灯がなにかを呟いたんや。


「ゅっ……ゆ、ぅ……しっ」
「ん?灯?」
「……ッ、ゅ、ぅ、し……」
「……なんや?なんて言うたんや?」
「うっ……だ、だから侑……士」


呆気に取られてもうた。
なにか喋ろ思たけど、なんも口から出えへん。

まさか呼んでくれるとは思ってもみなかったさかい。この調子じゃ、一年くらい待たな呼んでもらえな覚悟したとこやったのに。

アカン、急すぎるわ。調子狂う。
なんやねん、その可愛い顔は。俺の名前呼んだだけやろ。おかしないか?耳、真っ赤にさせて俺の名前呼んで。
そら俺のこと誘うてるんか?一気に階段飛ばしてまおか。飛ばそうと思えば飛ばせるんやで?

……いや、飛ばしたら別れる言うかもしれへん。それだけは堪忍や。


「なんや自分……。呼べへんかったとちゃうんか?」
「ぅ……ごめ。だって、なんか恥ずかしくて」
「灯、そないな反応……めっちゃ可愛いやんけ」
「おし……侑士が呼んでって言ったんじゃない」
「せやけど、そら反則やわ」
「反則って……なにが?」
「そうやな……惚れた弱みってとこやな」


名前も呼んでもろたし、次のステップに移っても悪ないな?そんなん顔赤くしてくれるは、少なくとも俺のこと嫌ってるわけではあらへんやろ。もう飛ばしたろ。どんどん飛ばしたるわ。

顔を見られへんくないのか、灯は両手で自分の顔を隠してもうていた。その手ぇそっと掴むと、一瞬体が小そう反応して震えた。
初めて握ったその手の感触に、俺自身が小さな高揚感を覚える。柔らかいなぁ。こないに柔らこうて触り心地ええんやったら、ずっと握っていたいくらいや。


「ゆ、うし?」
「手ぇ、繋ぎたいんや」
「ッ、う、ん……。あ、あたしも……繋ぎ、たかった」
「ほんまか?」
「うん。だって……あたし侑士のこと……ちゃんと好き、だから」
「ほんまに?」
「ふふ、うん。好き、だよ」
「初めて言うてくれたな」
「……えっ?!」


灯は少し驚いたような、焦ったような顔して俺を見上げた。
その隙に、なんか言おうとして開きかけたその唇へ、自分のをそっと合わせる。キスで体が反応する灯。軽う触れた柔らかなその唇。小そう音が耳に響いた。

ヤバいなぁ。そないな反応、我慢できなくなるで?


「え、あ、ゆ、侑士……?!」
「堪忍な。可愛かったさかい、我慢できひんかったわ。嫌……やった?」
「……ぁ……嫌、じゃない」
「ほんまか?」
「ぅ、ん」
「じゃあ……もっとしてもええ?」
「……ぅ、うん……」


目ぇ閉じて、今度はゆっくりその唇を合わせれば。
灯への気持ちが溢れでてくるようで。
これも、惚れた弱みなんかな。自分のこと可愛うてしゃあないわ。










呼ばれればきっと
(そういえば、なんでさっき驚いた顔しとってん?)(え?あ……)(俺のこと初めて好き言うたってあと)(言ってなかったのかって思ったから……)(忘れてたんかい)(だってあたし、侑士のこと好きすぎて言ったかどうかなんて……頭から抜けてた……)(自分、それもう一回言うてみ?)
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