目線の高さは

それは少し甘い瞬間。
このときをあたしはずっと待っている。





「ほな、放課後な」
「今日、部活休みだなんて嬉しいな」
「業者が日程間違えたおかげやな」
「週末のコート整備が今日になるなんてね」


昼休みのいつもの光景。屋上へ続くこの階段の踊り場は、あたし達の約束の場所。ここでいつも放課後の約束をして午後の授業に向かう。

どこか薄暗いこの場所は、屋上へ出る扉から漏れる光が踊り場をほんのり照らして、それが侑士の紺色の髪をより色濃く魅せるからあたしはすごく大好き。

そんな甘い一時から離れがたくて、降りなきゃいけない階段をゆっくり降りる。言葉を交わすごとに一段、また一段と。


「自分、五限目なんや?」
「あたし英語だよ。ちょっと眠くなっちゃいそうで怖いな」
「昼飯ようさん食べとったしな。そのお腹にはなにがつまってるやろなぁ?」
「……そんなに食べてないもん」
「そうやったか?堪忍な」


目を細めて笑う侑士は、あたしがむくれてても対して気にしてない。頭を優しく撫でればあたしの機嫌がよくなるのを知ってるから。
案の定、あたしの頭を撫でた侑士が先に一段降りる。その後ろ姿に大好きな紺色の髪の毛が目に入って、こうすると身長がそんなに変わらないんだなーなんて、ちょっと得した気分になる。
そんなこと思うの、あたしだけかな?


「なんや?俺の頭になにかついてるんか?」
「え?ううん。違うよ」
「なんや含みがあるような笑顔やなぁ……」
「ふふ、違うって。侑士とあんまり身長変わらないなって思ってたの」


振り返った侑士が訝しげにあたしを見るから、それがなんだか可笑しくて。つい笑みがこぼれると、口元に置いてた手をおもむろに掴まれた。
すでに二段、あたしより降りた侑士の目は真っ直ぐで。さっきまでの和やかな雰囲気とは一転して、一気に情緒的な空気があたし達を包み込む。


「せやなぁ……。こうやって自分を見上げること自体、そないにあらへんしな」
「ゆ、侑士……」
「やったら今、こんなんもできらんといて」
「え?」


目の前が急に暗くなった。瞑ることも忘れて、その視界には侑士の眼鏡がまず入る。
触れた前髪と、鼻先。伝わる唇からの体温と緩やかに掠めた甘い匂い。
触れるだけ、のキスは……よけいに侑士から離れがたくさせる。


「こ、こんなとこで……」
「アカンかったか?自分がして欲しそうやったさかい。気ぃついたらしとったわ」
「……したかったのは侑士でしょ」
「自分が綺麗に笑うさかい。そうかもわからへんな」


そんな一言であたしは踊らされてしまう。
こんな甘い瞬間を。ずっと待ってるから。
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