俺の誕生日だからといって、なにか特別あるわけではない。特段、変わらない一日だ。
なのにコイツは、そんな一日を平気で乱してくる。
「ワカ〜!誕生日おめでとう!」
土曜日の午前練に向かうため、家の門を出たところだった。
朝の六時半。日の出はあと少しというところだ。そんな静まり返った住宅街に、突如響いた幼馴染の声。
馬鹿か?コイツ。ご近所迷惑を考えたことないのか?
「馬鹿野郎。何時だと思っている。声が大きい」
「わぁ!朝から舌好調だね!」
「お前……。それ、漢字が違うだろ」
「なんのことかなー?」
隣の家、窓から身を乗り出して俺に手を振るコイツは、俺が長年、心を寄せる相手でもある。なんでこんな奴を好きになったんだ……と毎度こういうことがある度に痛烈に感じてしまうが、よく言う『好きに理由なんて要らない』というやつだろう。
「ねー!ワカ!今日の練習、午前中だけでしょ?」
「だから声が大きい。なんだって言うんだ」
「午後さぁ、付き合ってよ!ちょっと!」
「はぁ?」
こ、れは。所謂、誕生日のお祝い的なものか?
色々思いあぐねてしまう。だが、コイツの前ではそんな態度出したくはない。
思わず弛む口角を、隠すように手で口元を抑え、なんの素振りも見せずに幼馴染を背にして歩き出した。
「ちょっとー?ワカーー?!」
「煩い。午後一時に迎えに行く。それでいいな」
「……!ありがとー!待ってる!」
とことん、コイツには甘くなってしまう。
いつも振り回されるのは俺のほうだ。
「で。なんだここは」
「え?保育園だよ?」
午後一時。俺は午前中の練習をこなして、それなりの身嗜みとそれなりの気持ちで幼馴染の家を訪れた。
と言っても隣だから大したことではない。いつものこと。そう、自分に言い聞かせてインターホンを押せば、いつもとなにも変わらない格好の……普段着の灯がいた。
思わず肩の力が落ちる。なんの気合いも感じられないコイツの雰囲気に、俺の気持ちを返してくれと心の中で叫んでしまう。
「で……俺の、誕生日になんでこんな所にこなきゃならないんだ」
「いや〜!先輩のお姉ちゃんに頼まれちゃって。保育園で今日バザーイベントやるから、人手足りなくて助けて欲しいんだってさ。流行り風邪で先生の休みが相次いでるんだって」
「いやだから。なんで俺なんだ」
「男手必要って言ってたから」
「……灯」
「ん?」
「だからって俺にこのエプロンはないだろ……」
思いきり某遊園地のキャラクターがデカデカと配置されてるエプロンを、それなりに気合いを入れたつもりの服装の上から着せられてしまった。
しかもなんでプリンセスなんだ。せめてもっと違うのがあっただろう。コイツのセンスか?
「しゃーないじゃん。それしかなかったんだから」
「……はぁ、もういい。で、俺はなにをすればいいんだ」
「あ、お姉ちゃんからね!ここら辺の荷物を園舎に運んで欲しいって言われてるんだ」
要は片付け要員か。午前中から行われてたイベントは、午後になるともう片付けのほうがメインらしい。
駄々を捏ねても仕方ない。さっさと片付けて終わりにしてしまおう。
…………終わったからと言って、なにがあるわけではないんだがな。別に誕生日だからって期待してるわけではない。コイツにそんな気遣いなんて、できるはずもない。されたこともないからな。
少しはあるかもしれないが。
ある程度荷物を運び入れると、完全にイベントはお開きになったようだ。
灯が言っていた件の先生が、俺の肩を軽く叩いて声をかけてきた。何度も頭を下げてくれ、「誕生日なんだってね。本当にごめんね、大事な日に」と言っていたが……灯の奴、余計なことばかり言いやがって。
「あ、そうそう。コレは秘密、なんだけど」
「はい?」
「うふふ、灯ちゃんにね……きみのことを彼氏?って聞いたんだけど……」
「……は?!」
「途端に顔が真っ赤になって、大慌てで否定してたのよ?ふふ、でもそのあと……」
小さい声で呟いたソレは、騒ぐ園児の声に掻き消されていったが……。
俺の耳にはしっかり届いていた。
柄ではない、と思っていても、顔に熱が集中していくのが分かる。
「じゃっ!今日は本当にありがとう!……頑張ってね!」
「………………はい」
本当、そういうのは俺じゃない。
♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦
件の先生に手を振られ、保育園を茜色に染まる空の中、灯と一緒に後にする。
灯も俺もなにも喋らず、そのまま足は家路に向かっていた。
このままでは駄目だ、と気持ちだけは向いていても、それを上手く言葉にできない。せっかくの誕生日。このままなにもせずに終わらせるのか、コイツは。
「ねぇ、ワカ。怒って、る?」
俺の顔を覗き込むように灯が呟いた。その表情を見れば、長年隣にいる俺だから分かる……その微妙な微笑み。笑って相手の機嫌を伺う癖。
「いや。別に」
怒ってる訳ではない。ただ、俺もコイツに素直になれないところは、癖みたいなもので。
目線を外して前を見れば、灯のいつもの調子の声色が戻ってきた。
「ふふ、そっか。良かった!誕生日なのに仕事させて怒ったかと思った」
「お前に振り回されるのは、今に始まったことじゃないからな」
「だよね。ワカならそう言ってくれると思ってた」
いつもの無邪気な笑顔。昔から変わらないその態度に、俺は気付けばコイツに振り回されるのも悪くないと思っていた。
「まぁ、どうせお前のことだからな。なにも期待なんてしてない」
「むっ!なによそれ」
「言葉通りだが?俺の誕生日に気の利いたプレゼントなんて、用意できないだろうしな」
「ばーか!今年は違いますぅ!」
「ば……?!」
思いがけないその言葉に、思わず歩みが止まる。コイツの人を貶すような言葉、今更言われ慣れてない訳ではないが、言われて癪なのは変わらない。
止めた歩みの向こう、灯も足を止めていて。肩から提げていた赤い小さな鞄から、なにかを取り出す仕草をする。
「はいっ!!」
「は?」
「なによ。誕生日プレゼントでしょ。どう見ても」
「お前が?」
「そーだよ」
「俺に?」
「そーだってば」
「……雨でも降るか?」
「降んないわよっ!ワカ、絶対あたしのことバカにしてるでしょ?!あたしだってやればデキるコなんだならね?!」
「普通、自分で言わないだろ」
思えば毎年、俺の誕生日は適当だった。消しゴムとか鉛筆とか、とりあえずあげておけばいいだろう……というラインナップ。喧嘩売ってるんじゃないか、と悪態をついて言い合いになるのが通例だった。
それが、今年は。
明らかに自分の手でラッピングしたであろう、その小さい水色のプレゼント。ワンポイントのシールが歪んでいて、コイツらいしな……と思わず口元が弛んだ。
「……開けていいのか?」
「……どーぞ」
紙の擦れ合う音が静かに響く。丁寧に封を開けて、プレゼントにしては軽い中身を掌に出してみれば……。
アイスブルーと白、金の細い差し色が入ったミサンガが出てきた。
「来年はワカも試合がもっと大変になるでしょ?ワカが試合勝ちますよーにって……」
「……お前が作ったのか?」
「うん。だってさ、なかなかないんだもん。アイスブルーのミサンガって。さっきのさ、先輩の姉ちゃんにお願いして教えてもらったんだ」
手作りのそのミサンガを手首にはめる。上手く結べずにいると、灯がそっと俺の手首を持って不器用ながらも結び始めた。
所々解れてるミサンガ。結び目の先、小さな透明のビーズが、夕陽に染まって輝く音が聞こえてきそうだ。
「……お前、不器用だな」
「うっさいな。これでも綺麗にできたんだよ」
「本当に、お前は。その気があるのかないのか。毎日のように振り回されてるこっちの身にもなれ」
「それでも……付いてきてくれてるのはワカじゃん」
「当たり前だろ。嫌いな女だったら付き合わない」
「そうだよねぇ〜…………ん?」
「分からないのか?」
木枯らしが吹く帰路の住宅街。俺は人目もはばからず、呆気にとられてる幼馴染を抱きしめた。
「わ、ワカ……?!」
「……言えよ」
「えっ?!」
「お前の気持ち、ちゃんと聞いてやる」
抱きしめた温もりと、耳元で紡がれた言葉。
俺はコイツになら……振り回されて、乱されても悪くはない。
「ワカ……が、好き」
「……へっ!だったら最初から素直言えばいいんだよ」
願いをこめて
(あ、実はね。このミサンガ……ほら)(あ?……お揃いか)(へへ、なんか一緒にワカの願いを叶えたくて……)(にしても本当に下手くそだな)(なんだと!)(これなら案外、早く願いが叶うかもな)