小さな恋の葛藤に

ホンマにウルサイ先輩や。

せやけど、目ぇ離せへんねん。こないにウルサイのにな。なにしだすか、わからへんから。

なんでこんなにウルサイの、俺は好きになってもうたんやろ。


「だからね!あたし言ってやったの!蔵ノ介に!そしたらさ、“俺が悪かった!許してや〜”って言ったんだよ?!ウケるよねぇ〜」


口を開けばそないに話すことあるのか言うくらい、この人はよう喋る。口から産まれたんとちゃうか?と思うぐらいや。

少し蒸し暑なってきた最近は、衣替え前やちゅうのに半袖になりたいくらいだ。そんな放課後のいつもの帰り道。
夕日に染まったアスファルトが眩しゅうて、見たいわけちゃんうんに思わず岡田先輩のほうを見てまう。
別に見とうもあらへん訳ちゃうけど、見てまうと俺が柄にものう恥ずかしなってまうんや。

だから俺はいつも「ハイハイ」と言うて返事するだけ。こないな気持ち、知ってもらいとうない。絶対冷やかしてくるからや。

そんな俺の気持ちなんて一ミリも気づかなそうな先輩は、白石部長が顔を青うする話をまだ続けてくる。

ほんまにこの人は……。さっきから蔵ノ介、蔵ノ介うるさい。なんで名前で呼ぶねん、白石部長を。三年同士やからってずるいわ。


「財前君もさー今度言ってみて!蔵ノ介、顔青くなるよ!」
「ハイハイ」
「……なに?なんか覇気なくない?」
「いつもと一緒っスよ」
「……うそだぁ。いつもより眉間に皺、増えてるよ?」


この人、なんで人の感情の機微にこないに敏感なんや。普段そんな風に見えへんのに。

イライラしてるんは、俺が先輩から名前で呼んでもらいたいから。丸わかりやったんやろか?まぁ、あないに蔵ノ介連呼されとったら流石に頭にもくるわ。

なんで部長は名前で呼んで、俺は呼んでくれへんねん。

それとのう言うたことはあったけど。名前で呼んで欲しいて。
せやけど、結局定着してくれへんかった。腹立つわ。ほんまに。

顔も口にも出さへんけど。
それをなんで気付くんねん。この先輩は。


「なんスか、ニヤニヤして」
「ん?財前君も人間なんだなって」
「はぁ?なんなんスか、それ……」


ますます憎たらしい顔になりおったわ、この人。
ほんまにこの人、俺の彼女なんか?

そやさかい少し強引やとは思たけど、先輩のニヤニヤした顔と名前を呼んでくれへんイライラを込めて、先輩側にあった壁に思いっきり手ぇ付いた。
俺の目線の先には先輩の頭があって、体はすっぽり収まってまう。

距離が近くなったぶん、俺の鼻に岡田先輩から甘い匂いがかすかに掠める。さっきまで食うてた、ファンタグレープの飴や。

ほんで、先輩のニヤニヤした顔が、少し引き攣るのがようわかるわ。


「ざ、財前……君?」
「なんで呼んでくれへんスか」
「な、なんのこと……」
「名前や名前。前も言うたやろ」
「あー……」
「あーやない。はっきり理由言うてや」


普段ならこんなこと絶対せぇへん。
やるよりも抑えるほうが気持ち勝つさかい。

ただ、惚れた弱みや。

その声で俺を呼んで欲しいんや。欲ばっかで嫌んなる。俺ばっか余裕のうて、アンタばっか大人ぶって。
たった一個しか変わらんのに、なんでそないに大人ぶってるんや。

俺かてこんな余裕あらへんのは癪や。いつもの俺ちゃうくなる。なんでなんて、理由はわかってる。

全部、全部。この目の前の先輩のせい。


「もう、しょうがないな」
「……先輩」
「光って呼んじゃったら、好きって気持ちに歯止めが効かなくなりそうだから。だから呼ばなかったの」
「…………はぁ」


ほんまかいな。

素で「はぁ」てしか言葉がでーへんかった。そないに俺のこと好きでいてくれとったか?俺を言いくるめるための嘘とちゃうんやろうな?
だったら手ぇ握ったり、くっついたりしてくれてもええんちゃいます?……なんや、俺。どんだけやねん。

顔が熱いわ。踊らされてるわ。

そんな風に考えてへんように振る舞え。
せめてもの俺の矜恃や。この気持ち、全面に押し出すほどの勇気はあらへん。

やり方もわからへんし。


「……アホ、ちゃいますか」
「だって、ただでさえ好きなんだもん。……そんなに呼ばれたかった?顔真っ赤にさせてさ」
「……ずるいっスわ、先輩。そんなん、せめて二人きりのときぐらい考えますわ」
「……光、あんま好きじゃないかと思ってたから」
「……なにが」
「こーゆーの。あんまり全面に出すタイプじゃないじゃない?あたしばっか好き好きしててもさ、ウザったそうにするじゃん」
「……せやから、二人きりなら」
「あ、そうか。照れ隠し?」
「…………なんでわかってまうねん」
「ふふ、光のことならなんでもね?」


こんなん、俺ちゃうなぁ思たけど。この人には素直にならんとダメやわ。隠せへんし。
調子狂わされてばっかりや。全然、自分の言う通りにならへん。

そやさかいそんな想いをのせてキスを贈った。
俺と一緒で顔を赤うした先輩は、小さい声で「光、好きだよ」て言うてくれた。










小さな恋の葛藤に
(こんなとこ蔵ノ介とかに見られたら、冷やかされちゃうね)(あ、先輩)(ん?)(ソレ、禁止ですわ)(え?)(さっきから腹立つんスよ。部長の名前呼び)(……光ってヤキモチ妬きなんだね)(今更っすわ)
- 27 -

さいととっぷしょうせつとっぷ