「加奈。僕、今夜は実家に帰るからね」
「え?めずらしいわね。どうしたの?」
「いや、なんか裕太から連絡あって。姉さんが呼んでるみたい」
「ふぅーん」
加奈は僕の家族の話をする時、本当に興味がない反応をする。
僕の家族とはあまり関わりを持ちたくないようで、実家に行くこと自体、付き合ってから七年間で一度しかなかった。
まぁ、僕も家族にあまり加奈を会わせたいと思ってないからいいんだけど。
たまに母さんから言われるぐらい。母さんも察してか、最近は何も言わなくなってきた。
「じゃあ、今夜はディナーあたし一人かぁ」
加奈が僕の部屋に置いていったファッション雑誌片手に、ソファで頬杖ついて気だるそうに聞いてきた。
「ごめんね。急に決まったからさ」
「別に大丈夫よー。友達呼んじゃおっと!あ、そのうちさぁ、あたしの友達とランチかディナー一緒にしてよ?」
「……なんで?」
「ふふふ!紹介しろって言われたの!結婚秒読みなんでしょ?って言われてるのよぅ」
「…………そっか」
「もー色んな人から言われるんだよ?いつ結婚するんだーって!結婚式は豪華にしたいなぁ!シャンパンタワーやりたい!」
「加奈の好きなようにしてね。せっかくの式、満足するやり方のほうがいいだろうし」
実家に帰る準備をしながら、加奈の結婚話は左から右に流していた。あまりやると機嫌を損ねるから、ある程度反応しとかないといけない。
正直、僕は加奈との結婚願望はない。ただ、加奈と結婚しなければならないんだろうけど。
今のこの状況のまま、僕の気持ちもないまま結婚しても将来うまくいくとは思えない……けどね。
「さて。僕いくけど……。加奈は?」
「んー……もう少ししたら行く。友達まだ捕まんないんだよねぇ」
「じゃあ、鍵だけ宜しく。行ってくるよ」
「はぁーい!行ってらっしゃい〜。友達への紹介の件、考えておいてね」
「……予定決まったら教えて」
溜息混じりで答えると、加奈は嬉しそうに友達へ連絡を取り始めた。
その喜んでる姿を横目に、僕は足早に家を出る。
一気に緊張が緩み、少し胸と胃が痛くなった。
もう何年もこんな生活を送ってる。
自分を犠牲にして、加奈の人形になってたほうが何も考えなくてもいいから。お金、という問題もあるけれど。
どの道、僕に選択肢なんて無い……からね。
電車とバスを乗り継いで、一年ぶりの実家に到着する。
玄関を開けると、いつもの知ってる雰囲気に心が穏やかになるのが分かった。
「母さん、ただいま」
「あら、周助。おかえりなさい。ほら、陽菜乃ちゃん〜。周助おじちゃんよ?」
「ふふ、また大きくなったね。陽菜乃」
実家には今、裕太が結婚して両親と同居してくれている。
僕も由美子姉さんもそっちのほうが安心するって話をしたら、裕太も奥さんも二つ返事でオッケーしてくれた。
二年前、可愛い姪っ子も誕生して。今夏には甥っ子も増える。ますます賑やかになるなぁ。
「あらあら。おっきなクマさんね〜!」
「クマしゃん!かあいー!これ、ひなの?」
「そうよ〜!よかったわねぇ。ふふ、裕太に怒られるわよ?大丈夫かしら」
「あぁ、裕太にはどうとでも言えるから大丈夫だよ。こんな可愛い姪っ子に何もお土産がないほうがおかしいでしょ?」
「お義兄さん、お久しぶりです!いつも陽菜乃がすみません」
「久しぶり、若菜さん。体調はどう?裕太はしっかり手伝ってる?」
「万全です!陽菜乃がちょっと赤ちゃん返りしてますけど、パパがしっかりみててくれるので助かってます」
「そっか。何かあったら僕か姉さんに言ってね。すぐ説教するから」
「ふふふ、ありがとうございます。いつも助かってます」
裕太が大学から付き合ってて、学生結婚したのが若菜さんだ。裕太は社会人になりたてで陽菜乃が産まれたけど、若菜さん年下なのにすごくしっかりしてて、裕太にはもったいないくらい。
母さん達は夕飯の支度で台所に向かったから、僕は姪っ子のお相手。
加奈がいないこの空気は、本当に居心地がいい。ちょっと帰りたくないなぁ、なんて思うくらいだ。
「しゅーすけ」
「そうそう。上手に言えたね。陽菜乃はお利口さんだなぁ」
「ひな、おりこーしゃん?」
「いっぱいお話できるようになったね。そう、お利口さん」
「最近、本当に色々話すんですよ。おしゃべりみたいで。誰に似たんですかね?」
「あぁ、裕太に似たんじゃない?裕太も小さい頃はよく喋ってたしね」
「ゆーた?パパ?」
「陽菜乃、パパのお名前分かるんだね。これはいいお姉ちゃんになるなぁ」
「ひな、おねーしゃんになる!」
「よしよし、いい子だね、陽菜乃」
「あ、お義兄さんすみません。陽菜乃のお相手してもらっちゃって……」
「いえいえ。今夜は泊まるつもりだから、色々とお世話させてね。若菜さんも身重で大変だろうし」
「本当にすみません、ありがとうございます」
若菜さんは台所から小さく頭を下げ、それを見た陽菜乃も僕に頭を下げてくれた。
その光景が本当に穏やかで。ここ最近、心が休まる日がないに等しかったから。
裕太も若菜さんも陽菜乃も。もちろん両親もだけど。この家に暖かい空気を運んでくれてる。
僕も、裕太なような家庭……築けるといいんだけど。それは程遠いだろうな。と、言うか。無理に近いだろう。
実家に帰ってくる度に痛烈に実感するよ――……。- 19 -*prev | *next *Sitetop*or*Storytop*